第百六十六話
一先ず食物と水を注文して待ち、運ばれてきたモノを一口……うん美味い。舌鼓をうちながら改めて店内を眺めていると──鬼が一人、暖簾をくぐって入ってきた。その途端、先程まで騒がしかった店内が水を打ったように静かになった
その鬼はまるで何かを探すようにぐるりと店内を見渡し──間違いでなければ俺を見つけて笑みを浮かべた。一気に視線が注がれ背中を嫌な汗が流れていく、いつでも出られるように霊撃符を準備し恐怖を押し殺して視線を向ける
「人間が一人鬼の酒場に居るって聞いて面白そうだと捜してみれば、なんだか懐かしい雰囲気を纏っているねぇ……アンタ相席いいかい?」
「…………どうぞ、丁度出て行く所だったのでお好きに」
「はっはっは! 何も取って食おうなんて思っちゃあいないよ、ただちょっと尋ねたい事が二つ三つ有るだけさ……構わないだろう?」
言葉は疑問形だが有無を言わせない圧力を感じ、俺は諦めて隣を譲った──
「よっと……悪いね。オヤジ、取り敢えず徳利を十本頼むね!」
あいよー! と威勢の良い声を響かせる店主。隣に座るのは、上半身は体操着に似た服を着て下は薄っすら透けているようにも見えるスカートを履いた一本角の鬼
俺の視線に気づいたのか、くつくつと笑いながら自己紹介をしてきた
「私は星熊勇儀、こう見えてかつては地上にある妖怪の山って所で四天王の一人を張ってたんだ。アンタ、名前は?」
「……数藤悠哉、一応人間だよ。此処へはちょっとした用事でね、酒が要るんだと」
「酒、ね……鬼が飲む酒を欲しがるとは渡す相手は鬼かい? アンタからは懐かしい雰囲気を感じるし……渡す相手ってのはひょっとして──萃香、かい?」
「いや、残念ながら。だけれど此処で萃香の名前が出てくるなんてな……そうか、四天王のうちの一人ってそういう事か」
お互いがお互いに納得しあっていると、星熊が注文していたお酒がやってくる。受け取るなり早速ガブガブ飲み始める星熊を横目で見ながら、俺は自身の要件を済ませることにした
ややあって店主から酒を受け取り自分の勘定を済ませ、さぁ出て行こうとした矢先──右腕を星熊に掴まれる。なるべく緊張を表に出さぬよう注意を払いながら、視線を星熊へ
「やけに急いでいるね、一体どうしたんだい。何か──やましい事でもあるのかい?」
途端にずっしりとのしかかる、途轍もない重圧。耐えきれず膝を折り星熊を見上げると、残念そうな表情を浮かべて酒を呷っていた。まるで──当てが外れたかのように
「きっと気のせいだろうかね、萃香がこんな軟弱者に絡むとは到底思えないし。悪かったね、もういいよ」
「…………どうも」
出来る限りの自然な速さで店から出て橋へと急ぐ。鬼の事だ、何が起きても不思議ではない。さっきの連中が追いかけてくるかもしれないし、あの星熊って鬼が気分を変えて向かってくるかもしれない
……気づけば、旧都の灯りを遠くに見ながら橋の袂まで辿り着いていた──




