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乙女ゲームのターン?
空崎春陽は鏡に向かってにっこりと笑顔を作った。
鏡の中に写る女の子はくりっとした大きな瞳を少し細め、つややかなピンクの唇は大きく弧を描き白い歯を覗かせている。
明るく元気、そんな印象の美少女がそこにいる。
亜麻色の髪を掻き揚げてそのサラサラとした指どおりを楽しみ、その髪の輝きにさらに目を細める。
ふふん、完璧だわ。
そう思って再び春陽が鏡を見ると、先ほどと違い鏡の中の少女は幾分意地の悪そうな笑いかたをしていた。
いけない、いけない。
慌てて、顔を作り直す。
その顔をキープしながら角度を変えつつ確認して、今度こそいいわと顔を変えないようにしながら春陽は喜んだ。
ようやくここまで来られた。
3月に伯父様に出会い引き取られて、勉強をしたり容姿を磨いたりで少し遅れてしまったけれど
やっとスタートできる。
伯父様が理事をされている晴天学園に転校して、イケメンの逆ハーレムを築いてやる!!
握り締めた右手を大きく上に掲げ、春陽は新に決意を固めた。
この世界は『うきドキ☆晴天学園』と言う名の乙女ゲームの世界。
春陽は、そのヒロイン。
今、ゲームが始まろうとしている。
が、背景がおかしい。
いえ、背景はいいのよ。お金持ちの子が多く通う学校に相応しく、レンガ造りの少しレトロな雰囲気の学校はまるで美術館のようで素敵だし、金髪でと遠目から見てもかっこいいと分かる副会長が立っている。そこまではいいのよ。ゲームスチルそのまま。
でも、なんであんたがここにいるわけ?
春陽は、校門の前にほぼ同時に車で送られてきた従兄弟に怪訝そうな顔を向けた。
伯父様にあってから一度会ったことのあるその従兄弟の名前は空崎陽太。
春陽と同い年である陽太は、そん所そこらの女の子なんて霞んでしまうような綺麗な男の子だった。
その子が今、見る影もない姿で春陽の隣に立っていた。
髪の毛は、重そうで厚みがあって指どおりが悪そう。おまけに前髪が長くて綺麗な顔を半分も隠してしまっている。
かつらなのかしら?
さらにちらりと見える目には黒縁のレンズの厚い眼鏡をかけていて、それのせいか大きなはずの目が小さく見える。
どこで買ったのよ、その眼鏡。
運転手の人が見たことのある人じゃなかったら、春陽はこれが陽太だと分からなかっただろう。
まあ、いいわ。
陽太がなんで変装してここにいるのか分からないけれど、こんなことくらい私には関係ないもの。
なにせ、ヒロインですから。
春陽は気を取り直して、校門の前に立った。
目の前の霧人を見て、すぐ近くでみてもやはりカッコいいのを確認して心の中でほくそ笑む。
「副会長の佐伯霧人です。理事長室まで案内するので付いてきてね」
爽やかな笑顔でそう言った霧人。
声もゲームの記憶のまま。低いけれどやわらかく耳に心地いい。
もうそのまま抱きつきたいくらい心の中は大興奮の春陽だったけれど、心を落ち着けて好感度大の選択肢を言う。
「その笑顔ずっと作ってて疲れません? ちょっと気持ち悪いんですけど」