メロン
アレクシスの家は、ハルアミナと言っても王族ではない。
国王のアクィラ・ハルアミナとは先祖は同じでもかなり昔の話で、
父親は王宮の学校で教師をしており、フリモンとは先生と生徒の間柄だった。
教師の父親に、専業主婦の母親、
アレクシスと妹は女学校に通っていて、ロセウスでは中流の家族だ。
閑静な住宅街にある家は、華美でなく質素でもない。
それでもステファナは、スファエとは全く違う文化的な生活に驚き、
彼らは立派な家の人たちに違いないと思っていた。
そうして二~三日もすると、
ステファナは、ここでの生活に慣れ一人で近所を散策するようになった。
あの地下鉄の駅へも行ってみる。
券売機の前に立ったステファナは、はたと困ってしまった。
地下鉄に乗ってみたいのだけれど、どうやって切符を買うのか分からない。
誰かに聞こうと思ってきょろきょろしても係りの者はいない。
とにかくタッチスクリーンを適当に押してみる。
するとさらに訳の分からないことが表示され、その後はいくら押しても動かない。
それどころか、ふっと表示が消え初めに戻ってしまった。
別の券売機で試してみても同じことの繰り返し。
切符を買う人が横に来たので、ちらっと覗き見しても、さっぱりなのだ。
ステファナは、切符を買う前に、行く先を決めてないという、
基本的な間違いに気付いていなかった。
というか、自分がいる駅の名前すら知らない。
ふと、人々が切符を買わずに自動改札口を通っていくのに気付く。
「あの人たちは、どうして切符が無くても乗れるのかしら・・・」
そして、その改札口は切符無しでも通れるのかもしれないと思う。
恐る恐る改札口を通ろうとする。
ところが、出口の赤ランプが緑に変わらない。
周りを見ると皆はさっさと通って行く。
「勢いが足りないのね」とステファナは、足早に通ってみる。
突然、ウィンウィンと警報が鳴った。
彼女は驚いて立ち止まり、通行人も彼女を見る。
係りの者がやってきて警報を止めると言った。
「メロンを持ってますか?」
「メロン?」
ステファナは何のことだろうと思う。
「メロンを持っていないと地下鉄に乗れないなんて」と驚いたりする。
あんなに重くて大きい物を持ち歩かねばならない都会とは、不思議な所だ。
「ステファナ?」
そこへ、アレクシスが通りかかった。
丁度、学校から戻って来たところらしい。
ほっとしたステファナは、声をひそめてアレクシスに聞く。
「わたし、メロンを持って来なかったから地下鉄に乗れないみたい。
家にメロンがあったわよね」
「えっ?」
「台所にあったでしょう」
アレクシスは、にっこりすると、係り員に彼女は自分の友人だと告げ、
ステファナを乗車券売り場に連れて行った。
「ここで乗車券を買うのよ」
「それは知ってるけど、どうやって買うのか分からなかったの」
「じゃあ、買い方を教えてあげるわね。メロンもここで買えるのよ。ほら」
そう言ってアレクシスは、切符売り場の端を指差す。
そこには、MERONと書かれた別の券売機があった。
ステファナは、やっと、メロンとは乗車カードのことで、
それを持っていると自動改札機が確認して通れるのだと分かった。
「ステファナは、メロンを買いたいの?」
「ううん・・・地下鉄に乗ってみたいと思っただけだし・・・
お金も高そうだもの」
ステファナの小遣いは決められていて、しかも少量なのだ。
「だったら、ただで乗れる時間と区間があるのよ」
「えっ!? ただで?」
アレクシスは、時刻表を見る。
「この時間は、もう終わってしまっているわね。
明日、学校は早く終わるから、一緒にどこかに行かない?」
「本当!?」
「どこに行きたい?」
「どこって・・・どこでもいいわ」
「そうね・・・じゃあ、お買い物はどうかしら」
「お買い物?」
ステファナは、買い物をしたことが無かった。
スファエに市場はあるのだけれど、姫の行く所ではないと言われていたのだ。
ところでアレクシスは、ステファナの服が気になっていた。
都会的でない。
というか、ダサいと言った方がいい。
エスペビオスへ行くのだとしたら、皆に馬鹿にされるのではと心配する。
フリモンは、女学校には制服があるので大丈夫だと言うのだけれど、
女の子はおしゃれが好きだし、ステファナに可愛い格好をさせてあげたいと思う。
とはいえステファナは、メロンを買うのをためらった。
人の小遣いを気にしてはいけないものの、
買い物に行くのであれば、どれくらいの予算があるのだろう。
その予算は、豊かとは言えなさそうだ。
「ステファナ、古着屋へ行ってみない?」
「古着屋?」
「ええ、安くて面白いものがいっぱいあるのよ。
わたしも良くそこで買い物するの。
やり方を教えてあげるわ。
それに、アウトレットもいいわね」
「アウトレット?」
ステファナは、目をキラキラさせる。
古着屋にアウトレット。
都会には、たくさん面白いものがあるらしい。