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霧人に連れられて校内に転校生が入るのを見届けてから、雪路は何事もなかった顔をして風紀委員が使用している教室に戻った。

中には一人。扉の正面に据えられた机に座り、書類に目を通している春夏冬(あきなし)雨流(うりゅう)がいる。

眼光鋭い美貌の彼は学園の魔王と恐れられる風紀委員長だ。

「雪路、どこに行っていた?」

鴉の濡れ羽色の髪を鬱陶しそうに掻き揚げながら問いかけてきた。


今日も高校生に有るまじき色気を無駄に振りまいてるな。


きっと、少し長くなってしまった髪がいけないのだろう。

後で切る様に言わなければと考えながら雪路は答えた。


「気分転換もかねて、見回りに行っていました」

「そうか。……何か面白いものでもあったか?」

「どうしてですか?」

「何かあったような顔をしている」


何もないような顔をしていたつもりだった雪路だが、長い付き合いである雨流にはいつもと違うことが分かってしまうらしい。

「校門に転校生が来ていたんですよ」

「そういえば今日だったな」

「霧人が迎えていたのですが、その時に笑顔が気持ち悪いと言われていました」

ブハッ

噴出すような音を出し、肩を振るわせる雨流。


「ククッ何だそれ。見たかった。それすごい見たかった」

「雨流、顔が崩れていますよ。それに言葉遣いも」

「いいだろ、今は俺とお前しかいないんだから。ていうか、それ言ったのどっち? 転校生って二人いたはずだろ?」

「それが、どちらもです」

アハハハハハハハッ大きな笑い声が響く。

「あー、おかしい。惜しいことしたな。俺も一緒に見回りに行けばよかった」

「見事なハモリ具合でしたよ」

「ククッちょっ笑わせんなよ」

雨流は意外と笑い上戸だ。そして、一度ツボに入ると中々おさまらない。


「事実を話しているだけです。それに……この後の方がすごいですよ」

「聞かして」

「霧人は笑顔が気持ち悪いと言われてしばし放心状態でしたが」

ププッ

「雨流、話を遮らないでください」

「笑わないとか無理だって」

雪路が咎めるように視線を向けると、雨流はふにゃりと崩れた顔を引き締めた。

「分かった、善処する。話を続けてくれ」

「放心状態から立ち直った霧人は『そんなことを言われたのは初めてだよ』と」

「うわっ声真似にてる。さすが、雪路」

「二人のほうに近づきました。そして、男のほうの手を取り引き寄せて頬に口付けたのです」


「BLキタ━(゜∀゜)━!!。

なにその王道!? この学園前々から王道だと思ってたけどついに来た。写真見たときからこれはっ! と思ってたんだよ。おい雪路、その王道君の寮の同室不良の一匹狼だろうな?」

「たしか、鷺沼(さぎぬま)(あらし)ですね」

「おお、あの風紀の誘い断った? 目つきが怖くて、よく怪我してくるからクラスから恐れられ遠巻きに見られている鷺沼か!」

「そうですよ。怖い容貌に反して、雨の日に捨て犬に傘を立てかけたり、裏庭にくる野良猫に餌をやったりしている鷺沼です」

「ナイス采配だ、百鬼(なきり)。良い仕事してる」

「伝えておきます」

「いや、いい。伝えるな。俺が腐男子だとばれたらどうする」

「大きな声を出されているので、皆に知って欲しいのかと思っていましたが」

雪路が冷たい視線を投げかけると頭も冷えたのか大人しくなる雨流。

「悪い、取り乱した」

「他に人がいるときは絶対に取り乱すことのないよう重々お願いいたします」

「分かってる」


しばらく真面目な顔を保っていた雨流だったが、はっと何かを思い出したようでまたふにゃりとにやける。

ちょっと気持ち悪いなと思いながら雪路は声をかけた。

「どうかしましたか?」

「確か、転校生のクラスは三組だったよな」

「そうですね」

「担任が前園だ。ホスト教師だぞ! 普段は風紀を乱しがちで苛立たしい教師だったが、王道君となら風紀を乱してくれてもかまわない!」

いいわけあるか!


何かを耐えるような表情で握りこぶしを作っている雨流に、内心でそう突っ込みつつ雪路はやれやれと肩をすくめて席を立つ。

常備している紅茶を入れ、茶菓子に置いているクッキーと一緒に雨流の目の前にそっと置いた。

「落ち着いてください」

雪路が微笑んで言うと、雨流は一口飲んだ。

それを見届けて、雪路も席に付き紅茶を楽しむ。


押して駄目なら、引いてみろ。

睨んでも、雨流が落ち着かないときは紅茶を与えれば良い。

甘いお菓子もあれば尚良い。

そちらに気がいって、思考がそれて興奮状態から正常に戻る。


教室が和やかにな空気に包まれる。


「……それにしても、荒れそうだな」

ぽつりと雨流は呟いた。

その言葉に、雪路は頷く。

「私が見ているときに人影はありませんでしたからすぐにではないかもしれませんが、時間の問題かと」

雪路にしてみれば副会長と転校生の邂逅は笑い話だが、ファンクラブにとっては面白くない出来事だろう。

「楽しくなりそうだ」

「雨流、また顔が崩れてきていますよ」

言うと、キリッと顔を引き締めた。


しかし、分かっているのかな。

本当に王道的展開だったら、風紀委員長も攻略対象だって言うことを。

「雨流、そろそろ髪を切ってはどうですか」

雪路が提案すると雨流は書類に目を向けたまま「まだ、いいだろう」と返した。

面倒くさがってるな。それならば……

「私が切りましょうか」

さらりと後ろ髪を梳きながらいうと、座っていた椅子を倒して勢い良く離れられた。

ゴンッと鈍い音が鳴ったのでどこかをぶつけたのだろうが、それを気にせず雪路に目を合わせて逸らさない。

相当警戒しているようである。

「雪路、絶対に勝手に切ったりするなよ」

「そんなことしませんよ」

「した。一年のとき、俺の寝ている間に切っただろ。俺は、あの惨事を忘れない。後ろ髪はガタガタで長さが揃わず、前髪はきっちりと揃ってぱっつん。鏡を見たときの衝撃はすごかった」

「ああ、ありましたね、そんなことも」

「何だ、そのさも今思い出しましたというような反応は! そのせいで学校を休むことになり似合わない短髪で数ヶ月過ごすことになったんだぞ!!」

「大丈夫です。練習しましたから、今度はうまくできますよ」

本当は練習なんてしていないけど、あれは寝ている所を切ったからうまくいかなかっただけだ。

ちゃんと座ってもらえば出来るはず。

「その顔は、練習なんてしていないだろう」

何故ばれた。驚いてみると、やっぱりかと呆れた声を出された。

「髪は美容室で切ってもらう。雪路に切られるくらいなら明日切りに行ってくるから、勝手に切ろうと思うなよ」

「分かりましたよ」

翌日、雨流は髪を切ってきたといったが一cmくらいしか切っていないのではないかと言う変化のなさだったので、また切る切らないの攻防が繰り広げられることとなった。

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