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――その笑顔ずっと作ってて疲れません? ちょっと気持ち悪いんですけど
休日の校門前は静まり返り、その声はとてもよく響いた。
辛らつな言葉を放ったのは、美少女だ。
セミロングの亜麻色の髪はサラサラと光の輪を作り、肌は陶磁器のごとく白い。目はパッチリと二重で弧を描く唇はふっくりとして何もつけなくても桜色をしている。
綺麗と言うより、かわいいと言う言葉の似合う容姿の少女。
そして、もう一人。
もっさりとした髪は顔の上半分を隠し、少し覗く黒縁の眼鏡はどこに行ったら買えるのかと言うほどレンズが厚く野暮ったい少女とは打って変わって酷い見た目の小柄な少年。
まさに王道的な二人から二重奏で響いてきた王道的な言葉を聞いて篠原雪路は、笑い出したくなるのを必死で抑えた。
隠れてみているのに、声なんて出したら台無しだ。
双子も真っ青なハモリ具合で気持ち悪いと言われた佐伯霧人は目を見開いて動きを止めた。
それもそのはず、母親から受け継いだ金髪碧眼で整った容姿と培った人当たりのよさから王子様のようだと誉めそやされてきた彼に、気持ち悪いなど無縁な言葉だろう。
それでも、少しすると持ち直したようで、笑顔で言葉を紡ぐ。
「そんなことを言われたのは初めてだな」
雪路は固唾を呑んで成り行きを見守った。
「君たちはとてもおもしろいね」
霧人が二人に近づく。
どうするのだろう?
彼が手をとったのは、男のほうだ。
引き寄せて、その頬に唇を寄せる。
チュッ
軽いリップ音がやけに辺りに響いた。
「はあ!?」「ええ!?」
転校生達は悲鳴を上げた。
霧人はそれを気にも留めていない様子で、心からの笑みを向けて言った。
「気に入ったよ。これから、よろしくね」
「なにすんだよ!!」
キスされてしまった男はそう言って霧人の胸倉を掴み
「なにしてんのよ!?」
女のほうの転校生も悲鳴のような声を上げる。
ぎゃーぎゃーと二人そろって言い募るのを霧人が慌てて宥めている。
……本当に、何やってるんだか。
ため息を付いてから雪路は今見た光景について考える。
雪路には、篠原雪路としてではない記憶がある。
それは、佐藤理恵という女性の記憶だ。
赤ん坊の頃からあったその記憶は生きる上で役に立つことは多かったのだが、中等部に上がってすぐの頃におかしな記憶が混じるようになった。
それは『うきドキ☆晴天学園 び~えるVre』と言うタイトルのゲームの記憶。
タイトルやゲームの内容は個人の趣味なので、「そのタイトルはないな」と思うくらいですぐに記憶の奥に押し込む雪路だが、出てくる登場人物が問題だった。
篠原雪路と言う登場人物がいたのだ。デフォルメされているが、自分と似通った容姿をしている。
そして、少しずつ思い出されるゲームの篠原雪路と自身のプロフィールが被ってゆく。
それだけではない。
親友や、知人や後輩など周りにいる人物も攻略対象としてゲームに登場しているのだ。
この世界はBLゲームの世界だったのか
思わぬ真実を知った気がした雪路だったが、晴天学園に入学するのと共に共学になりその考えは放棄される。
類似する点は多いけれど、全寮制男子高校が舞台だったゲームとは関係がないのだと思った。
思っていたのだが
1週間前、学園に転校生が来ると聞かされた。
手元に渡された資料を見て雪路は驚愕の表情を浮かべた。
「どうかしたか?」
資料を渡してきた親友が心配そうに聞いてきたが、それどころではない。
季節はずれの5月に二年A組に転校してくることになった二名。
そのうちの一人がゲームの主人公と同じ名前の空崎陽太だった。
ご丁寧についている顔写真も、似ている気がする。
それに、もう一人の転校生空崎春陽も見たことがあるような……
真実を確かめるため転校生が下見に来る日時に張っていた雪路は校門前の出来事を目撃したのだった。