第百十六話
「っくそぉ! やっぱり藍は速いぜ! ちっとは手加減しろって!」
「断る! 嫌ならさっさと逃げればよいのだ! 私は後ろの死に損ないに用が有る!」
「用って言っても殺る気なんだろうが! 絶対にさせないぜ! ──隙有りぃ!」
…………大きな音が聞こえる。近くて遠い、でもハッキリと。同時に耳鳴りもする。とてつもなく眠い、眠ればラクになれるのか……
もう何処がどう痛いのが、さっぱり分からない。正確には、痛み過ぎて麻痺したのか感覚なんて無い。ずっしりと重い、ただそれだけ
「……無事? アンタも、大概、変なのに巻き込まれる、のね」
視線をゆっくり、緩慢ながら動かすと博麗の姿が。腹部を抑え顔色も青白い、どうやら藍に当て身でもされたらしく足元も覚束ない。だが、それ以外には怪我らしいのは見当たらない
「あ、動かないで。さっきブン屋の鴉が、竹林の方へ、向かったわ。恐らく、永遠亭の連中に……」
ゴホゴホっ、と咳き込む博麗。口を開いて無事を確かめようにも、全く力が入らない。いけない、また眠気が襲って来た。落ちたら、もう戻って来られない……
──あら霊夢、随分と顔色が白いわね? 変なモノでも食べたかしら?──
久しぶりに空間に亀裂が入るのを見た気がする。ゆっくりと現れたのは、八雲紫。その後に西行寺幽々子と魂魄妖夢が、臨戦態勢を取った状態で現れる。……妖夢よ、固まらないでくれ。無様なのは分かっているから
すぐさま、幽々子と共に藍と戦闘中の魔理沙の元へ。加勢にでも行ったか……
「全く、貴女が居ながらなんてザマかしらね。ほら、シャキッとしなさい」
──境界でも弄ったか。博麗の顔色がみるみる良くなり、しっかり立ち上がる。二、三度肩をグルグルと回して両手いっぱいにお札を構える
「ありがと紫。で、アンタのとこの式神だけどやっても構わないんでしょ? 仮にも博麗の巫女にこの仕打ち。覚悟してもらわなきゃ」
「えぇ、存分に。あの子ったら私を無視して行っちゃったのよね……采配は貴女に任せるわ」
「え? アンタの許可貰ったって……はぁ、嘘吐いてまで殺しにかかってくるなんて。悠哉だっけ? よっぽど恨まれたのね、まぁいいわ。魔理沙の加勢に行くから紫、あとよろしく」
博麗を見送り──紫と視線が合う。ちなみに、こうしている間も紫のおかげでギリギリ死の淵で踏みとどまっている。紫が手を抜けば、俺は死ぬ。恨み言などたくさん有る筈なのに……
「…………バカね、貴方って。藍と戦って勝てるとでも本当に思ったの?」
「……まさか、な。一方的に、嬲られて……死に損なって、今に至る。戦闘なんて、これっぽっちも……やっちゃいねぇよ……」
「まぁそれもそうよね。あの子が本気でやれば肉片すら残らない、そうよね数藤さん?」
「……だな。そろそろ、終わる頃か」
空を見上げると、魔理沙と妖夢の一撃を食らって体勢を崩した藍に幽々子と博麗の弾幕が殺到。命中した藍はそのまま落下し──地面スレスレでスキマの中へ
「ふぅ、終わったぜ! 流石は藍、いや〜強かった!」
「何を呑気な事を……」
「それよりさ、悠哉!? お前大丈夫か? まだ死んでないよな? 此処に私が作った秘薬が有るんだぜ、さ飲め!」
ゆっくり魔理沙に飲ませてもらうことに。色んな連中に見られながら飲むのは、大変勇気が要った……程なくして眠気が強くなり押し寄せてくる
「お、効いてきたな……兎も角先ずは寝るんだぜ。それが一番だからな! 霊夢、そっち持って。母屋へ運ぶぜ」
「はいはい……行くわよ」
「ねぇ紫〜? ところで、ブン屋さんは何処へ行っちゃったの〜?」
「永遠亭よ。薬師を呼びに向かわせたの、でなきゃ……まだ死なれては困るもの」
心地よい揺れに身を任せ──ゆっくりと目を閉じる。これから色々有るだろうが、今だけは……静かに眠らせてもらおう




