困惑
「わたしは結婚したくないと思っている」
「は?」
ステファナは、アクィラの言葉にとまどう。
普通、女性に「二人で会いたい」と言えば、「あなたに関心がある」だ。
初対面で言うようなことではない。
「実は、このコンテストは、わたしの王妃を選ぶものだとの噂がある」
とアクィラは続けた。
噂ではなく事実なのだけれど、主催者の自分が、まさかそんな事を言えるわけがない。
「わたしもその噂を聞きました」
とステファナは答える。
「ルベットもか?」
そう呼ばれ、ステファナは冷や汗をかくような気がした。
ルベットの顔が頭に浮かび、高まっていた士気がシュシュシュッと萎んでいくのを感じる。
「このコンテストは、近隣諸国と協力して、
産業を発展させようとの目的で開催されたのに、
わたしの花嫁探しと言われるのは非常に残念なことだ」
まあ、それはそうだろうとステファナは思う。
「わたしとしては、何とかしたいのだが、
出来ればステファナ姫に協力してもらえないだろうか」
えっ? わたし? また突拍子もないことを、と困惑する。
それに自分は、そんなことをしている暇はない。
「なぜ、わた・・・姫様なのですか?
陛下でしたら、有能な協力者がいらっしゃるでしょうに」
「そこなんだ」
アクィラ王は、ずいっとステファナの方に近寄る。
「ステファナ姫は見事に見合い相手を退散させ、その手法は実にユニークだ。
是非、力を貸していだたきたい」
アクィラが望んでいるのは、そのユニークさだった。
普通では面白くないし、側近たちを一泡吹かせることなどできない。
反対に、ステファナは「ユニーク」と言われ複雑な気持ちになる。
見合い相手が退散したのは事実だけれど、たまたまそういう結果になっただけで、
初めから謀ったわけではない。
「残念ですが、姫様は、ご承知なさらないと思います。
失礼いたします」
ステファナが去ろうとすると、アクィラは慌てて言った。
「ステファナ姫は、結婚したくないのにさせられる者の気持ちが分かるはずだ」
ステファナは、足を止める。
そんなことを言われてもと思うが、助けない訳にはいかない気もする。
ステファナは、困った人がいると素通りできないタイプだった。
それでライナスとも知り合ったのだ。
「国の指導者は、常に国民のことを考えなければならない。
わたしは、結婚するより国のことを考えたいと思っている。
経済危機を乗り切った今こそ、邪念を持ってはいけないのだ」
アクィラは、勢い余って国レベルの話になってしまったが、
それは確かで、王としての仕事はしていた。
「それは分かります」
とステファナも思わず言ってしまった。
「いえ、姫様も分かっておられます。
ただスファエなど、格下の国の姫が役に立つとは思えない・・・
と、姫様も思われるでしょう」
「格下の国とはどういうことかな?」
「ステファナ姫の姉君、第五姫は、
陛下に憧れておいででしたが、他の方と結婚なさいました。
今は幸せになっておられますが、
諦められた理由は、ウィリディス王国とは格が違うからです」
「そうなのか? それは残念だったな。
結婚なさる前に会ってみたかった」
「陛下は結婚に関心が無かったのですよね?」
「結婚はしないが・・・」
と言いかけて、はっとする。
たった今、「邪念を持ってはいけない」と言ったばかりだった。
話題を変えた方がいい。
「ルベット、スファエは格下の国ではない。
このウィリディス王国には無くてなならない国だし、
フリモン王子は立派な王になるだろう。
フリモンの婚約者、アレクシスは王族ではないが王妃になるのにふさわしい女性だ。
それに結婚は、先祖に同一人物がいない方がいいのだ」
「同一人物ですか?」
「遺伝子カウンセリングというのもあるが、
もしその先祖に、有害な劣性遺伝子を持っている者がいれば、
子孫同士が結婚した場合、異常が発生する確立が高くなる」
「はあ・・・」
「その昔、財産や権力を保つために、同じレベルの者と結婚するという考え方があった。
ところがそうすると、結婚相手の範囲は狭められてしまい、血縁結婚が増えてしまう。
ある大公は、
『自分たち一族の子孫の半分は問題児になる』と言って、女官と恋に落ち、
周りの反対を押し切って彼女と結婚したそうだ」
「では、わたしは女官ですらなく、ただの侍女ですが、
もし陛下が望めば、わたしとも結婚なさるということですか?」
そう言ったステファナに、アクィラ王は驚いて彼女を見る。
ステファナも、自分が言ったことに驚き、布で顔を隠した。
思わず言ってしまったのだ。
話が混乱してきているし、
自分の言ってる意味すらも分からなくなってきた。
「もう遅いです。
戻らねばなりません」
そう言って去っていくステファナに、アクィラは言った。
「明日も、同じ時間、ここで待っている!」