第百五十二話
無事に魔理沙と文の二人が戻り、さらに元気になって数日が経過した或る日のこと。今の拠点である紅魔館の図書館にて本の整理をしていた俺に、パチュリーから呼び出しがかかった
なんでも……ちょっとした頼みが有るらしく、そのために予め指定された場所へ行って来てほしい。魔法陣は既に起動しているから、あとは俺の準備次第だとか
手早く支度を整え、魔法陣の上に立つ。頼まれた事は一つだけ──魔法陣の先で待つ人物から或るモノを受け取って来い。ただそれだけだ
見送ってくれるパチュリー達に手を振って目を閉じ、一瞬の浮遊感を味わい完全に止まったことを確認してから目を開ける……指定された場所というのはまさかのマヨヒガだった
しかも、其処に居たのは……
「──む? ようやく来たか……待ちくたびれたぞ。さ、要件を伝えるからさっさと来い」
「……なんで、藍が此処に? いや、それよりなんでパチュリーの魔法陣の転送先がマヨヒガなんだ……?」
兎も角、藍の後ろを追い居間に通される。しばし待っていると、お茶とお菓子を盆に乗せて戻ってきた。二人でお茶を飲みホッと一息吐き、いやいや待てよと思い直す。そもそも、モノを受け取るという話だったはずだ。なのに何故、藍とお茶してるんだよ……?
「……悠哉。先日は本当にありがとう、おかげで私も紫様も犯人を逃がさずに済んだ。この通り、感謝する」
深々と頭を下げる八雲の式神。呆気に取られていると頭を上げた藍に笑われた。釈然としないながらももう一口お茶を啜る
「……紫じゃなくて藍なんだな、そこ。やっぱり一度別たれた相手に頭なぞ下げられんか……」
「い、いやそうじゃないんだ。紫様もかなり悩まれていたんだぞ? 彼の方は本当に助かったと仰っていたし、そのために悠哉を犯人扱いした事にも心を痛めておられたし……」
「でも来なかった。それが全てさ……」
「そ、それは……私が引き受けたからだ。紫様程のお方が軽々しく頭を下げるなど、本来有り得ない事なのだからな。その点、式神たる私ならば幾ら下げても八雲に傷は付かない。だから私が──」
「もうイイわよ藍。やはりきちんと、ケジメをつけるべきね」
藍の釈明を遮り現れたのは、スキマから出てくる八雲紫本人。相変わらず胡散臭そうな笑みを浮かべ、よっこいしょと座って藍のお茶を啜る
「ふぅ……やっぱり藍のお茶は美味しいわ。ねぇ藍? おかわり」
はいただいま、そう言って去って行く藍。なるほど、人払いならぬ式神払いか……取り敢えず待つと紫は控えめに言葉を続けた
「今更だけれど……あの時はありがとう。賢者としての威厳も保たれたし下手人を地底に逃がすこともなかった、全て貴方の功労よ」
「ホント今更だな? まぁ構わないがな……礼はもういい、俺は此処らでお暇させて頂くとするよ」
スッと立ち上がる俺を見て声を漏らす紫。次の瞬間、俺の首周りに紫の腕が絡まされていた
「ま、待って悠哉……」
「どうした、今日は数藤さんと呼ばないのか?」
「…………ごめんなさい。けれど、私にも色々と制約が有るの。分かって頂戴……」
「だろうな。いいさ、久しぶりに名前で呼んでもらえたんだ。それでチャラだよ」
紫の腕を優しく解き玄関へ向かう。其処には、藍が既に待機していた。手には……何やら細長い包みを持っている。アレが取って来いと言われた代物だろうか
受け取ってみると驚く程軽い。だが、検討もつかず悩む俺に藍が教えてくれた
「悠哉、それはお前の相棒だ。あの時──紫様の結界を貫いた時、紫様がスキマで飲み込み以来大切に保管されていたのだ。……お前に返すよ」
「……そうか、そうだったな」
「いいか、此処を出ればまた無愛想な私とお前を歯牙にも掛けない紫様に戻る。だが……紫様の真の御心は、もう分かっているな? やはり、心の何処かでお前を求めておられる。こう言うのも変な話だが……諦めないでくれ」
見送る二人に、敢えて笑顔を浮かべてやる。紫も藍も、笑顔で返してくれる
「ありがとう悠哉。貴方の雪辱、何時でも待っているわ。だから……だから何時かまた、必ず会いに来て。何時までも待っているから……」
「なら、もっと強くならなきゃな。──次は絶対に勝つ」
サヨナラを告げて紅魔館の図書館へと戻ってくる。ニヤニヤ笑うパチュリーに同じく笑みを浮かべて礼を述べると、驚きを隠せない表情で返された
それが楽しくておかしくて、俺はしばらくの間ネタにし続けて笑ってやった。途方もないと思っていた目標に、ようやっとほんの少しの小さな光が見えた──そんな気がした一日だった……




