第百六十二話
深い深い縦穴の前に立ってみると分かるが、なかなかに恐怖心を掻き立てられる。少し風が底の方から吹き上げられ、髪と心を揺らしてくる
「……此処を降りなきゃ行けないんだよなぁ。でもコレ、かなり怖いなぁ……降りてる途中岩壁とかにぶつかったりしないだろうなぁ」
口を開けば出てくるのはネガティブな言葉ばかり。このままでは回れ右して帰りそうな心境を落ち着かせ、ゆっくりふわりと降りて行く。底が見えない、というのも怖いが気のせいか先程からヒュンヒュンと何かを回す様な音が聞こえてきたのだ
笛や紐をかなり早く回すと鳴る音、とでも言えばいいのか……兎も角あの様な音が少しずつ大きく近づいてきている気がする。最初に比べ目が慣れてきたのか幾分見えるようになってきた視界を必死になって凝らし、上下左右をしきりに確認する
──一瞬だが、ナニカが上を通り過ぎた。下から吹き上がる風とは別に、右から左へ風が吹き俺の髪を巻き上げて行く。間違いない、ナニカが真上で動いている……!
「……首置いてけぇ」
ふと、風に混じってそんな言葉が聞こえた。首と聞いて咄嗟に姿勢を低くしゃがみ込む様にすると、またもや風が右から左へ吹いて行く。なかなかのスピードで降りている筈だが、ソレに着いてきているから向こうも早いのだろう
「……首ぃ置いてけぇ〜」
「さっきから危ねぇんだよ!」
直後、真横から向かってきたナニカ。見えたのは何もない空中に浮かぶ桶と、そこからはみ出る様にして構えられた鎌。血で赤黒く染まったソレが真横に構えられ、真っ直ぐ俺の首元目掛けて振り子の様に向かってくる
下降を続けつつ身を捻って躱しながら底を目指し、ようやく地面が見えはじめる。一先ず着地をしすぐさま抜刀、向かってきた鎌を弾き返して桶をひっ掴む
「……参りましたぁ〜、許して〜」
「なら、鎌を捨てろ。それから武器になりそうなモノ全部、それらも捨てろ。じゃなきゃ振り回すぞ」
鎌が幾つか桶の外へ放り出され耳障りな音を奏でる。出尽くしたのだろうか静かになったので覗き込むと、身体の小さな白装束を纏った少女が縮こまり俺を見上げていた
「……ごめんなさい……私キスメ、釣瓶落としのキスメですぅ……お願いだから、振り回さないで〜」
「そっちに戦闘の意思がなければ、振り回したりはしないさ。……そうだ、キスメだっけ? 鬼が居る所までの間に検問みたいなのって有るか?」
「……けんもん? 多分、無いよ……詳しくは私よりヤマメに聞いた方が……いいよ……?」
「ヤマメ? はて、地底にゃ魚が居んのか……? まぁいい、お前さん放っておくとまたやりかねなさそうだからこのまま一緒に来てもらうからな」
──釣瓶落とし、キスメが旅のお供に加わった!




