ボーイフレンド
ステファナは、一人で無料の地下鉄に乗って出かけるようになった。
慣れると楽しくて、あちこちに行ってみたくなるのだけれど、
問題は、小遣いを使い果たしてしまったことだ。
それを察したアレクシスの母親が、手伝いの駄賃として小遣いを渡してはと提案する。
「お姫様が賃金を貰ってはいけない」と言われては困るので、
フリモンに聞くと、
「ステファナが、働いてお金を得ることを少しでも理解できればいい」
と言ってくれた。
そうしてステファナの懐は、ちょっとだけ潤う。
それから、アレクシスが買った物を売って得したりするのを見て、
自分でもやってみる、なんてこともした。
もちろん、損したのは言うまでもない。
そうしたある日、学校帰りに駅へ向かっていたアレクシスは、
本屋から出てくるステファナを見つけた。
「ステ・・・」
と声をかけようとした時、
なんと、彼女は、後から出てきた男の子を振り向き、にこっとするではないか。
そして二人は、彼が持っている本屋の袋の中を一緒に覗く。
アレクシスは、思わず隠れてしまった。
彼女は気が動転する。
ステファナは、友達が出来たなんて言わなかった。
しかも、男の子だ。
今日、初めて会ったのだろうか。
それにしては仲が良すぎる。
てことは、ボーイフレンド?
ついこの間まで、男の子と会話できなくて困ってた彼女が?
「知らない男の子には気をつけて」って言ったのに。
いや、この男の子は、どちらかと言うと子供っぽい・・・
だから、かえって、純粋なステファナは油断した?
と、あれこれ考える。
そして、はっとしてもう一度見ると、二人は消えていた。
慌てて本屋の前に行って二人を捜す。
すると、彼らは駅から遠ざかって行くところだった。
用心しながら後を付ける。
その後ろ姿は、恋人同士というよりは、双子のような感じだ。
二人とも同じ背格好なので可愛らしい。
いや、そんなことは言っていられない。
「もし変なことにでもなったら、フリモンに何て言おう~」と青くなる。
「違う違う、今はフリモンの心配ではなくステファナの方だ」と思い直し、
気付かれないように尾行する。
二人は、フードコートのサンドイッチ屋の前で止まり、何かを話し始めた。
アレクシスのところからは、二人の会話は聞こえないのだけれど、
サンドイッチを買う話をしているらしい。
ステファナは、自分のポシェットを開き、男の子に中を見せる。
「お金は無いってことかしら・・・?」
すると男の子はニコッと笑い、それからサンドイッチを注文して代金を払った。
「まさか、サンドイッチで誘惑してるんじゃないでしょうね。
ああ、ステファナ、スファエにはこんなサンドイッチのお店はないでしょうけど、
そんなもので誘惑されては駄目よ」
出来上がったサンドイッチは、馬鹿でかいものだった。
そして二つの飲み物も受け取った二人は、テーブルを捜す。
アレクシスは、柱の陰に隠れる。
そして再び彼らの方を見ると、
二人はテーブルに付き、サンドイッチの紙を広げているところだった。
それは二等分されていたようで、仲良く半分ずつ食べる。
仲良く・・・それは、本当に微笑ましいデートのようだ。
アレクシスは、いつまでも一人で柱の陰に隠れているわけにはいかないので、
近くの店でメロンソーダを買い、少し離れたテーブルについて二人を見張る。
二人は食べ終えると駅の方へ戻り始めた。
アレクシスは後を付けながら、「ちょっと待って」と思った。
自分は何をしているのだろう・・・
二人を尾行する言われは無いのだ。
もし、その男の子のことを知りたければ、
何気ない振りをして話しかければ良かったのだ。
今更そんなことに気付いても遅いのだけれど、
駅の方へ行くということは、帰るということだ。
このまま知らない振りをして、家に戻ってから聞いてもいい。
いや。
本当に、家に帰ろうとしているのだろうか。
もし、家とは別の方向の電車に乗ってしまったら・・・
アレクシスは、どんどん二人の方へ歩いていき、彼らに追いつき、
「あら、ステファナ」
と話しかけた。
ステファナは、驚いたようにアレクシスを見ると、にっこりした。
「アレクシス。
そう、アレクシスの学校は、この近くにあったわね。
もう終わったの?」
「え、ええ・・・」
ステファナの屈託の無い笑顔に、アレクシスは肩透かしを食らったかのようだ。
彼女は、その男の子の方を見る。
「お友達?」
すると、その男の子は恥ずかしそうにした。
何で恥ずかしがるのかと思うけど、単に、人見知りをしているだけかもしれない。
「ライナスって言うのよ。
ライナス、こちらは、わたしがお世話になっている家のお姉さんで、
アレクシスって言うの」
「こんにちは」
と彼は言って、ペコンと頭を下げる。
そばかすいっぱいのその子は、
どう見てもステファナの言ってた「白馬の王子様」とは違う。
「ライナスは、この近くのセミナーに行ってたの」
アレクシスは、そう言えばこの辺りには色々なセミナーがあるなと思った。
彼は時計を見ると、慌てて言う。
「もう行かなくっちゃ。
ステファナ、会えて嬉しかったよ。
これから家へ戻って、両親と話をしてみる。
励ましてくれてありがとう」
ステファナも名残惜しそうに、彼をぎゅっと抱きしめた。
「わたしこそ。元気でね」
ライナスは、本の袋を持ったまま固まり、顔を赤くする。
そして、ステファナが離れると、
照れ隠しなのか、真面目な顔をしてアレクシスを見る。
「アレクシスさん、さようなら。
じゃあステファナ、絶対、手紙を書いてね」
ステファナは、自分のポシェットを持ち上げると言った。
「もちろん。
さっき見せたでしょう。
あなたの住所は、ちゃんとこの中にあるわ」
ライナスは、ニコッと笑うと手を振って駅の中へ消えていった。
ステファナは、いつまでもそれを見送る。
アレクシスは、そんなステファナを見ながら思ってしまった。
「一体、何だったの?」