第百五十六話
戻ってきた文に実は酒が飲めない事を告げたのだが、酒宴というのは建前で要するに収穫した物でちょっとした食事会をするだけと言われた
酒は好きな人がご自由にどうぞ程度らしいので、まぁ問題はなさそうだ。ちなみに、椛はこの後すぐに哨戒任務に戻るから不参加だと
もうこの二人の不仲を見なくて済む……そう思うと、失礼ながら内心ホッとしてしまった
──さて、辺りはすっかり暗くなり篝火を焚いて周囲を明るくした一画で酒宴は行われた。取り敢えず参加者に挨拶と戦果を聞きソレを肴に飲んで食べてのんびりと過ごす
「……それじゃあ魔理沙はやはりキノコを重点的に採ったのか。霊夢はオールラウンドっぽいし、まぁ手当たり次第ってとこか」
「お、その通りだぜ! 霊夢ったらまだ熟しきってないヤツまで採ろうとして、他の天狗から注意されてたな……あのションボリとした霊夢の顔、悠哉にも見せてやりたかったぜ!」
「ちょ、魔理沙! 余計な事をコイツに言わないで! だいたいアンタが何でもかんでも採って大丈夫だーつって、私に吹き込んだんでしょうが!」
この二人は本当に仲が良いらしく、酒が入っているのもあってか話がどんどん進んでいく。文と椛も、これくらいとは言わんがせめてもう少し表面上だけでも……とため息を吐く
次に会ったのは、妖夢と小町だった。船頭がそうそう出張って来て大丈夫なのか疑問だが、閻魔である彼女が見逃すとは思えないから許可は取って来ているのだろう
「お二人さん、お疲れ様だな。どうだった?」
「あ、お疲れ様です悠哉さん。私は上々といったところです、でも幽々子様の事ですからこれでも足りるかどうか……一応天狗の方が許される範囲内一杯に採らせて頂きましたがまだ心配です」
「お、お疲れだねぇ。あたいはまぁホレ、四季様と自分の分だけで十分だからさ。一先ずこれくらいで、後でもう一度見に行ってみようかと思ってるんだよ」
幾分気分が沈みつつある妖夢を宥める小町。前回の時といい、彼女は姉御肌気質なのだろう……頼りになる。妖夢の事は、このまま小町に任せても大丈夫だろう
「さぁ妖夢! ヤな事は全部、酒飲んで忘れるに限るよ! あたいがついでやるから、どんどんお飲みよ」
「うぅ……ありがとうございます小町さん、頂きます」
…………本当に大丈夫、だよな? 心配だが、飲ませ過ぎる事は無いと自分に言い聞かせその場を後にする。で、自分の場所へ戻ってみると文がちょこんと座って待っていた
「? どうした文、向こうで飲んでたんじゃなかったのか? ……まさかハブられた、とか?」
「し、失礼ですね! 貴方が独り身だと私は知っているので、わざわざ相手をしに来てあげたのですよ。決して、決してハブられたわけじゃありませんからね!」
かなりの剣幕で捲し立てられ押され気味になりながら頷いておくと、満足したのか笑みを浮かべてお酒をガブ飲みし始める文。ハイペースだが、一向に酔う気配が無い。流石妖怪といったところか……
「あ〜で、一体何の用だ? 俺には他の連中みたく芸なんぞ出来んし、戦果だって一緒に回ったから知ってるだろう? どうしたんだ」
「…………いえ、そのですね。一度きちんと、貴方に感謝の気持ちを伝えねばと思いまして。その節は、本当にありがとうございました」
静かに頭を下げる文。彼女が頭を上げるのを待って、隣に座り一献注いでやる。ぷは〜と飲み干した文に再度注いでやりながら、今度は俺から口を開く
「気にするな。本来ならすれ違ったあの時、あそこで気づくべきだったんだ。遅くなってしまってすまなかった」
「そんなことないですよ。悠哉さんが来てくれなかったら、私も魔理沙さんも今頃どうなっていたやら……それでですね、少しだけ貴方の事を見直しました」
「そうか? なら良かった、会う度邪険に扱われるのは流石に堪えるからなぁ……」
「……また、ゆーさんとお呼びしても?」
「あぁ、いいぞ? こっちこそ、天狗を悪く言ってすまなかった。謝る機会がないわけじゃなかったのに、遅くなったな」
「なら、おあいこということで……さどうぞ。あ、もちろん中身はお茶ですからご安心を」
わだかまりが少し消え、二人並んで月を見ながら一杯。本当に来て良かった──不意に口をついて出たその一言に、文はただ笑みを深めて空になった杯にお茶を注ぐだけだった……




