まだ見ぬ王子様
相次ぐ第五姫や王宮の娘たちの結婚式は終わった。
結婚式は女の子たちの晴れの舞台だし余りにも賑やかだったので、
学校の文化祭が終わったようなノスタルジックな気分になる。
とはいえ、ほれ薬事件以来、ステファナの見合い話はないので事件も起こらず、
人々は平穏な日々にほっとしていた。
元々、スファエ王国は穏やかな国なのだ。
ステファナは十六歳になっても、野で走り回る以外はうだうだと暮らしていた。
「そんなにのん気にしていていいものでしょうかね」
ルベットがそう言ったので、ステファナは振り向く。
「のん気って?」
ルベットは、ふんと鼻を鳴らした。
「お見合いですよ。あれから無くなったじゃないですか」
「そうねぇ・・・」
ステファナは、膝に乗せた猫のお腹をふわっふわっと撫でる。
猫は気持ち良さそうに喉を鳴らした。
「わたしは、まだ十六歳になったばかりよ」
ルベットは、座っている椅子を近付け詰め寄ると言った。
「いいえ。今から目星を付けておかないと、良縁には恵まれません」
「目星ねえ・・・」
「ああ、もうじれったいですわね」
ステファナは猫を抱き上げ、自分の鼻を猫の鼻につけてふふんと笑った。
「ルベットだって独身なのに、なんで結婚を急かすのかしら。
そんなに結婚がいいのなら、みんなみたいに自分もすればいいのに」
「わたしは独身でも未亡人の方です。結婚してました」
ルベットは、ほれ薬事件で最も近くでステファナを看病したのに、ただ一人影響がなかったのだ。
ステファナは、密かに「鉄の侍女」と呼んでいる。
突然、ルベットが立ち上がった。
驚いた猫はステファナの膝から床に降り、ルベットを見上げる。
「ええ、分かりました。
わたしが姫様に悪い影響を及ぼしていると言うのであれば、これでお暇させて頂きます」
ステファナは、部屋を出ようとするルベットを慌てて呼び止めた。
「分かったわ。
とにかく次のお見合いではちゃんとします」
ルベットは向き直って両手を腰に当て口を一文字にきゅっと結ぶ。
ステファナはやれやれという風に続ける。
「では、その目星って、どうすればいいの?」
「姫様は、どんな殿方がよろしいのでしょうか。
もちろん、『白馬の王子様』意外にですよ」
ステファナは、口をへの字に曲げた。
「それ意外に誰がいるの」と言わんばかりだ。
「そんなこと言ったって、皆、おじさんたちばっかりなんですもの」
ステファナの「白馬の王子様」とは、カッコイイ男性なのだけれど、
スファエのおじさんたちのイメージとは違う。
「優しくて素敵な人」では漠然としすぎているから、ルベットはまた怒るだろう。
大体、結婚したくないのだから、その前の問題なのに、どんな人がいいのかなんて自分に分かるはずも無い。
ルベットはため息をついた。
「先だって結婚された第五の姫様でさえ、理想の男性はいらしたのに・・・」
「ああ、ハンサムってことね」
「いいえ、アクィラ王ですよ」
「アクィラ王?」
アクィラは、ウィリディス王国の王だった。
留学中のステファナの兄の王大子フリモンは、アクィラと同じ年で一緒に勉強している。
「第五の姫様は、アクィラ王がこちらを訪問された時に、一目惚れなさったんです。
あのお方ならどんな娘でも憧れるでしょうけれど、
残念ながらウィリディス王国とうちとでは格が違い過ぎるので諦められたのです。
それでも似たような方と結婚なさったじゃないですか。
アクィラ王よりは穏やかな性格ですが、外見は似てらっしゃるし、
姫様のおっしゃる『白馬の王子様』が、アクィラ王なら分かりやすいのですけれど」
「わたしはアクィラ王を覚えて無いわ。
それにお姉様と一緒にしないで。
アクィラ王は派手な性格だって聞いたことがあるし、わたしはもっと・・・」
「もっと、何ですか?」
「もっと・・・優しい感じの人がいいの」
「じゃあ、第五姫の・・・」
「違うって!」
ステファナは、アクィラがスファエを訪問したのを覚えていなかった。
そんなことがあったような気もするが、
覚えてないということは、どうでも良かったか、
遊びほうけていることが多いので会ってないのかもしれない。
実際、他国の王子を歓迎するのに、ずらっと姫たちが並ぶのは物欲しそうで恐ろしくもある。
それにここは、六番目の姫が抜けたぐらいで騒ぐような国でもない。
「とにかく、姫様も、どんな方のお嫁になりたいのか、良く考えて下さい」
こうしてステファナは、
一応、現実に存在する理想の男性について考えるようになったのだけれど、
「白馬の王子様」から「まだ見ぬ王子様」へ変わったぐらいのものだった。
ところで王様とお后様は、ステファナほどのん気ではなかった。
ステファナが、あれだけの騒動を起こしたので評判は悪くなり、
もはや見合いをしてくれる相手など、どこを捜してもいやしない。
「なんと十六歳の娘に行かず後家の心配をさせられるとは」と心を痛めていた。
結婚適齢期の前、しかも十六歳で候補者がいなくなるとは穏やかでないが、
フリモン王子が良い知らせを送ってきた。
リッチなウィリディス王国は、
元々近隣諸国から男の子たちを招いて王宮で勉強させている。
そしてアクィラ王の新時代になり、
男の子だけでなく女の子にも勉学の機会を開くことになった。
ただ初めてのことだったので、女学校に行かせて様子を見ることにする。
その女の子たちの一人にステファナが選ばれたというわけだ。
スファエの王様は、普通だったら娘を国から出すことなどしないのだが、
ステファナが都会のお嬢様学校で姫としての品格を学べば、
嫁の貰い手も見つかるかもしれないと望みを掛けることにしたのだ。
ステファナにしても願ってもみないことだった。
これで、本で読んだ「都会」とか言う場所に行ける。
こうして田舎のお姫様は、都会に出ることになった。