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田舎のお姫様  作者: Naoko
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酔うほどに

 ステファナは、鏡に向かって大きく口を開けた。

奥が赤くなっているのが見える。


「このまま熱でも出ないかしら」


ほうっと息を吐く。



 すでに着替えの済んだステファナは、侍女たちに囲まれ、見張られているので、

見合いから逃げられそうにもない。




「今日のお相手は、なかなかの美男子だそうですよ」


侍女の一人が口を開くと、いつものおしゃべりが始まり、

その見合い相手が、ああだこうだと言って賑やかになる。

彼女らは、しょっちゅう、こんな話を楽しそうにしている。


「ですが、前の方からすると花嫁料は少ないと」

「しっ!」

年上の侍女がそれを遮った。


ステファナは、ちらりと横目で彼女らを見る。



 侍女たちのおしゃべりは、時には「うるさい」と思うこともあるけれど、

良い情報源だし、何より、自分に良く仕えてくれている。

というか、自分の方が迷惑をかけていることが多くて申し訳ない。


彼女らは、王様に仕えている者たちの妻か娘たちで、

宮殿ではたくさんの女性たちが働いている。


ここでも男性の数は少なく、国を守れるのかといぶかる者もいるが、

こんな国に攻めてくる物好きもいないので困ることはない。



 困るとしたら娘たちの方だろう。

彼女らの恋の対象となる青年たちがいないのは何とも気の毒な話だが、

この国では、こんな状態が長く続いているので、皆、そんなもんだと思ってる。


この国の唯一の資源は、その若者たち、つまり労働力かもしれない。

彼らがする出稼ぎは、辛い力仕事なので長くは続けられないが、

物価の安い故郷に戻れば、安楽の生活が待っているので文句はない。




「姫様、せっかくお后様が薬を用意くださったのに、飲まれないのですか?」


ルベットはそう言いながら、薬の小瓶を盆に乗せて持ってきた。

彼女は、お后様からファニアの香油を使わないように念を推され、

代わりに喉の薬を預かっている。


ステファナは、その小瓶を恨めしそうに見た。


喉の腫れがもっとひどくなればいいと思っていたので、飲みたくなかったのだ。


「分かったわ。飲むわよ」


そう言って、仕方が無いという風に小瓶を取り、蓋を開ける。



 なんだかいい匂いがする。

いつもの喉の薬とは違うみたい。

今日のために特別の薬を用意してくれたのかなと思う。

「そんなことまでしなくていいのに」とがっかりするのだけれど、

この匂いは嗅いでいたい。



「姫様」


ルベットが、厳しい顔でステファナを促した。


 少し酔ったような気分になったステファナは、

諦めたというか、

どうでもいいような気がしてきた。


 未成年のステファナだから、酒に酔ったことなどない。

というのは嘘だ。

実は幼いころ果実酒を飲み、甘かったのでうっかり飲みすぎてしまったことがある。

そうして、ほわんほわんと雲の上にでもいるような、いい気持ちになった。

あんな感じだなと思いながら、えいっと、一気に飲み乾す。


「ううっ」


吐きそうになる。


匂いとは裏腹に、ひどい味だ。


綺麗な服を汚したらまた怒られると思ったので、手で口をふさぎ、飲み込む。

すると頭がくらくらして、本当に酔ってしまった。



「仮病を使っても駄目ですよ」


とリベットは、過酷とも思える言い方をした。

彼女は「二度もしてやられたのだから三度目は無い」と万全を期して臨んでおり、

ステファナにとっては、今までのことがアダになっているらしい。



 こうしてステファナは、見合いの席の、あの座布団に座らされるのだけれど、

座布団は布団のように大きいので、いっそのこと横になろうかと思ったりする。

いや、救急用ストレッチャーを呼んだ方がいいかもしれない。




 さて、三人目の見合い相手は、侍女たちが言っていたように、なかなかの男だった。


遠くで見守る侍女たちでさえ、ため息を洩らすほどなのに、

ステファナは、それどころではない。


 飲み込んだほれ薬は、ステファナの口の中にまったりとした感触を残し、

息をするたびに香りが口から漏れ、

顔にかけられている布が、匂いを内側にこもらせるので、

熱気を感じるというか、酸素が足らなくなるというか、

スーハースーハーして息が苦しくなる。



 ステファナが、ふら~っと体を揺らすたびに、

皆は、彼女が何をしているのかと、はらはらする。

見合い逃れたさに、また何かをやらかそうかとしているのだろうと思い、

誰も彼女の具合が悪いのに気付かない。


それでも今回の相手は見かけだけでなく中身もいい男のようで、

ニコニコとステファナを見つめている。


いや、顔は布で見えないし、体も重々しい外衣で覆われているので、

彼女を見ているというのは正確ではない。

それこそ婆さんが中に入っていても同じ様に見えるはずだ。


「いい人みたい」と思ったステファナなのだけれど、もう限界だった。



「あの、わたし・・・」


ステファナは立ち上がろうとする。

もちろん立てるはずも無く、ふにゃふにゃっと足が絡まる。


「危ない!」


と相手の男は叫んで走り寄り彼女を支えた。


 顔を隠していた布がはらりと落ち、ステファナは彼の顔を目の当たりにする。

しかも自分は彼の腕の中だ。

倍以上も年上の人なのに、いや、もうそんなことはどうでもいい。

彼はハンサムだ。

「あなたに抱かれて・・・」と思うと余計に胸がどきどきする。


どきどきするのだけれど・・・



「うっぷっ」


 こらえきれなくなったステファナは、

思いっきり、彼めがけて吐いてしまった。



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