理想はお兄様?
アレクシスたちがリサーチした工事現場の一つで、大事故がおきた。
予期しない地盤沈下があったらしい。
彼女らはフィールドワークを終えていたので、事故に巻き込まれなかったのだけれど、
ステファナは、スファエの男たちが担ぎ込まれた病院へ向かった。
こうして第六姫、しかも十六歳のステファナは、
自国から遠く離れ、姫として国民を気遣う初めての機会に遭遇する。
フリモンは事故現場へ向かったので、
スファエの外交官が病院に現れるまで、自分で何とかしなければならない。
死者は出なかったけれど、血の匂いとうめき声の中、一晩中、患者たちに付き添い、
ステファナは、その責任の重さに足が震えてしまった。
ステファナが、ハルアミナ家へ戻ったのは空が白み始めた頃で、
そのままベッドで死んだように眠る。
7時に目が覚めた。
今日は、王宮での会食の日だ。
まだ頭がぼーっとするが、10時までには準備をしなければと起き上がる。
窓の外がやけに暗い。
なんと、朝の7時と思ったのは、夜の7時だった。
「会食は終わってしまったんだわ!」
と呆然としていると、フリモンがドアをノックして入ってきた。
「お兄様・・・」
ステファナは、兄に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
いつも、いつも、自分は何か失敗してしまう・・・
「ステファナ、良く眠れたかい?」
そう言ったフリモンの目は充血していた。
一睡もしてないらしい。
ああ、それなのに、自分はなんて・・・
と思っていると、フリモンは優しく言った。
「会食のことは心配しなくていいよ。
アクィラ王も事故現場に行かれて、会食へは顔を出されただけだった。
それに、お前にも、ゆっくり休むようにとのことだ。
こんな事故が起きた後だし、お前がロセウスを出るまで日も無いので会えないが、
いづれ機会があるだろうと言っておられた」
ステファナは急に悲しくなって、大粒の涙をポロポロ落とす。
フリモンは驚いた。
「そんなに、会食に行けなかったことが悲しいのか?」
「いいえ、いいえ・・・
それもあるけど、なんだか分からないけど・・・」
と言って、ステファナは、フリモンの腕の中でわんわん泣いた。
「スファエの男たちのことだね」
フリモンは、しばらくして、ぽつんと言った。
ステファナは顔を上げて兄を見る。
「自分も悲しくなったことがあるから同じだね」
「お兄様も?」
フリモンは、ステファナが患者たちに、
「元気になって、スファエに戻って、わたしみたいに若いお嫁さんをもらうんでしょう。
早く元気にならなくっちゃ」と言ったのを、看護婦から聞いていた。
怪我した男たちは、ステファナの噂を知っていたので、
その一人が、
「姫様、もし私が見合いの相手でしたら、すんなりと嫁に来てくださるのでしょうか?」
と冗談を言うと、ステファナは、
「そうね・・・少なくとも、あなたがひどい目に遭わないように気をつけます」
と答えて皆を笑わせた。
フリモンは、スファエの男たちが、どんなに他国の生活に憧れても、
結局は、故郷に戻るのを知っている。
彼らは、スファエの風土と生活が好きなのだ。
ラファラン家は、王族として、スファエを守らなければならない。
そのやり方は、今はバランスが取れている。
だが、自分が王となった時も同じだという保障はない。
そのバランスが崩れ始めた時・・・と思う。
それは自分の時代に起こらないかもしれないけれど、いつかはやって来る。
「わたしは、彼らの生活を守るために、自分に何が出来るのだろうと思っている」
フリモンは静かに、それでもはっきりと言った。
ステファナは驚く。
そんなことを考えたことはなかった。
スファエはずっと同じだったし、自分は好きなようにしていた。
ただ、荒野に生える草が少ないので、「もっと水があったら」と思わないでもない。
スファエの娘たちは、苦労して草を集め、糸を取り、布を織る。
「お兄様、スファエの荒野を緑に変えたいと思っているの?」
フリモンは「意外だ」という風にステファナを見る。
「そんなことを考えていたのか?」
ステファナは、そう言われると、なんだか恥ずかしい気がする。
立派なことを言ったようで、実は深く考えておらず、
思い付きで言ったに過ぎない。
「荒野を緑に変えるのは難しい。
それに、あそこには、その気候にあった植物や生き物たちも生息している。
スファエの者たちも、大きな変化を望んでいない。
いずれ、その時が来るかもしれないけれど、
今の生活を続けたままで、何か出来ることはないかと考えている」
ステファナは、兄の、りりしい表情を見て、心がキュンとしてしまった。
自分も、この兄のために何かしたい。
自分が夢見る「白馬の王子様」は、
兄みたいな人なのかもしれない。
ちょっと方向がずれてきたが、
そう思ったステファナだった。