第百九十二話
襖を開いて部屋へ入れば輝夜姫は既に机の側に腰を落としていた。どうぞ、と差し出されたので彼女と面と向かって座布団に座る
「さて、急な展開で悪いけれど私は貴方に興味があるの。だから話し相手になってくれるわね? 此処は……退屈とは言わないけれど、あんまり新鮮味が無くってね。そんな時に丁度良く貴方が訪ねて来たもんだから、まさに渡りに船だったの」
「そうですか……俺で良ければ。しかし、あまり教養がある方ではありませんから、御期待に沿えるかどうかは……。それで何についてお聞きになりたいのですか?」
「んーその前に、堅苦しいのは嫌いなの。ソレ、崩しても良いわよ。貴方も窮屈そうだし」
「あー……ではお言葉に甘えて」
正座を崩して胡座をかいて楽な姿勢になれば、彼女が嬉しそうに頷く。礼を失するつもりはないが、変に意識することもなさそうだ
彼女の興味、それは俺自身についてだった。程度の能力、身体面と精神面、技能、そして──交友関係
そんな事を聞き出して一体どうするつもりなのか。問われた彼女は笑ってこう返した
「きっと妹紅にも言われたでしょうけれど。あの八雲と戦うだなんて面白い事になった、ただの人間がどんな人なのか知りたくなった。ただそれだけよ」
物見遊山は結構な事だが……生憎と俺は観光名所でもなんでもない。そう伝えれば、笑い出してしまった。困って眺めるだけの俺に、ひとしきり笑った彼女はさらに続けた
「あれだけの昇り降りをしでかしておいて、今更過ぎるわよ貴方。幻想郷の住人として言わせてもらえば、もう十分過ぎる程に注目を集めているのよ。その辺は諦めなさい、これからも私達みたいな見物客や茶々を入れる輩が出てくるわ。必ずね」
しっかり目線を合わせて、断言された。その力強い言葉に納得してしまう。満足げに頷いて、彼女は居住まいを正す。うーんやはり──絵になる人だ
「失礼致します、お茶をお持ちしました」
丁度会話が途切れた辺りで襖が開き、鈴仙がお盆を持って入ってくる。温かいお茶を飲んで喉を潤し、御茶請けの羊羹を一口──あっこれ美味しいわ
思わず笑みがこぼれると、二人揃って微笑ましい視線を向けられてしまい、物凄く気恥ずかしい……
おまけに鈴仙から、「お代わりも有りますからね」なんて言われてしまい、さらに顔が熱くなった
誤魔化す様にしてお茶を飲み干し、そっちのお代わりを頼めば笑顔で退室していった
「ふふ、案外見た目通りなのね貴方。気を張る必要はないって言ったのに」
「……あまりからかわないでください。もう十分恥ずかしいので」
「あらあら残念。まぁ今日はゆっくりしていきなさいな、貴方はこれからもっと大切な選択を迫られるのだから」
──ハッと顔を合わせると、初めて見る彼女の真剣な眼差し。そこに嘘も誇張も一切無く、本当にこれから先に起こるであろう出来事を予見しているかのようだった
「永い時を生きている者からの忠言よ、どうか忘れないで。貴方は選択一つで、道を踏み外す事も道に迷う事も、そして……貴方の願う場所へ辿り着く事も出来る。ソレにヒントなんて無く、信じるべきモノは貴方の心ただそれだけ。程度の能力なぞ、欠片も意味を成さないと知りなさい。最後に物を言うのは、他でもない貴方自身の想い──ただそれだけよ」
一時も視線を外すこと無く言葉を紡ぐ輝夜姫。彼女は永い時を生き、たくさんの物事を見て体験してきたのだろう。その膨大な量の経験を以て、今日会ったばかりの俺に忠言を与えてくれているのだ
「言ったでしょう? 私は貴方に興味があるとね。貴方の行く末、なかなかに楽しそうですもの。良い肴にもなりそうだし」
ふふっと笑って、それを最後に口をつぐんでしまった彼女に。俺は心からの感謝を込めて、深々と一礼するのだった……




