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風紀の仕事を終え寮の部屋に帰った瞬間、雨流は堰を切ったように話し始めた。
「昼間のあれは何だ? 生徒会しか使えない席に新入り座らせやがって! その上、あの三人の態度。気色わりぃ甘ったるい顔で『あ~ん』とかやってるんだぞ? ドン引きだわー。ないわー。
双子はかわいい系の顔で甘える光景見慣れてるからまだいいが、佐伯はない。いつもの目の笑ってない笑顔よりあの顔のが気持ち悪いわ!!
そこでもちゃんと言ってやれよ、王道! しっかりしろ! 恥ずかしそうに『あ~ん』って口開けて食べてる場合か! 異常事態過ぎて萌えらんねえよ。どうしてくれる。
もうちょっと、こう、時間をかけて駆け引き的なものが合って結ばれ、人目を忍んでいちゃいちゃするのを見んのが萌えんだろうが! なんだあれ? どこのバカップルだ? しかも、凪も怖がらせやがって。
シメて良いよな? と言うか、殺るけど」
仕事中も夕食中も妙に上の空だと思っていたら、溜め込んでいただけらしい雨流の勢いに雪路は押され気味になりながらも言葉を返す。
「駄目ですよ」
「はあ、何でだよ。風紀委員長としてこの乱れ具合は見逃せないだろう」
服装髪型に関しては自身も風紀委員も守っていなくても気にならないが、恋愛ごとに関しては厳しい風紀委員長は昼間の出来事は非常にお気に召さなかったらしい。
凪沙のことも多分に含まれているようだが。
雪路も苛立たしく、同意してしまいたい気持ちもあるけれど、殺ると言う言葉は聞き流せない。
「殺人はもみ消せないし、処理に困るからやめてください」
「そこは、それくらいの心意気って意味だろ」
不満げに口元をへの字にした雨流。
気合だけというのなら、目線だけで殺せそうな顔ができるのだから必要ないですよ。
そう雪路は返そうと思ったが、以前言ったところ結構落ち込んでしまったのを思い出し喉元で飲み込んだ。
「……そうですか。ですが、シメること自体難しいと思いますよ。転校生は学園長の甥ですから」
「ちっあのくそジジィ、面倒な転校生入れやがって」
BLだ。王道だ。と喜んでいたのに変わり身の早いことだと、雪路は呆れる。
「面倒なのは確かですがね」
こんな風になるなんて予想できないでしょう?
「もう一人の転校生も秋月なんかにキスされやがって。ありゃ、ファンクラブが動くぞ。見張るのに人員さかなきゃいけねぇだろうが!」
「転校生のせいではないでしょう。その件は、生徒会長に注意してきました」
何度注意しても同じような事件を起こす霜弥に言っても無駄だろうと思いながらも、一応はした。
昼間に馬鹿にされたと怒りが収まらない彼には馬耳東風と言った態だったが、それくらいしかできないのでしょうがない。
「鎮目にも、釘さしておけ。最近、奴をめぐって乱闘起こした女共がいるって話が入ってきてる」
また、アグレッシブな女性がいたものだ。手に入らないものに必死にならずもっとほかの事に力を使えば良いのに。
……じゃなくて、雪路はそんな話聞いていない。
ヒョウとは比較的仲良くしているので今まで雪路のほうが情報が早かったのだけど。
今日の放課後も話をしたけれどそのことについて何も言っていなかった。
ヒョウは、一年生の初めは要領が分からず問題を起こしていたが、すぐにどうすれば良いか学んだようで問題は起こしていなかったのに何故?
たまたま、面倒な女性に好かれてしまった?それとも
――ゲーム補正
不吉な言葉が思い浮かぶ。まさか。そんなわけはない。
そもそも、この世界がゲームだというのも確定したわけじゃないのだ。
主人公らしき転校生は来た。しかし、副会長と双子は惹かれたようだが、生徒会長は女のほうの転校生に手を出した。
会計のヒョウや書記の凪沙は生徒会の仕事の邪魔をされたので陽太のほうはあまり良く思っていないはずだ。
雨流や雪路に至っては、面倒で印象はあまり良くない。
空崎陽太は、主人公ではないのではないだろうか?
これを否定するには霧人と雷斗、雷火の反応の説明がつかない。
普通に恋をしたとして、あのような反応をする人物だっただろうか?
これには否と即答できる。
霧人は何事にも慎重だ。疑り深く、一言で恋に落ちるようなタイプではない。
雷斗は熱しやすく冷めやすい。すぐに気に入って振り回すが、すぐに飽きるのだ。そして、面倒そうなものには手を出さない。
雷火は雷斗に合わせて相手を振り回すが、兄より少し冷静で、外側からの視点も持ち合わせている。こちらも面倒なものには見向きもしない。
三者三様であるが、皆馬鹿ではない。外聞を気にするくらいの配慮はあるのだ。だから、男である空崎陽太にこんなに速くあんなに甘ったるく非常識な行動を取るはずがない。
「――い、聞いてるのか?」
「へ?」
「なに間抜けな声出してるんだよ。話、聞いてなかったな」
「すみません、考え事をしていたもので。何の話でしたか?」
「単なる愚痴の続きだ。それより、眉間に皺がよってる。跡になるぞ」
いつも雪路がするように雨流が雪路の眉間を人差し指でぐりぐり伸ばした。
「雨流には言われたくない言葉ですね」
「俺は良いんだよ。そういうキャラ作りだから。前から言ってるが、ずっと笑ってるより楽なんだ」
「私は、笑うほうが楽です」
「じゃあ、笑っとけ」
「はあ」
雪路が曖昧な返事になってしまうのはしょうがないことだろう。
今は笑いが必要なところだっただろうか。
「俺も眉間にしわ寄せて、雪路もそんな顔してたら、とてつもなく大変な事態みたいだろうが」
「それもそうですね」
二人して深刻なる事態にはなってないじゃないか。
もともと、深刻なのは得意ではないのだ。
やはり、私の親友はすごい。
自然と口元が上がるのが分かった。