第百三話
「──試合、ですか?」
白玉楼へ来て数日が経過した或る日のこと。一向に上達しない剣術の腕に嫌気が差してきていた俺は、手っ取り早く自分の弱点を見つけ克服するために妖夢に試合を申し込んでいた
「あぁ、どうだろう? 俺は強くなりたいから、強い妖夢と打ち合って色々と経験を積みたいんだ。構わないだろ?」
「そうですね……向上心は大切ですし、お気持ちもよく分かりました。すぐにでも支度をしましょう」
何時ぞやと同じ状況。違うのは妖夢が普通で審判の幽々子が眠っていない事くらいか……
「──両者、始めっ!」
幽々子の、開始の合図と共に突進しつつ突きを放つ。だが、簡単に弾かれ──胴へと一閃
その後も、どんなに打ち込んでも回避を試みても悉く妖夢に看破され俺は無様に地面に転がっていた……
「どうなさったのですか悠哉さん、動きが手に取るように分かりますよ。動きは無駄ばかりで次の一手も視線のせいで丸わかり……おまけにやられた手を平気で使ってまた読まれる。ふざけているのですか?」
「……っ、こっちは真剣そのものだよ。ふざけている、は心外だな。妖夢と違って俺は……ただの人間だぞ? 腕前だって知れてる」
「それでも、以前の貴方とは違い過ぎる。一体何にそんなに焦りを感じているのですか? 別に時間制限など設けてはいませんし、用事が有るとも思えませんが──」
「いいから! 続きだ続き! 来いよ妖夢っ!」
言葉を遮り再開するも、ため息を吐く妖夢に遊ばれて地面に倒れる。おかしい、こんな簡単にはやられる筈はない。なのに何故だ……!?
「……もう止めましょう悠哉さん。これ以上は無駄です。悠哉さん自身が一番分かるのではないですか? 続けても無駄だと、今の自分は何をしても勝てないと……」
「…………」
──結局そのまま試合は終わり、妖夢に礼も言わず自室に戻る。行き場の無い黒いムカムカとしたモノが身体を駆け巡り、はけ口を探して……目の前の壁を思いっきり殴りつける
痛みに呻くもソレは収まらず、寧ろ増えたようにも思える。無性にイライラが募り、意味も無く部屋を歩き回っては壁に当たる。こんな思いをするために、試合を望んだわけじゃないのに……
「悠哉さん、今よろしいでしょうか?」
「……いいぞ」
静かに妖夢が入ってくる。と、妖夢が座り目で俺にも座るよう促す。座るのを確認し、妖夢が口を開く
「今日、いえ先日から貴方の動向に注目しておりましたが……何か有ったのですか? 幽々子様も心配されておりますし、何より貴方の行動や言動が変わり過ぎて恐ろしさすら感じます」
「……別に何も無い、今まで通りだよ。そんな事を言うためにわざわざ来たのか? 庭師って随分と──暇なんだな」
「……ご自分の言動がおかしい事に、お気づきでないのですか? 前の貴方はそんな意地悪な事は言いませんでしたよ。雪合戦からですよね、貴方がおかしくなったのは……頭を負傷されたとは聞きましたがまさか……」
「っ、なんでもないって言ってるだろ! いちいちしつこいんだよ!」
──何故今、俺は怒鳴った? 妖夢は心配してくれているのに、しつこいってなんだよ……なんでこんなにイライラするんだよ……
目を見開いて固まる妖夢を押し退け庭へと出る。ついでに持ってきた刀を抜き放ち刀身に映る自分を見て──今度は俺自身が固まった
刀身に映った俺は、まるで鬼の様な顔になっていた。目は釣り上がり口は苦々しく歪み、少なくとも一度もしたことのない表情を浮かべていたのだ
──忘れよう。そう思った俺は、暗くなるまで素振りを続けた。最早何のために刀を振るうのか、俺には分からなくなっていた……




