青い鳥の話。
どーも『螺旋 螺子』です☆
思いつきで書きました。
少々やらしい表現がありますが、言葉遊びを用いただけであり、特に深い理由などはございません。
「おぃ」
ビクッと体を震わせて、雑巾を持った右手を止める。ゆっくりと、恐る恐る目を上げる。
そこにはぶくぶくと太った男だった。スーツ姿を着こなしてるつもりだろうが、どこから見ても、太った豚にしかみえない。
豚…もとい主人は私を冷たい目で見下ろして、こう言った。
「これから出張に行く。私が帰ってくるまでにこの家をピカピカにしておけ」
一瞥すると、そのまま大股で館を去った。
「……」
両手を体の前でクロスして、自分の体を抱き締めるようにした。震えがまだ止まらない。
「……掃除…しなきゃ」
右手に持った雑巾を、冷たい水の張ったバケツに入れる。冷たい冬、冷たい廊下、冷たい水、冷たい対応。
「……ははっ」
水から雑巾を取り出して、強く絞る。ポタポタと水が滴り落ちる。
そして、掃除を再開する。サボった先に待つのはお仕置きと言うなの、拷問だ。私が力の弱い少女なのを良いことに、好き勝手をしてくる。まぁ、逆らっていたのはもう二年も前になる。
あの頃は、まだこの世界にも希望を持っていた。神の存在を信じ、耐えればいずれ救われると信じていた。
それは儚い夢であり、現実は残酷だと思い知った。
「……」
希望など無い。絶望も無い。ただひたすら、虚無感が体を渦巻いている。
「……終わり」
バケツを左手に持ち、右手には雑巾を持って、廊下を後にした。
私の部屋に帰るとバケツを置く。ベッドなんて代物は存在しておらず、机なんて便利な物も無い。ただ薄黒くむき出しのコンクリートが目の前に並ぶだけだ。
今日の様に、アクマが外出する時がある。二年前もその隙を見て、逃げ出した事がある。
直ぐに警察に駆け込んだ。迅速に対応してくれた派出所の若い警察官は、温かいミルクと、おいしいパンをくれた。もともと白かったはずのシャツは、黒く汚れていた。この姿を見て、訳ありと判断してくれたのか、直ぐ保護をしてくれた。
だが、私は青かった。この世に甘えていたといっていい。世界の不条理を知らなかった。
「お嬢ちゃん。パパが迎えに来たって」
「パパ……?」
誰だろう。と思った時点で、私はなんと愚かな事だったのだろう。ここで逃げ出せれば、まだ希望があったかもしれない。
いや、どちらにしても、見つかって同じ道を辿るか、路上でゴミのようになる運命なのかもしれない。
「家出とは関心せんな!」
迎えに来たのは、アクマだった。私のみすぼらしい姿は、どうみても虐待を受けた事実だろう。
「いや、お父さん。家出にしては……」
同じ事を思ってくれたのか、若い警官は問いつめようとするが、
「この娘は賢い娘でね。こうすれば警察に保護されるだろうと踏んで……」
「警察に保護される理由って何ですか?」
なおも食い下がる。
「この娘は、親に不満を持っている。それが今回の行動の原因だろう」
「何故そんな事をするんでしょうか?」
ピクッとアクマの青筋が立ったのが見える。
「最近の子供は、反抗期が激しいらしいじゃないですか」
「……ですが、」
「しつこい男だね、君。事情は上から聞いているだろう。これ以上聞くなら、プライバシーの侵害で裁判にするよ?」
そう言われて、初めて警官の顔が蒼白になった。
アクマはその男を無視して、私の手を握った。
「それでは失礼します。今後はこのような事がないように気をつけます」
そして、私の手を引っ張る。有無を言わさない力だった。
私はチラリと振り返った。警官は不満そうな顔だが、軽く手を振っていた。
その後の事は、思い出したくもない……。
バサバサっと音がした。そういえば、餌をやるのを忘れていた。
寝ころんだ地面から起き上がり、目的の場所へ向かう。その足取りは先程とは違い、軽かった。
「ブルー」
部屋に入り、名前を呼んだ。ブルーと呼ばれた鳥は、私を歓迎してくれたのか、よりいっそう籠の中で羽ばたかせた。
ブルー。それは青い鳥に名付けた私だけが呼ぶ名前だった。
「ブルー。今日はどんなお話をしよう」
頭の中で、なにを話そうか整理していたが、ブルーの鳴き声に、ふと思い出した。
「あっ。ご飯がまだだったね」
餌を夢中でついばむブルー。その背中にそっと人差し指で触れてみた。スズメ程の大きさ、厳密にはどんな種類の鳥なのかは知らないが、青い鳥は幸せを運ぶ事ぐらいなら知っている。
「辛いね」
ブルーに言った。勿論返事があるわけないが。
もしかしたらブルーは私よりも辛いかもしれない。来客者に見せびらかせ、アクマの鬱憤を晴らされ、小さな籠に閉じこめられ。
そうすれば私の方が随分楽なのではないか? そんな事すら思えてくる。
食事を終えたブルーは、私の肩に止まった。もう一年以上の付き合いになる。
「ブルー。あのね……」
私は楽しい話題を、話続けた。
夕方頃だった。
「どうゆう事だ!」
アクマが私を怒鳴りつける。どうやら商談は上手く回らなかったらしい。
「どうして汚れが残っているのか、聞いているんだよ!!」
バチィン、と音がした。余りにも突然な事に、私の頬が叩かれた事を気付くのに、数秒を要した。
二年前の私なら、即座に言い返した所だろう。
「申し訳ございません」
頭を下げる。これが一番穏便に済むやり方なのだ。だが、どうやら相当機嫌が悪かったらしい。
「奴隷の分際で、何二足歩行しているんだよ!」
私の髪を掴み、壁にぶつける。私はされるがままに、壁にぶつかり、そのまま崩れ落ちた。
「なんだその態度は!」
何に気が触ったのか分からないが、更に怒鳴り声を上げる。が、直ぐに大人しくなり、気持ち悪い吹き出物だらけの顎をさすって、
「成る程。そうゆう事か。アレがしたいんだな」
真っ白な思考の中、脳裏に思い浮かんだのは二年前のあの日、連れ戻された時に受けたお仕置き。
「申し訳ございません!」
今度は地面に頭を擦り付ける。その頭をアクマは踏みつけて、グリグリといやらしく体重をかけてくる。
「あぁん? お前、主人に向かって口答えするのかよ。奴隷も偉くなったもんだな!」
更にグッと力を加えた。余りの痛さに悲鳴を上げそうになるが、なんとか飲み込む。
主人は舌打ちして、そのままどこかへ行こうとする。その足にしがみつき
「申し訳ありません! どうか、どうか!」
と、懇願する。が、再び衝撃。頭の側面と後頭部に激しい痛みを感じた。
やはり数秒遅れて、自分が蹴られたのと、壁にぶつかったことを理解する。だが、痛みよりも地獄の思い出のほうが勝った。
「どうか…、どうかお願いします!」
顔は地面に擦り付け、目はキツく閉じているので、アクマの姿は見えない。だが、気持ち悪く笑ったのを察した。
「ほぅ。そこまで言うなら俺の靴を舐めろ」
ゆっくり目を開き、四つん這いで移動してアクマの前に立つ。革靴を目の前にして、口から舌を出すが、やはり躊躇われた。
「なんだ。出来ないのか?」
今も見えないが、恐らく気持ち悪い笑みを浮かべていることだろう。
意を決して、靴を舐める。革特有のザラザラした感覚が、舌を撫でた。ジャリっとした感覚が、口の中に広がる。
今までなんとか保ってきた道徳が、一気に瓦解した気がした。
自分が人間ではなく、奴隷であり家畜の一匹なのだと再認識させられた気分だった。
それからは舐める事に躊躇は無かった。ペロペロ、とアクマが良いと言うまで舐め続けた。
「ふむ」
押さえてるつもりなのか、低めも声をアクマが上げたが、上機嫌なのは一目瞭然だった。
「もう良いわ。大事な革製が、貴様の汚い舌に汚れる」
言い返す気力は無かった。舐めるのを止めて、次の言葉を待つ。
「では、ベッドで待ってるぞ」
「え…?」
思わず口に出た。
「舐めたらしなくてもいいんじゃ……」
そう返すと、アクマはしゃがみ込んで私の髪を掴み、強く引っ張り上げる。
「一体誰がそんな事を言ったんだ? お前が勝手に勘違いしただけだろうが」
今度こそ、気持ち悪い笑みが見えた。
「……ッ!」
背筋が凍り付くのが分かる。産毛が反り返り、震えが止まらなくなる。
「そうか。そんなに嬉しいか」
まだ笑みを保ったまま私を捨てると、自室へと引っ込んだ。
「ブルー」
私は鳥籠の青い鳥に話しかけた。ブルーは無邪気に羽を羽ばたかせて、私を歓迎してくれた。
そっと籠の扉を開ける。普段は直ぐに閉めるが、その扉が閉まる事は無かった。
「ブルー」
もう一度呼ぶと、ブルーは籠から飛び出して、私の肩に止まった。
そのまま私は窓へ歩み寄り、勢い良く放つ。今宵は満月。少し寒いが、心地良い風が体を撫でる。
「行っていいよ」
肩に止まったブルーは、可愛らしく小首を傾げた。
「ブルーはもう自由なんだよ。飛んで行きな」
肩から手に移し、窓の外へ手を伸ばす。ブルーはそのまま満月の夜へ飛んでいった。
「私の分まで、自由に生きてね」
青い鳥は、やがて闇に消えた。
「奴隷の分際で、主人を待たせるのはどうゆうつもりだ」
アクマの部屋に入ると、妙な文句を付けてきた。おかしな話だ。時間より五分前に来たと言うのに。
ベッドの上には、色んな玩具が並んでいる。
しかし、私の顔を見て不満を思ったのか、アクマは続ける。
「なんだよそのツラは。俺に喧嘩売ってるのか?」
妙な言い掛かりも、これほど惨めに感じたのは初めてだった。どうしてもっと早く決行しなかったのだろう。
「申し訳ありません。ご主人様」
ご主人様、と初めて呼んだ。今まで一度も呼んだことが無かった。
「……」
アクマは一瞬呆気にとられたが、ニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべた。
「なんだ。お前も楽しみだったのか」
「えぇ。待ちわびてました」
ニッコリ笑顔。生まれ来た中で、一番の笑顔になれたはずだ。
「そうだな。今日は少し優しめにしてやろう」
どうやら今までにないくらい極上の上機嫌のようだ。譲歩するなどとは、これまでに無かった。
「いえ。激しくお願いします」
これにはアクマの動揺が見てとれた。
「仕方がないな。激しくイかせてやる!」
自信満々にアクマは言った。
「ご主人様」
「ん? なんだ?」
私は更に笑顔を増した。短期間に一番の笑顔を更新出来た気がする。
「逝くのはご主人様だけですよ」
地面に横たわる死体をみる。目玉は飛び出て、腹には何度も刺し傷が残っていた。
ゆっくりと自分の手をみる。
「はは……」
ベッタリと、嫌いなアクマの赤い液体が付着していた。
「あぁ…、殺したんだ」
何故か実感はわかなかった。自分のしている事が、当然とすら思えてくる。
右手にはどす黒い赤い液体が貼り付いている。
「私は、間違ってはいない」
復唱するように、私は自分に言った。いつまでも、いつまでも。
どこかで、軽めのノックが聞こえた。私は目を覚ます。隣には死体があった。あれは夢では無かったようだ。
……コンコン
もう一度、音が鳴った。窓からのようだ。近付くと、青い鳥が一羽止まっていた。
「ブルー」
その名を呼ぶと、青い鳥はバサバサと小さい羽をはためかせる。
「迎えに来てくれたの?」
小さく頷いたようにも見えた。
「ありがとう」
私は、小さく笑った。それは、私が生まれて、初めて。屈託が無く笑った最後の笑顔だった。
早朝。警察が来た。
突入前に、館の小窓から、青い鳥と赤い鳥が飛び出したのを警官の何人かが見たらしい。
さて。エンドの方法は悩みました。
少女を鳥にしてエンドでは、読者の方はアクマに対して少々不満を感じるかもしれません。
ですので、今回は殺させました。
※内容はアレですが、別に病んでません。