ほれ薬・再び
荒野の、小高い山の中腹には、幾つかの洞窟がある。
その一つの大きな洞窟の中は、涼しくて過ごしやすく、
ずっと奥に地下水へ通じる穴があり、
ステファナは、ここに機材を持ち込んで水を有効に使えないかと調べていた。
とはいえ、それには研究の時間と費用がかかり、自分ごときに太刀打ちできるものではない。
それに機材といっても大したことは無く、
おまけにエネルギーはソーラー発電だけなので限りがある。
最先端の技術を学んだステファナだったけれど、
電気が無ければ何も出来ないのだと思い知る。
荒野に居座って数ヶ月。
ここにいると時間がゆっくりと進んでいくようで、焦っても仕方が無いのだと分かってくる。
むしろ焦っているのは両親の方だった。
ステファナは、「協力してくれないのなら」と、のんびりとストライキをしていた。
王様が追っ手をかけても、山猿のように山を駆け上り、数ある洞窟の一つに身を隠す。
これでは追っ手もお手上げで、しばらくは穏やかな日々が続いている。
賑やかな大都会から、誰もいない荒野に戻ってくると、
「今までもことは夢だったのだろうか」と思えてくる。
誰もいないといっても、近くの村人と一緒だし、時には村で寝泊りもする。
ステファナは、何故スファエの男たちが、この何もない所に戻るのか分かるような気がした。
ここは、魂の置き場所なのだ。
「ステファナ姫! 王宮から使いが来ました!」
村か走ってきた少年が、息を切らしながら言った。
「交渉に来た!」とステファナは思ったのだけれど、
「いやいや、油断してはいけない、むこうの出方を見極めなければ」などと思う。
そして、わざとゆっくり腰を上げ、余裕を持って村へ向かう。
「姫様! 一大事です!」
村の入り口で、侍女のルベットが血相を変えて待っていた。
「どうしたの?」
ステファナは、「誰かが病気で倒れた? もしくは父上が死んだ?」と思ったりする。
「ああ、姫様、すぐにロセウスへ行く準備をなさってください!」
「ロセウス? 兄上に何かあったの?」
「いいえ、ロセウスの王宮から招待状が届いたのです」
「招待状?」
「ええ、何でも色々な国が競い合う集まりがあるそうです」
「何、それ? 戦争でも始まるの?」
「競技会だそうです」
「競技会?」
「ええ、それに出席しろとのことです」
「わたしが?」
「そうです! 湯の準備をしてありますので、すぐに体を洗い、着替えてください!」
ステファナは、ルベットが何を言っているのか分からなかった。
ロセウスというからには、兄も知っているに違いない。
とはいえ、王様の策略かもしれないとも思う。
このまま着替えさせられて、見合いにでも連れて行かれるかもしれない。
「本当にロセウスなの? 見合いの席じゃないでしょうね」
「そんな悠長なことを言っている場合ではありません。
すぐに立つようにとのことで、王宮に寄る時間も無いのです」
王宮に行く時間もないとは尋常ではない。
やはり何か緊急事態なのだ。
とはいえ、ただ大人しく言いなりになるつもりはない。
ステファナは、「自分はもう子供じゃないし、駆け引きも出来る」と自負する。
「分かったわ。
その代わり、わたしもただでは動かないわよ」
ルベットは、キッとして言った。
「国家の一大事に何をおっしゃってるのですか!?
もちろん、王様は、姫様のことも良く考えておられます。
この大任を無事に果たされた暁には、
姫様の意向に沿うようにしてくださるとのことです」
「国家の一大事」とまで言われると、ステファナも従うしかない。
出来れば直接に王様に会って確かめたいのだけれど、時間が無いのであればしょうがない。
とにかくロセウスに行けば兄がいるのだし、何とかなるだろうと思う。
それからステファナは、湯に入れられ、ごしごしと洗われて荒野の垢を落とし、
顔や体中に油やクリームを塗られ、髪を透かれ、服を着る。
それから、でこぼこの近道を荷車に乗せられ、空港に着くと、待っていた貨物船に乗り、すぐに離陸した。
やれやれと思ったステファナは、周りを見る。
今回は、自分一人ではなく、五人の侍女たちがおり、ルベットもその一人だ。
ところがルベット意外の侍女たちは皆若い。
自分と同じくらいか、年下の者たちだ。
「何で侍女が五人も?」と思ったステファナは、
ほっとしているルベットに聞いてみる。
「その競技会って、何を競技するの?」
ルベットは、熱る体を団扇で仰ぎながらステファナを見る。
「あら、言ってなかったですか? 国の特産品を競い合うものです」
「特産品?」
「ええ、国の特産品を紹介し、優劣を競い合うのです」
「じゃあ、わたしは?」
「特産品の説明をするのだそうです」
「それって、イベントコンパニオン?」
「何ですか? そのイベント・・・何とか?」
ステファナは、何か重要会議でもあって、それに参加するのだと思っていた。
「そんなことのために、わたしはロセウスまで行くの?」
「そんなこととは何ですか!? 我がスファエ王国を代表する特産品ですよ!」
「ちょっと待って」とステファナは息を呑む。
「特産品? スファエにそんな特産品なんてあったかしら?」と思ったのだ。
それは兄のフリモンとも何度も話し合っている。
工芸品とか陶器とかは日常に使う程度の物で、特産品の類ではない。
やはりそれは、スファエの娘たちが織る、あの薄い布だと自分は思っている。
ところが王様は、まだそのことを認めていない。
「その特産品って・・・」
ルベットは、ちょっとがっかりしたように言った。
「ええ、ええ、分かってます。
ですが、あれほど高い技術で抽出された精油は、他には類をみませんからね」
精油って・・・
「ファニアの精油なの!?」
ステファナは声を上げる。
そして、王様に「はめられた!」と思った。
ルベットを使うなんて策士だ。
伊達に国の支配者をやってるのではない。
王様の、高らかに笑う声が聞こえてくるような気がする。
ステファナは、「もう子供じゃない、駆け引きも出来る」と自負したプライドが、
もろくも崩れ去るのを感じた。