敷物の上の姫様
パリーンと、ガラスの割れる音がした。
「おおお~!」
月の間に、どよめきが響く。
割れたのはファニアの香油の小瓶だ。
ステファナは翻って駆け出し、薄い布がふわりと浮遊する。
「ルベット!」
アクィラが叫んだ。
全員は、「えっ?」とアクィラを見、彼の見ている方を再び向く。
すると精霊が舞っているかのように見えた布は、しゅっと柱の向こうに消えるところだった。
皆は、「あれは幻影だったのか?」と目を凝らす。
突然、「リディ! 息を止めて!」と声がした。
そしてドドドッと、ガスマスク集団が入ってくる。
ガスマスクの一つが、弧を描くように投げられ、
どこからともなく現れたリディが受け止めると、ルベットと一緒にステファナを追う。
残りの三人は、審査員たちの前に立ちはだかった。
ガスマスクの女の子たちの、月の光を背に受けて立つその姿は雄々しい。
ある意味、異様ともいえる。
その一人が前に出て、可愛らしく言った。
「皆様、ほれ薬の影響が審査に及んではいけませんので、近付かないで下さいね」
唖然として見ていた審査員と側近たちは、
「ステージショーなのか」と思ってしまった。
そして侍女たちの、ファニアの香油の説明を聞く。
もちろん、これはステージショーなどではない。
侍女たちは、ステファナを助けようと一生懸命だったのだ。
彼女らの、あまりにも素晴らしく流れるような集団行動は、毎朝のガスマスク訓練の成果で、
その頃、彼女らを訓練したステファナは、着替えの間で嘔吐していた。
スファエ王国のパフォーマンスは良かったのに、審査員たちの意見は割れてしまう。
「インパクトがあり芸術的だ」という肯定的な意見と、
「やり過ぎだ。あんな格好で現れるなんて意表を突きすぎている」との否定的な意見。
あとは、「説明が良かった」
「説明は、ステファナ姫がやるべきなのでは」
「規定に、はっきりと書かれてないから誰でもいい」
「スファエ王国は飛び入りのようなものだったから、こんな事を考えたのだろう」
「ところで、あれは本当にステファナ姫だったのか」など、
ショーの審査になってしまい、特産品そのものの審査は二の次になっている。
側近たちも、アクィラが「ルベット」と呼んだので、
「陛下は侍女に関心を?」と慌てふためいていた。
それで侍女のルベットを呼んだら、中年のおばさんだったのでビックリ仰天する。
さらに「若い侍女だとしたら、リディの方か」とか、
「では、あの裸娘もステファナ姫ではなく、リディかもしれない」などと混乱し、
他の花嫁候補者たちは蚊帳の外に置かれてしまった。
アクィラは、彼らの様子に腹を抱えて笑い、ステファナの威力に感服する。
ところがアクィラも、笑ってばかりはいられなくなってしまった。
この騒動を知ったスファエの王様が逆上し、
「恥さらしの姫は鞭打ち、それを助長した侍女たちは死刑」と怒鳴ったからだ。
さて、コンテストの最終日は翌日に迫っていた。
ステファナは、居間の家具を端に寄せ、中央に敷物を敷き、その真ん中に正座すると、
「わたしが自害して、侍女たちの命乞いをします」と言う。
とはいえ、人は簡単に死ねるものではない。
覚悟して座ったものの、それから先に進めず、時だけが過ぎていく。
四人の若い侍女たちも、初めは泣きじゃくっていたのだけれど、その内黙ってしまった。
ステファナは、ルベットを見る。
「ルベット、短剣か毒を準備するように言ったでしょう」
ルベットはため息をついた。
「姫様、こんなことをしてもどうにもなりません」
「明日はコンテストの最終日。
わたしたちは、ここから出て行かなければならないのに、
どこへ行くって言うの。
スファエに戻ったらどうなるのか、ルベット、あなたも知っているでしょう。
王様が出した命令は、必ず実行されるのよ。
わたしは、あなたたちを見殺しにするなんてできないわ」
「それは王様もご存知です。
とにかく、わたしたちはスファエにいるのではありません。
戻らなければ、わたしたちの命が取られることもありません」
「つまり流刑になったってこと?」
すると、また四人の侍女たちは泣き出す。
ルベットが怒鳴った。
「あなたたちも、いい加減にしなさい。
だから姫様が、こんなくだらないことを考えるのです」
「そうだな、全く、くだらない」
突然に男性の声がしたので、ステファナと侍女たちは入り口の方を見る。
そこに立っていたのは、アクィラだった。
「陛下!?」
侍女たちは慌てて身を低くする。
ステファナは、どうしていいのか分からず、座ったまま動けない。
というか、腰を抜かしていた。
アクィラは、皆を部屋から追い出すと、
ステファナの座る敷物の上に椅子を持ってきて座る。
「さて、そなたをどうしようか」
アクィラの口調は怒っているようでもある。
ステファナは、自害まで決意していたのに、
恥ずかしさゆえに最も会いたくないと思っていたアクィラを前にし、
「隠れる場所があったら隠れたい」と思ってしまうのだった。