第百六十一話
また一年が幻想郷から過ぎて行った。冬の気配はなりを潜め、あちらこちらで春の訪れを感じるようになってきた今日この頃。俺はレミリアに呼び出され、彼女の自室までやってきていた……
「おはよう悠哉、調子はどうかしら?」
「おはようさん、まぁ可もなく不可もなしってところかな。んで、俺が呼び出されたのは何故?」
「ちょっと貴方にお願いが有ってね。貴方、お酒は好き?」
「随分と藪から棒な質問だな……殆ど飲めないしあまり好きじゃないからなぁ。あ分かった、酒を買って来いってことか?」
「えぇ。けれどただの酒じゃないわよ、鬼が飲むお酒。それが欲しいのよ」
鬼が飲む──確か萃香のヤツががぶ飲みしているが、隣に居なくとも分かるあの匂いを思い出し若干ゲンナリする。美味しいのだろうが、個人的にはレミリアにはキツ過ぎる……と思う
「そこで悠哉、貴方には今から地底へと向かってもらう。そこで鬼からお酒を買い、また戻ってくる。どう? 簡単でしょう?」
「だがレミリア、記憶が正しければ地上と地底では不可侵条約が結ばれていた筈だ。破る事になるが、問題は無いのか?」
「あぁあの条約ね、あの対象は地上の妖怪なのよ。だから人間は問題無し、お分かりかしら?」
「……はぁ、分かった行ってくるよ」
身支度を整えて咲夜から苦笑混じりに渡されたお弁当と飲み物が入った筒を持ち、美鈴から憐れみの篭った視線を受けて送り出された。パチュリーの魔法陣で行った方が早いとも考えたが、レミリアに一蹴された。なんでも自らの足で行くからこそ価値の有るモノなのだ、とかなんとか……だったら自分で行けよ……
前回萃香と共に潜った地底への穴を目指して飛び続け、ようやく発見。さて入ろうか……と足を踏み入れた瞬間──
「おい、そこで何をしている」
背後から、気配を感じさせずに声を掛けられた。ゆっくりと振り返る──素振りを見せて素早く抜刀、切っ先を声のした方向へ突きつける
「……前よりも腕を上げたか、見事なモノよ」
「一体なんのつもりだ──藍」
わざとらしくおどけながら両手を挙げるのは、式神八雲藍。何故彼女が此処へ……?
「いや何、地底へ行こうとする命知らずが居ると私の式神から連絡が入ってな。やって来てみればお前だったから、声を掛けたんだよ」
「そうか。でも問題は無いだろう? 条約は人間には対象外、そう聞いたんだが」
「その通りだ。だが地底は鬼以外にも厄介なのがたくさん居る、地上で忌み嫌われた連中が集まる場所だからな。まさかお前──自殺でも思い立ったか? 私や紫様への雪辱は諦めたのか?」
少しだけ声のトーンを落とし表情を曇らせる藍。だがそんな気は毛頭無いのでそれを伝えると、そうかと一言言ってパッと元の仏頂面に戻る。流石は策士の九尾、表情の使い分けが上手い……
「兎も角、この先へ行くのなら十二分に気をつけるように。──マヨヒガでの出来事、よもや忘れてはいないだろうな?」
「当たり前だろ? 首を洗って待ってろ、その余裕な顔崩してやる。……じゃあな」
「悠哉……気をつけろよ」
背中に投げ掛けられた言葉を飲み込み、地底へと続く暗い道を進んでいく。能力を使ってみるに、どうやらこの先はほぼ真っ直ぐ下に向かって続いているらしい
「さてと……行くかね!」




