第百九十一話
長い黒髪に気品漂う立ち振る舞い、只者ではない。だかしかし、こんな女性さっきの場に居ただろうか
心の中で首を傾げつつ、失礼致しましたと謝罪を口にすれば幾分溜飲が下がったのかニコッと笑いかけてくる
──見惚れてしまった。まるで絵画にでも出てくるような、一瞬しか見られない筈の美をずっと見せられ続けているかの如き美しさ。思わずため息が漏れた
さらに気を良くしたのかしなだれかかってくる彼女に身体が緊張で固まる。そのまま見つめられ、目が離せない、離したくない……
「ぷっ、あっははは! 貴方ダサいわよその顔、あはははは!」
まるで夢から醒めた感覚。気が付けば女性はお腹を抱えて笑い、鈴仙がヤレヤレといった具合で肩をすくめている。もしかしなくとも、からかわれたらしい
「……えっと、どちら様ですか?」
「ふふっ、あー笑った笑った! 貴方最高よ、相変わらず面白いわ! イナバも良い玩具を連れて来てくれたわね、褒めて遣わすわ」
「はぁ、どうもです姫様。あとこの方は玩具ではなくて数藤さんと言いまして、師匠にお礼を言いに訪ねて来られたんですよ」
「知ってるわ。それにしては……菓子折りの一つも持たずに?」
ぐっ……痛い所を突かれてしまった。いやまぁその通りなんだが、勇み足過ぎたなぁ……次こそ持って来ないとな
ニヤニヤしながら顔を覗き込んでくるので逸らしながら助けを求めると、羽交い締めして引き離してくれた
しかし……先程彼女は相変わらずと言った。だが全く記憶にない、一体誰なんだこの人は……
「いやーごめんなさいね。私よ蓬莱山輝夜よ、貴方も読んだ事があるでしょうがあの輝夜姫その人よ。よろしくね」
──今この人、サラッととんでもない事を言ったよな。本人なんですかともう一度尋ねたら、えぇそうよと返って来た。思わず上から下まで眺めて呆然とすれば、その様がツボだったらしくまた笑い出す姫様こと輝夜姫
しかし、人里でお会いした時と随分雰囲気が違っていて正直分からなかった。その事を伝えると、「まぁ他所行きだったから」とのこと。化粧もしていたらしく、そりゃ分からないわ……
「うん、決めたわ。貴方面白いから今夜泊まっていきなさい、はい決定ね」
言うが早いかスタスタと廊下を進んで行ってしまった輝夜姫を、俺達二人はただ見送るしかなかった。しかしこれでは帰るに帰れないので再度案内してもらって先程の部屋へ戻る
「あら、姫様に捕まったのね。あぁいう方だからまぁ諦めて今日は泊まっていきなさいな」
「……分かりました。では今日一日、お世話になります」
男性患者用に常備している服を借りて着替え、廊下に出ると
「着替え終わりましたか。では、衣類は私が預かりますね。洗濯して明日にはお返し出来ると思います」
「あぁすまない、よろしくお願いします。男物だけど、大丈夫かな?」
「えぇ、問題有りませんよ。お任せくださいね。他に何か有れば、また仰ってくださいね」
「あぁありがとう。色々気に掛けてくれて、本当に助かるよ」
長い廊下を二人、雑談しながら歩いていく。ふと輝夜姫は月に帰ったのではないか、と彼女に聞いてみると一度は帰ったらしいがその後地上に八意先生と共に戻ってきたんだとか。えっ、八意先生も月の人なのかよ……
さらにさらに、なんと鈴仙自身も月の兎──玉兎と呼ばれるらしい──であり、現在は八意先生の下で見習いとして日々頑張っている。時折人里へ行商に向かうこともあるので、そっちで会えるかもな
「おっと、着いたな。それじゃここで分裂だな」
「はい。姫様の御相手、よろしくお願いしますね」




