迷走の嵐
当のルベットは、何が起こっているのか全く知らなかった。
何か変だと感じていたけれど、
丁度、見合いが始まった頃だったので、そのせいだろうと思っていた。
それに、あんなに見合いを嫌がっていたステファナが、
「花嫁探し」のアクィラ王と、どうにかなっているだなんて考えるはずもない。
さて、ルベットに内緒でステファナの部屋に集まった侍女たちは、
アクィラからの招待状に興奮していた。
この王宮に滞在していることすら夢のようなのに、
雲の上の人であるアクィラからの誘いは、御伽話のようなのだ。
「正式なお誘いなんですね~」
「なんて素敵な招待状なんでしょう」
「いい紙を使ってますわ」
「美しいリボンにタッセル」
「レストラン印入りの紙ナプキンから、かなり昇格しましたわね」
「ところで、『ルベットを連れて』ってどういうことですか?」
侍女たちは、はたと止まり、お互いを見る。
「ルベットって、姫様のことでしょう?」
「じゃあ、ルベットを連れていく姫様とは?」
彼女らは再び沈黙し、ステファナを見る。
ステファナは、頭痛がしそうだった。
すると、それまで黙っていたリディが口を開く。
「それは、三通りに考えられます」
全員が、リディに注目する。
「一つ目は、姫様はルベットなので、架空の姫様に連れて来させる。
二つ目は、ルベットと姫様は、同一人物だという意味。
三つ目は、本当の姫様に、本当のルベットが付き添う。
これ以外に何かありますか?」
それは淡々とした言い方で、侍女たちは事が重大なのを知る。
「二つ目と三つ目は、陛下は、ルベットが姫様だと気付いておられるって事ですね」
「たとえ気付いておられなくても、今夜、分かってしまいますわ」
「こんな素敵な招待状を送った相手に騙されていたと知ったら・・・」
「せめてもの救いは、ルベットが自分を姫様だと言わなかったことです」
「それは無理ですわ。あのお年ですもの」
「そういう意味じゃなくて、
わたしたちのような若い侍女が、姫だと偽らなかったということです」
「そんなことをしたら、スファエでは終身刑ですわよ」
といつものように、話はズレていく。
そこでドアが開き、ルベットが声を上げた。
「あなたたちは何をしているのですか!?」
皆は、心臓が止まるかと思うほどびっくりする。
そしてリディが何か言おうとすると、ステファナがそれを止めた。
「侍女たちは、わたしの気分がすぐれないので心配しているのよ。
ルベット、今日は三人の侍女たちを連れて会場へ行ってちょうだい。
わたしの世話は、リディにしてもらうわ」
そうしてルベットと三人の侍女たちは出かけていった。
リディは、ステファナが何かを命ずるまで待機する。
それは長い時間だった。
「リディ、『処女の儀式』の準備をして欲しいの」
ついに口を開いたステファナに、リディは驚く。
「姫様! それは・・・」
「ええ、分かってるわ。
ここでは、儀式に使う全ての物を揃えられないわね」
「いえ、そうではなく、
その儀式は、結婚式の前日、花嫁が処女を失うのを悼むために行われるものです」
ステファナはリディを見る。
すると、涙があふれ出てきた。
「リディ、夕べ、あなたの言ったことを良く考えてみたの。
確かに、わたしは陛下に恋してしまったみたい。
時間を置くのも良い考えだし、そうしようと思ったのよ。
それも今朝までのことだったのね。
こんなお誘いを頂くだなんて・・・」
そう言ってステファナは、うなだれたまま丁寧にアクィラの招待状を折りたたむ。
「スファエに戻っても結婚させられるのだし、処女を失うのは時間の問題よ。
そうであるならば、恋するあの方に、と思うの」
「姫様、それはあまりにも性急なお考えなのでは・・・
陛下も無理強いなさらないはずです」
「いいえ、わたしの決心を鈍らせないで。
陛下は、わたしにはっきりと、『結婚はしたくない』と言われたのよ。
そして、『后はしかるべきところから』とも。
所詮、わたしは貧しい国の姫。
陛下の愛人になっても、この王宮から追い出されないように努力します。
一生、スファエには戻らないし、この王宮から出るつもりもないわ」
そう言って、ステファナはさめざめと泣く。
リディは、自分は従うしかないと思った。
「姫様、では、そのように準備いたします。
とはいえ、わたしは儀式のお手伝いをしたことがあるだけで良く知りません。
ルベットを呼んだ方が良いのではないでしょうか」
「いいえ、ルベットは反対すると思うから、知らせないでおきましょう。
そしてリディ、あなたがルベットの替わりに月の間へ来てくれないかしら」
「わたしがですか!?」
「お願い。
陛下は、ルベットが若い侍女だと思っておられるでしょう。
ルベットが行けば、そうじゃないのが分かってしまうわ。
真実をご存知だとしても、わたしの方から陛下に申し上げ、許しを請いたいの」
「分かりました。お供します」
そしてリディは『処女の儀式』の準備をし、二人は儀式を厳かに始めるのだけれど、
良く分からないところがあったりして、
「こうだったかしら」
「姫様、それはちょっと違うんじゃないですか」
などと言いながら、なんとか無事に終えることができた。
そうして、四人の侍女たちが戻ってくる頃には、
ステファナとリディは、月の間へ向かった後だった。
ルベットは、ステファナの部屋を見て驚く。
「これは、いったい・・・」
ステファナの部屋は、嵐の後かと思うほど散らかっていた。