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田舎のお姫様  作者: Naoko
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黄昏色の娘

「ルベット!」


 開かずの門で待っていたアクィラは、

遅れてやって来たステファナに満面の笑みを見せた。

ステファナは、その笑顔に胸がきゅっと締まる思いがする。


「もう来てくれないのかと心配していた」

「陛下はパーティーで忙しかったのではありませんか?」

「自分から言った約束だし、それにもう一度、お前に会いたかったんだ」

「わたしに?」


ステファナの心臓は高鳴る。

自分に会いたいとはどういうことなのだろう。


「そうだな、なんというか・・・

 他の女たちは、わたしの興味を引こうとするので煩わしいのだ」


 そこでステファナの心臓は、高鳴りを止めた。


「つまり、自分はもてますって言いたいの?」

と思ったのだけれど、

ハンサムなお金持ちの若い王様だから、そういう悩みもあるのだろうと、

一応、同情することにする。



 この国のリゾート地は金持ちの間では有名で、

宿泊しようと思えば、スファエの男たちの貯金など、ふっとんでしまうほど高額だ。

しかも一番の産業は医療関係で、他にその右に出る国は無い。


 そんな風に、スファエにも、ほれ薬ではなく誇れるものがあったら・・・なんて思う。


すると、スファエの布のことを忘れていたのを思い出した。


 そうだ、こんなことをしている場合ではない。

さっさと自分がステファナだと言い、協力するのはお断りして、

残り少ないコンテストの日を有効に利用しなくては。



 するとアクィラが言った。


「ルベットが侍女で良かったと思っている」


「へ?」とステファナは思う。

どうもこの王様は、掴みどころが無いと言うか、唐突なのだ。



「それは、わたしが侍女だから扱い易いということでしょうか?」

ステファナは、自分を丸め込もうとか、

手篭めにしようとしったってそうはいかないわよと構える。



「いや、そう言う意味じゃない。

 ステファナ姫に直接話すよりは、ルベットに話せて良かったと思っている。

 実際、お前とは話し易い」

「わたしと?」


 ステファナは、夕べの話を思い出しても、どこが話しやすかったのかと不思議だ。

それは、アクィラにしても同じだった。

彼女は侍女だというのに、なぜか余計な気を使わずに話せる。




 それは気持ちの良い夜で、辺りには木々の匂いが漂い、静かだった。


もちろん、侍女たちが静かな場所を選んだからなのだけれど、

空には雲が流れており、時折、半分の月が雲に隠れ、

薄いショールに包まれたステファナの顔も、ぼんやりと暗闇の中に溶け込んでいる。



 アクィラは、そっとその布に触れた。

ステファナはびくっとする。


「これは、変わった布だな」


 そう言ったアクィラの横顔に、ステファナは、自分の心が溶けていく様な気がした。



「この布は・・・」

と恐る恐る話し始める。


「スファエの娘たちが苦労して織ったものなのです。

 姫様は、この布のために奔走しておられます。

 大量生産しようとしているのではなく、

 この布の価値を分かってくださる方々に広めたいのです」



 そう言い出すと、ステファナは次から次にその布に関する話をする。

アクィラは、それを黙って聞いていた。

というより、ステファナが一生懸命に話すその顔に見入っていたのだ。

彼女は、被っていたショールが、顔を覆ってないのに気付いていなかった。



「この布には名前さえないのです」

ステファナは、最後にほうっと息を吐きながら言った。


「それでは、『黄昏色の娘』というのはどうだ?

 白に黄昏の青が混じっている」


アクィラは、自分が感じたステファナのイメージを言う。


「そうなんです! わたしもそんな色だと思ってました!」


そう言ったステファナは、自分の顔が覆われてないのに気付き、慌てて顔を隠した。



「とにかく姫様は、この布のことで一生懸命なので、

 陛下の期待に添うようなお手伝いができるのか疑問に思っておられます。


「そうだな・・・」

とアクィラは、視線を上げて思い出すように言った。



「今日のステファナ姫は民族衣装を着ておられて、見事な振る舞いだった」

「見ておられたのですか!?」


アクィラはステファナを見る。


「今日、ステファナ姫には会っているが」


「あ、いえ、姫様は、陛下が何もおっしゃらなかったので無視しておられるのかと・・・」

「ああ、それは失礼した。

 花嫁探しの噂があるので、わたしが話しかける相手は誰でも注目されてしまう。

 それが悩みの種でもあったので、ステファナ姫に協力してもらいたいと思ったのだ」


「そうだった」とステファナは思い出す。

自分がここに呼ばれた理由は、アクィラ王の周りにいる女性たちを退散させるためだった。



 それでもステファナは、布に興味を持ってくれたアクィラに、良い感情を抱かずにはいられない。

その気持ちは募ってくるようで、苦しくさえ感じる。

ところが、今の自分は、侍女のルベットなのだ。

しかもアクィラは、自分がルベットで良かったと言っている。

これでは、ステファナでしたとは打ち明けられない。

うつむいて、ぎゅっとこぶしを握る。



 「昨夜のお前の質問だが・・・」


ステファナは顔を上げた。


「大公が女官と結婚したというのは、もちろん彼女を愛したからだが、

 彼は、それまでのしきたりや考え方が、一族のためにならないとも考えていた。

 だが、ハルアミナ家にそんな問題はない。

 もし臣下に、企みをもって、特定の誰かをわたしに嫁がせようとする者がいても、

 国王として、そんな企てに乗ることなどない。

 そういう企ては益にならないからだ。

 わたしの結婚は、国の民に益するもので、

 その相手は、わたしが愛したからだし、しかるべき者でもなければならない」


それは、毅然とした言い方なのに、冷たさが無い。


「これがわたしの答えだが、これでいいかな?」


 そう言ったアクィラの目は優しかった。

 

 どうして自分に反論できるだろう。

この王には威厳がある。

そして誰もが彼に従いたいと思うだろう。

この王の花嫁となれるのは、侍女ではないし、貧しいスファエの姫でもないのだ。



「良く分かりました。

 そのように姫様へ伝えましょう。

 そして、きっと、陛下のお役に立てるよう尽力するはずです」


「それは良かった」



 ステファナは、泣きたい気持ちになった。

この人を好きになってはいけないのだという思いが募ってくる。



「では、これでおいとまします」


ステファナは、泣き顔を見られないようにしながら、そこを去ろうとする。


すると、アクィラが彼女の腕を握った。

ステファナは振り返る。



「明日の夜、王宮の奥の間、そう、『月の間』に来てくれ。

 そこで会いたい」



 ステファナは、その真剣なアクィラの目に吸い込まれるような気がする。

自分を忘れてしまいそうだ。


そして、その握った手が緩むのを感じると振り払い、走り去った。



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