第百九十四話
翌朝。障子から薄っすらと差し込む朝日を浴びて目が覚める。ゆっくりとよく眠れたおかげで身体の調子は万全だ
手早く布団を畳んで部屋の隅に片付けていると、控えめに障子が叩かれてスッと開く。現れたのはてゐ、昨日と同じ格好で腰に手を当てて立っていた
「おはようお兄さん、よく眠れた? 朝餉が出来たから呼びに来たんだよ。もう出発出来るかな?」
「あぁ、ちょっとだけ待ってくれ。……これでよし、と。行けるよ」
彼女の後をついて行って居間に入れば、輝夜姫と八意先生は居らず鈴仙が準備を進めている。一緒になって朝餉の準備を手伝うと彼女から師匠──八意先生を呼んで来て欲しいと頼まれた
教えてもらった道順で廊下を渡り目的の部屋の前へ着くと、名前を呼びながら軽くノックする。返答が無かったのでさらに何度か呼びかけてみると、足音と共に人の気配が近づいてきた
「おはようございます、朝餉の準備が整ったので呼びに──」
出て来た八意先生の顔を見て言葉に詰まった。たった一晩で何があったのか分からないが、右半分が赤く染まり特に目の周囲が大きく腫れ上がっていたからだ。呆然とする俺をゆっくりと見つめややしゃがれた声でおはようと返してくれたが……
挨拶を返せないでいる俺を見て不思議そうに首を傾げる八意先生だったが、ふと後ろを振り返って壁に掛けてある大きな姿見の前に立ち──直後、絹を裂くような悲鳴が永遠亭に響き渡った
一体何事か、と鈴仙とてゐが走ってきて部屋を覗き込み姿見に映った八意先生の顔を見て同じように悲鳴をあげた。鈴仙が俺の腕を掴み、てゐが背中に隠れるなか俺は意を決して声を掛けた
「八意先生、一体何がどうされたんですか……? まさか、暴漢でも入られたんでしょうか?」
俺の質問に手で違うと返すと、机の引き出しから薬瓶を取り出す。中に入っている錠剤を幾つか姿見を凝視しながら飲むと、少しして赤みと腫れが急速に引いていった。大きく深呼吸をして自身の顔を確認し問題が無いと判断したのか、此方に向き直り笑顔を浮かべておはようと挨拶をしてくれた
その様子を見ていた二人から、なんだまたか……とため息が。居間に着き食事の間に改めて尋ねてみたらどうやら新薬の実験に自身の身体を使うことがあるらしく、今回もそうだったとか
ただ直後に強烈な眠気に襲われ机に突っ伏した状態で眠ってしまい、俺が起こしに来た段階で初めて覚醒。呆然とする俺を見て何かしらの副作用が出ていると判断したものの、寝起きだったこともあって思わず悲鳴をあげてしまったんだとか
恥ずかしさで顔を赤く染める八意先生を見ててゐがちょっかいを掛けてアイアンクローを食らっている側で、ドキドキしながら鈴仙とともに食事を終える。やんわりと止めればようやく食事を再開した八意先生だったが、その耳は終始真っ赤なままであった
──ちなみにてゐは顔が少し凹んでいた。指の形に沿って比喩ではなく本当に
月の民は握力も相当に強いようである……




