第百九十五話
鈴仙と二人がかりでてゐの顔をなんとか治して八意先生の食器を片付けた後、俺は彼女に呼ばれて部屋を訪れていた。彼女は椅子に座って紙と睨めっこしていたが、俺が入室すると視線を外して机の上に置いてある袋を取って口を開いた
「先程はごめんなさいね、みっともない所を見せてしまったわ……。出来ればこの事は黙っていてほしいのだけれど、お願いできるかしら?」
「えぇもちろんです、そういう趣味は俺には有りませんよ。それで八意先生、俺を呼んだのはその袋についてですよね。おそらく薬なんでしょうが……」
「その通りよ、用事はコレで中身は薬。最近になって副作用が安定した新薬でね、人妖問わず使えるくらいに強力なヤツよ。致命傷じゃなければ一錠飲むだけで時間は掛かるけれど治せるの、まぁ流石に失血の補充までは無理なんだけれど……これからの貴方にきっと必要だと思うの」
だから、持って行きなさい──我が子を見守る様な温かな笑みを浮かべた八意先生から、ゆっくり袋を受け取る。深々と頭を下げて感謝を述べたら、いきなりその頭を撫でられた
「貴方の事は、色んな伝手で聞いているわ。貴方が選んだ選択の事も、ソレを悔やんでやり直そうとしている事も。これまで以上に怪我をするでしょうけれど、貴方は歩みを止めないでしょうね……だからこれは、私からの餞別。良い未来を掴み取って頂戴」
「……はい、ありがとうございます。必ず掴み取ってみせます、八意先生」
──その後、鈴仙達に改めて感謝の言葉を告げて、いつの間に来たのか待ってくれていた妹紅と合流して俺は竹林の外へと出た
「ところで永琳、貴女どうしてあそこまであの外来人に肩入れしたのかしら。普段の貴女なら多少は手助けするでしょうけれど……何か思う所が有ったりしたの?」
「はい、姫様。と言ってもそんな大層な事では有りませんよ? 私はただ、若者が難題に向かって足掻いているのを見て、ほんの少しだけ自分の出来る範囲で背中を押しただけですよ」
「ふーん……ひょっとして昔を思い出しちゃったりしたのかなーって思ったのよ。ほら、永琳なら覚えが有るでしょう。何がとは言わないけれどね」
「まったく姫様ったら……でもたまには、こういうのも良いものでしょう? いつの世も、目標に向かって頑張る人ってつい応援したくなるものではありませんか。今回も、それだけですよ」
「なるほどね。それを言われると、私のあの助言もそうなのかも。柄じゃなかったんだけれど、ついつい喋っちゃったし。八雲に睨まれないと良いんだけれど」




