すったもんだ
アクィラは、部屋を見回すと呆れたように言った。
「これがゲストルームとは、とても思えんな」
椅子やテーブルは壁側に寄せられ、引越し前、といったような感じだ。
ステファナは、「陛下がみえられると分かっていたらきちんとしたのに」と恨めしそうに目だけを向けてアクィラを見る。
王の前に正座して座っている自分は、まるで最後の審判を受ける哀れな罪人のようだ。
足もしびれてくる。
「陛下、国外追放は仕方が無いとしても、スファエへの強制送還だけはお許し下さい」
ステファナは勇気を出して言った。
「そのことは心配ない。
スファエ王国には連絡しているところだ。
とにかく、こんな茶番は止めるんだな」
「じゃあ、侍女たちは許されるのですね!?」
ステファナが立とうとすると、足の感覚はすでになく、バランスを崩してしまい、
アクィラがさっと彼女の体を支えた。
ステファナは「あっ」と思ったのだけれど、アクィラの仏頂面にたじろぎ、硬直する。
足のじ~んとしたしびれも伝わってきた。
ステファナは、アクィラが何のためにここに来たのか心配していた。
「謝らねばならないのはこっちだから、出向くのはわたしの方なのに・・・
文句を言いに来られたのかしら」などと考える。
「陛下、自分を侍女と偽って申し訳ありませんでした」
「ああ、そういうこともあったな」
アクィラは、心ここにあらずという風に答えた。
「そして、あの・・・」
とステファナは言って、真っ赤な顔をして額を床につけてお辞儀をする。
「裸同然で御前に出たこともお許し下さい」
「そうだな、あれには驚いたが、詳細はフリモン王子から聞いた」
ステファナは、「そうだろうな~」と思いながら顔を上げられず、そのままじっとしている。
足がしびれてなければ逃げ出したかった。
アクィラは、ステファナを見る。
「息が苦しくないか。
顔を上げたらどうだ」
そして、ふにゃふにゃ足のステファナを椅子に座らせ、
自分は別の椅子を持ってきて横に座る。
ステファナは、アクィラと並んで座りながら、自分たちはいったい何をしているのだろうと思った。
「とにかく月の間では、誰が誰なのか分からないくらいだったから心配しなくていい」
「はい・・・」
「だが、どうしたものか・・・」と言ってため息とをつく。
そんなアクィラに、ステファナは、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「自分に関心がある」と早合点したあげくに、誘惑しようとしたのだ。
「わたしをお門違いの馬鹿な女だと思ってらっしゃるでしょう」と情けなくなる。
侍女たちの命乞いをする必要がなくなったのは嬉しいのだけれど、心は重いままだ。
月の間での騒動も、末代まで語り継がれるのを思えば死んだ方がましな気もする。
ここで死んだら、また迷惑をかけることになるので、別の場所の方がいいかもしれない。
そう、最後のお別れを・・・
「陛下、もう二度とお目にかかることもないと思いますので、
陛下との良い思い出を心にしまって、ここを去ります」
良い思い出なのかどうかは別として、それがステファナの精一杯の気持ちだった。
するとアクィラは、
「何を言ってるんだ? 明日も会うではないか」
と、あっけに取られたように言う。
「あ、そうでしたね。明日はコンテストの最終日でした」
「いや、そうだが、今後のことを話し合うことになっている」
「今後の事ですか?」
「実は、そなたは、イベリスの推薦していた姫だったのだ」
ステファナは、「イベリス? あのイベリス様だろうか?」と目をぱちくりする。
「陛下、おっしゃってることの意味が分かりません」
アクィラは、拍子抜けするのようにステファナを見た。
「まさか、この期に及んで、全てをわたしに押し付け、
自分は逃げるつもりじゃないだろうな」
「ええっ?」
アクィラが不機嫌だったのは、
自分の計画したステファナと恋人の振りをするという、ちょっとした悪戯が、
もはや悪戯でなくなっていたからだ。
側近たちは、ステファナがアクィラに恋してるとフリモンから聞いても、
そんな女の子たちは他にもいるので、大したことではないと思っていた。
ところがアクィラが、ステファナの「自害予告」に慌ててしまうなんてことになる。
皆が、「あれ?」と思ったところに、
誰かが、ステファナはイベリスが推薦した姫だと言った。
そこで側近たちは、「二人は相思相愛だ!」と騒ぎ出し、
ここぞとばかりに、アクィラの結婚式に向かって動き出す。
彼らは、「ステファナ姫の品性には問題がある」と言っていたのに、今やどこ吹く風。
「エスペビオスで学んだ知性、臣民に対する愛、自分に仕える者たちへの責任と思いやり、それらはすばらしい特質だ」
と、手のひらを返したように賞賛する。
その影響は委員会の割れていた意見をも一致させ、
なんと、スファエ王国がコンテストで優勝することにもなる。
ちなみに一般投票では、すでにスファエが一位を獲得していた。
ところが、ステファナは浮かない顔をする。
「わたしが陛下と結婚ですか?」
その不満げな態度に、アクィラは「えっ?」と思う。
急に毒気を抜かれたアクィラだった。