第二十二話
ちょいと長めです
「──おい藍、しっかりしろ! 無事か!?」
辛くも逃げ延びた俺達は先日訪れたばかりの図書館へとやって来ていた。先日と違う所と言えば……前よりも暗く、そして微かに血の匂いが漂っているところか
「ッ……少し背骨を痛めた程度だ、これくらいなら問題無い。それよりも、此処は……?」
「正確にスキマを潜れたなら図書館の筈だ。何処かにパチュリーが居ると思うから捜すつもりだけど……」
「人の気配などしないぞ? 本当に此処は図書館なのか?」
言われて辺りを見回すも、天井近くまである本棚とその中にきっちりと収められた本の数々。これで図書館じゃなければなんだと言うんだ
「ひょっとしたら隠れているのかもな。こんな状況じゃ仕方ないけど……」
「ふむ……ならば、聞いてみるとしよう。──其処に居るのは分かっている、さっさと出てきたらどうだ?」
急に藍が或る一点を見つめてそう告げると、誰かが歩いてやってきた。背中とこめかみ辺りからまるで蝙蝠のような羽を生やした少女だ
「流石は八雲の式神。気配察知はお手の物ですね……お隣の殿方はひょっとして数藤悠哉様ですか?」
「あ、あぁ……確かに俺は悠哉だが、アンタは?」
「失礼、私は小悪魔と申します。パチュリー様の使い魔としてこの図書館にて本の管理をしております。どうぞよろしくお願い致します」
姿勢を正してぺこりとお辞儀を一つ。こちらも返しながら、彼女の容姿を見る。小悪魔と言っていたから恐らくは悪魔の一種なのだろう、時折動く羽が彼女が人外である事を証明している
「よろしく小悪魔。ところでパチュリーは何処へ? 此処にくれば会えると思ってたんだが……ひょっとして何か有ったのか?」
「お言葉の通りです。パチュリー様は先程妹様との戦闘にて負傷され、現在治療中です……もし会話をお望みならばもうしばらくお時間がかかります」
──パチュリーが負傷、この事実は予想外だった。無事なら色々と情報が聞けたのに……だが、過ぎた事を言っても仕方ない
「……小悪魔、パチュリーの代わりに君に聞きたいんだが今この紅魔館で何が起きているんだ? 教えてほしい」
「…………」
言うべきか言わざるべきか……その二つの狭間で小悪魔が揺れているように見えた。まだ信用されていない、ということだろうか……
「……こ、小悪魔……彼に全て話しなさい……」
微かな、注意しなければ聞き取れない程の小さい声が聞こえた。慌てて声のした方を向くと──フラフラとした足取りでパチュリーが歩いてきていた
「パ、パチュリー様!? まだ休まれていなければ、お身体に差し障ります! 今すぐお戻りください!」
「いいのよ小悪魔……それよりも先に、先ずは二人に事情を話さなければ……聞いてくれるわよね?」
「もちろんだ、俺と藍はそのために此処に来たんだ。話せる範囲で構わないから、教えてくれパチュリー」
頷き、小悪魔が勧める椅子に座って二、三度深呼吸。そして──ゆっくりとした口調でパチュリーは語り出す
「事の発端は、私の親友でこの紅魔館の主でもあるレミィ──レミリア・スカーレットとその妹君のフランドール・スカーレット。二人の意見が対立した結果なの」
「意見の対立……? 一体、何に対する意見で対立したんだ?」
「妹様の待遇よ。今でこそ普通に会話のやり取りが出来ているけれど、少し前までまともな会話なんて出来なかったの。理由は彼女が持つ[狂気]が原因だったの……」
──狂気、という単語がパチュリーの口から出た時俺の頭の中に藍を軽々投げ飛ばした際のフランドールの顔が浮かび上がった
「本来狂気は誰もが持っていて、ソレを制御することによって暮らしているの。でも妹様はソレが出来ない、だからちょっとした事で癇癪を起こしたりするのよ。今回も意見の対立でそうなったの……」
「……彼女になら、既に会ったぞ」
途端にパチュリーの顔色が変わる。隣で小悪魔が口元を抑えているのを見るに、会うのは不味かったようだ
「……落ち着いて聞いて頂戴悠哉。妹様の中ではね、ごく一部の人間を除いて他は全て食事の材料か玩具でしかないの。つまり今の貴方を見る妹様は、かなり危険なのよ? 恐らく──新しい玩具が来たとでも思って行動している筈よ」
「なるほどな……だからあの時俺の事、玩具呼ばわりしたのか……」
「唯でさえ吸血鬼としての膂力も有るけれど、ソレに輪をかけて彼女を危険と言わしめたる由縁があるの」
──ありとあらゆる物を破壊する程度の能力、ソレが彼女の能力よ──
意味を理解した俺は、このままならばこの先確実に訪れるであろう己の死に身震いするしかなかった……
実際問題、人間なんてドカーンされたらアウトでしょ……
どうやって切り抜けさせようか……




