第百九十七話
夕暮れ時──にはちょっとばかし早い、そんな頃。ようやく二人の間に静寂が訪れた。そう、勝者と敗者が決まったのだ
お互いにボロボロになりつつも笑みを浮かべて降りてきたのは、意外にも椛の方だった。彼女はとても満足そうに、尻尾をブンブンと音が鳴りそうなほどに振り撒きながら、俺に向かって一言「お待たせ致しました」と告げた
その背後では、顔をくしゃくしゃにして地団駄を踏む文の姿が。余程悔しかったのか、空に向かって大声で吠える始末で……流石に椛も苦笑を浮かべていた
「これでは、どちらが狼が分かりませんね……全く変なところで子供っぽいのですから」
「……うるさい、次は私が勝ちますからね。今回は貴女に譲っただけですから、勘違いしないように!」
ビシッと指を差して告げる文の表情に、先程までの悔しさは既に無く。笑顔で応える椛との間には確かな絆とも言うべきモノが、しっかりと存在しているようである
「……さて、お二人さん。決着もついたことだし、例の仙人様とやらの事を詳しく聞かせてもらえないか?」
「分かりました、道中お話しますね。早速向かいましょう、椛は殿を頼みましたよ」
──その、茨木華扇とやら。天狗達も一目置く存在らしく、彼女の頼みとあっては無碍にも出来ず仕方なく文と椛が駆り出されたんだとか。しかし……天狗を動かせる程度の存在なぞそうそう居るとは思えない
そうなれば一体彼女は何者なのか。疑問は尽きないが、二人の口から正体は明かされなかった。生真面目で説教臭く動物達と意思疎通が出来る、とは教えてもらえたのだが……
「あ、そう言えば霊夢さん度々説教されてますよ。ほら、彼女あんまり修行とかしないでしょう? その辺りを会う度会う度突かれて辟易しているって、以前零してましたから」
「……霊夢のソレは、ホントに色んな人から言われているんだなぁ。それだけ期待と心配されてるってことか、本人は嫌そうだけれども」
アレはきっと治りませんよー、と文が笑えば椛も同意するように頷いた。霊夢の中で何かが変われば別だろうが、彼女が自ら進んで修行をする姿は二人には想像がつかないらしい
──ようやっと妖怪の山へと辿り着いた頃には、すっかり夕暮れ時を過ぎて夜の帳が下りようとしていた……