揺れる女心
ステファナは、なぜあんなことを言ったのだろうと思いながら走っていた。
それに、「明日も待っているって、どういう意味かしら」とも思う。
また自分に会いたいということだろうか、
そう思うと嬉しいような、厄介なような、入り混じった気持ちになる。
第一、自分はステファナではなく、侍女のルベットなのだ。
「姫様、大丈夫ですか? 顔が真っ赤ですよ」
侍女たちは、息を切らしながら部屋へ戻っていたステファナを囲むようにして迎える。
「あ、ええ、走ってきたからよ。
ルベットに見つからないようにと思って急いで戻って来たのよ」
「ルベットは、まだ戻っていません」
「え? 出かけたの?」
侍女たちは、お互いを見る。
「それが、ルベットは、あのロマンスグレーの方とデートだと思うんです」
「デート? ルベットが?」
すると、彼女らは矢継ぎ早に話し出す。
「今夜、わたしたちのお見合いのことで、ペサール様とお会いするのだそうです」
「ペサール様は、ライナスの上司のロマンスグレーの方です」
「プロフィールを作るのを手伝って下さったのって、こういう事だったんですね」
「奥様を早くに亡くされて、長い間、独身だったそうですよ」
「お子様も、もう成人してらっしゃるし」
「ルベットも未亡人、しかも子供はいない」
「お似合いですよね~」
「ところで、姫様の方は?」
「え?」
ステファナは、急に聞かれたので言葉に詰まる。
「いやですわ、アクィラ王との逢引きですわよ」
「逢引きじゃないわよ」
ステファナは怒ったように答え、
自分が最後に言った事意外、全てを侍女たちに話した。
侍女たちは、ルベットの名を使ったのにゲラゲラ笑う。
「それで、明日の夜も会いに行かれるのですか?」
「行くものですか」
すると侍女の一人が言った。
「そうですよね。
明日にはバレてしまうんですもの」
「どういうこと?」
「何をおっしゃるのですか。
明日は、大通りのパレードの日ですよ。
姫様は、主催者側の皆様と一緒に、正面席にお座りになるのでしょう。
アクィラ王にも会われるじゃないですか」
ステファナは愕然とする。
それをすっかり忘れていたのだ。
「それに、これも忘れておられるんじゃないですか?
姫様は、直接、特産品の説明を主催者側にしなければならないんですよ」
「そうそう、あれって順番があるのよね」
「スファエは、そろそろだと思うけど」
「わたしたちの出品は急に決まったから、どこかに割り込めるらしいです」
「ああ、姫様は、ちゃんとファニアの香油の説明を出来るのかしら」
「ファニアの香油の説明って・・・」
ステファナは、血の気が引いていくような気がする。
「あら、嫌ですわ。
王様と審査員の方々にお会いして、まあインタビューみたいなものですね」
「説明するのは花嫁候補の皆様なんでしょう」
「なんだか、新手のお見合い? って感じですよね」
「結婚したくない王様に、
結婚したくない姫様が、ほれ薬の効能を説明する」
「なんだか、ぞくぞくしますわね」
「先ずは、明日のパレードです」
「姫様、何を着ていかれますか?」
侍女たちは、一斉にステファナを見た。
ステファナは、ぐっとお腹に力を入れる。
「見合いの服にするわ」
「見合いの服? お見合いされるのですか?」
「違う!」
ステファナは、「絶対に、自分がステファナだとは知られたくない」と言ったのだ。
あの服だと体つきははっきりしないし、髪飾りに布をかけるので顔が見えない。
だから「自分だとは分からないはずだ」と主張する。
侍女が、「では、審査員への説明は・・・」と言うと、
「あなたたちの誰かがやって!」と怒鳴った。
ということで次の日、ステファナは、スファエの見合い用・民族衣装を着て出かけた。
ちょっと動きにくかったけれど、意地で、完璧な帝国式の作法を振る舞い、挨拶する。
他の女性たちは、アクィラ王の興味を引こうと体の線が出るような装いなのに対し、
場違いのようなステファナは逆に注目され、人々はその高貴な振る舞いに目を見張る。
とはいえ座らされたのは、アクィラ王からちょっと離れた末席だった。
ステファナは、布を通し、時には揺れた布の隙間からチラチラとアクィラを見る。
アクィラは、ステファナの方を見ない。
それは徹底していて、彼女を全く無視するのだ。
ステファナは、「ちょっとは期待してたのに」とがっかりする。
とはいえ、夕べ会ったのが自分だとは知らないので見るはずもない。
「だったら、自分に会いたいというのはどういうことよ」と憤慨したりもする。
パレードは盛況で、群集は歓声を上げていた。
ところが、ステファナは布のせいで良く見えない。
結局、パレードの間中、アクィラのことばかり考えていた。
パレードが終わると、そのままパーティーへ行くことになっている。
ステファナは、行くかどうかは別として、
もっと動きやすい服に着替えようと思って部屋へ戻った。
ところが誰もいない。
「そうだったわ。
皆、見合い相手と出かけたんだわ」
と思うと、ぐったりと疲れが出てきた。
それで部屋で休むことにして、食事も部屋で取る。
いつも賑やかな侍女たちがいないと、なんだか寂しい。
そして、またアクィラのことを考える。
「どうして、陛下は一度もわたしの方を見なかったのかしら」
そればかりが気になる。
「明日、同じ時間、ここで待ってる」
アクィラは、そう言ったのだ。
時計を見ると、その時間が近付いている。
ステファナは、突然、ルベットのショールを頭から被り、部屋を出た。