思い出せない人
アレクシスたちの、一週間続くフィールドワークが始まった。
彼女らのフィールドワークは、
その日の調査をまとめてレポートにしながらやるので、結構忙しい。
そんな中、ステファナに、スファエから民族衣装が送られてきた。
大した服のないステファナだったし、
エスペビオスへ行くのに、これでは可哀想すぎるので送ってきたのだ。
その衣装は、豪華で素敵なものだった。
ところが、サイズが大きすぎる。
ステファナの成長を見越して、大きめに作ったらしい。
アレクシスと母親は、必死に笑いをこらえるのだけれど、
フィービィは、こらえきれない。
ステファナも、笑っていいのか、がっかりしたらいいのか分からない表情をした。
エスペビオスへ行く日は近付いており、
一緒に留学する他の四人の女の子たちもロセウスに到着している。
そして出発前に、彼女ら、スポンサー側の教育省の面々、アクィラ王と共に、
王宮での会食がある。
この衣装は、その会食のための物でもあるのだけれど、
いくらなんでも、このままでは着ていけない。
それで、アレクシスの母親が、あちこち詰めてサイズを直すことにする。
届いたものの中には、フリモンの服も入っていた。
フリモンも、自分が勉強している所や部屋をステファナに見せたいと思っていたので、
ステファナは、王宮に持って行くことにする。
「フィールドワークはどう?」
フリモンは、自分の部屋でお茶をステファナに勧めながら言った。
ステファナは、ちょっと考えて答える。
「う~ん、皆、一生懸命に働いてるわね。
スファエに若い男性がいないのは、こんな所にいたからなのねと思ったわ」
フリモンは、笑った。
この兄は、いつも静かで、穏やかな性格をしている。
上に四人もの姉たちがひしめき合い、
しかも第五姫は一つ年下だし、王宮の侍女たちにも囲まれていたので、
穏やかな性格になったのかもしれない。
それで、ウィリディス王国から留学の招待があった時、
王様とお后様は、喜んで七歳の王太子をロセウスに送ったのだ。
フリモンがスファエを離れた時、ステファナは四歳だった。
フリモンは末っ子のステファナを可愛がっていたし、ステファナも懐いていたので、
フリモンがいなくなるのは寂しかったのだけれど、
当時のステファナは、侍女の子供たちとも仲が良く、
子供たちと遊び回るのに忙しくて、寂しさはすぐに解消された。
さて、ステファナが帰ろうとすると、
二人は、荘厳な長いローブを着た男性に会う。
「イベリス殿」
とフリモンは言って、二人は話し始めた。
ステファナは、このイベリスという男性を、
着ている服からして、かなりのおじさんかと思った。
ところが顔を見ると若い。
スファエの働いている男たちと同じくらいの年のようだ。
彼はステファナを見てにっこりする。
フリモンが、「スファエの第六姫のステファナです」と言ったので、
ステファナは、ぎこちなく、覚えたばかりの帝国式の姫の挨拶をした。
「大きくなられましたね」
とイベリスは言った。
ステファナは、「えっ?」と思う。
「この人に会ったことがあるの? 覚えてないんだけど」
そんな顔をする。
するとフリモンが、
「そうですね、あれから十年近く経ちましたからね」
と続け、あれこれと話をしている。
その間、ステファナは、どこでこの人に会ったのだろうと考えていた。
十年前と言えば、自分は六歳くらいだ。
もしかして、第五姫がアクィラ王に恋した時のこと?
そうに違いない。
当時、王太子だったアクィラ王と来たのだ。
だけど何も覚えてない。
まあ、六歳だったら覚えてなくても普通だ。
この人だって、十年前は今の自分と同じくらいの年のはずだから、
風貌も変わっただろうし、思い出せるはずもない。
するとステファナは、「くすっ」と笑うような音を聞いた。
顔を上げてイベリスを見る。
イベリスは、「ん? 何か?」という顔をした。
ステファナは、
「笑われた? と思ったのだけれど、違ったのだろうか・・・」
と、また不思議な気持ちになる。
心の霧が晴れない感じで、なんだかもやもやする。
「イベリス殿は、エスペビオスで臨時教師をされていたのですよね」
フリモンは、ステファナがエスペビオスへ行く話のついでに、そう言った。
「ええ、数ヶ月の間だけです。
ステファナ姫が行かれる女学校へは行ったことはありませんが、
とても由緒ある学校だと聞いています。
ステファナ姫、一生懸命に勉強なさってください」
ステファナは、愛想笑いをする。
「由緒ある」とか「一生懸命に勉強」だなんて、プレッシャーをかけるな・・・
と思ったのだけれど、
ウィリディス王国は、エスペビオスの女学校への留学という、
スファエでは考えられないくらい高額の費用を出すのだから、
言われても仕方が無いのかもしれない。
ああ、会食も堅苦しいだろうし、頭が痛くなりそう・・・
と思ったステファナだった。