第百話
「優曇華、血圧と心拍数の記録を怠らないように。それからもしもの事も考えて、薬もいくつか種類を用意しておいて頂戴」
「は、はい師匠。取り敢えず手持ちの分は全て持って来てありますし、足りない分は私が取りに戻ります。記録の方も逐一してますから大丈夫です」
「そう、ありがとう。……紫、入っても大丈夫よ? こういう時は寧ろ、堂々と正面からお願い」
「……悠哉は、無事なの?」
「えぇ、少し強めに頭を打ちつけたせいで意識を失っているだけ。他の部位には何も問題は見当たらないし、強いて言えば念のため包帯を巻いた事と頭部の怪我の具合がそこそこって事くらいかしらね」
「……ねぇ永琳、悠哉は必ず目を覚ますわよね? このままずっと眠ったまま、なんてことはないわよね?」
「……何を弱気な事を。貴女はこの子の何? 彼女なら、想い人なら信じてあげなきゃダメでしょう? 貴女が信じないで、誰がこの子の回復を信じると言うの?」
「…………そうよね、うん。……悠哉は必ず目を覚ます、また元気に笑ってくれる。きっとそう、きっとそうだから……」
──数藤悠哉が気を失い八雲藍が試合の棄権を宣言してから二時間が経過していた。試合はと言うとその後続けて八意永琳も棄権を宣言し、博麗霊夢と霧雨魔理沙のタッグが優勝という事となった
現在は人里の人達一般の部による準優勝戦を行っている最中で、今も時折歓声や応援が聞こえてくる。八雲紫達は里の中に設置された、救護用に充てがわれた屋敷にて悠哉の治療を見守っていた
「紫様、次は私が見ますので少し外に出て気晴らしでもどうでしょう? このままずっとでは、紫様の気が先に消耗し切ってしまいます……」
「ありがとう藍、でも大丈夫よ。それにほら、幽々子達も一緒に見てくれているから一人ってわけでもないわ。藍の方こそ、橙の方に意識を割いてあげなさい。あの子……異変にいち早く気づけなかったって落ち込んでいたから……ね?」
「……お心遣い、言葉も有りません。ですが、決してご無理だけはなさいませんように。御身はこの幻想郷において、そして私達においても何物にも代え難い大切なモノなのですから」
「えぇ、ありがとう藍……」
八雲藍が静かに退室した後。八雲紫はゆっくりと彼を──数藤悠哉を見つめる。規則正しい寝息が室内に響くだけで、他には何も音は無い。まぁもっとも、彼に付けられた医療器具は全て八雲紫がスキマを通じて外から借りてきた最新鋭ばかりであり尚且つ担当が月の頭脳である八意永琳なので、その辺りは万全なのだ
「悠哉……早く起きて、また笑って頂戴? 貴方と話す一つ一つが、私にとってはすごく新鮮で興味深くて……今まで生きてきた中でも指折りのモノなのよ。過去形なんて使わない、貴方はまだまだ私と共に歩んでから逝くの。だから、貴方が逝くのはまだまだずっと先なのよ……? ねぇ悠哉、だからね……早く目を覚まして? また……また一緒に……」
──私のそばで、笑って頂戴……?──
「紫様……」
「藍様、紫様泣いてます……橙も悲しくなってきました……」
「橙は優しいからな……私も悲しくなってきたよ……まさかたった一人の人間にここまで心を掻き乱されるなんてな……」
「藍様は、泣かないのですか……? 悠哉様が目覚めなくて、紫様が泣いておられても……」
「…………皆が泣いてしまっては、いざという時に行動出来ないからね……。私は我慢しているだけなんだよ、顔には出さないだけで心で泣いているんだよ……?」
「……藍様、雪のせいで前が滲んで見えます……」
「あはは……私もだよ橙、滲んで全く見えなくなってしまったよ……」




