本当の愛
フリモンは、その夜、アレクシスに会うために来ていた。
とはいっても、ステファナが期待しているような理由ではない。
スファエの男たちが働いている工事現場の、見学許可証を持ってきたのだ。
アレクシスの学年では、各クラスで少人数のグループに分かれ、
フィールドワークをすることになっている。
テーマは「労働」で、ステファナもリサーチに参加する。
フリモンは、この機会を利用して、
ステファナに、スファエの労働者たちを見てもらおうと思ったのだ。
スファエ王国は、若い男たちを出稼ぎに出し、
お金を貯めたら国へ帰ってのんびりと暮らさせる、という政策を取っていた。
「のんびり」と言っても、家庭を持たねばならないので、全く何もしないわけではない。
とにかく国民は、いい国だと思っている。
ところがステファナは、
故郷に戻った男たちが、イソップ童話のキリギリスのように思えてならない。
アリのように働いている姿なんて想像できなかった。
見学の前にステファナは、アレクシスの女学校で一日参加をする。
そうしてフィールドワークのメンバー六人と計画を立て、
エスペビオスに行く前に、女学校を体験しておくこともできる。
ステファナは、アレクシスの学校ヘ行って、
女子高生が、ざっくばらんなのにちょっと驚いた。
しかも登校中は可愛い感じの女の子たちが、
校内では、スカートの下に体操着を穿いたりしているのだ。
先生方は「ひんしゅくを買う」と言うのだけれど、
一行に収まる様子はない。
アレクシスは、「止められないのよ」なんて言う。
それに、女子生徒たちの賑やかさは、スファエの侍女たちと同じだと思った。
「エスペビオスの女学校も心配ない」と安心する。
ふと、ステファナは、
同じグループの一人の子が、腕に包帯をしているのに気付いた。
ちょっと静かな感じの子で、級友たちは、それとなく彼女を気遣っている。
自然な感じの優しさが漂い、心地よく彼女を包んでいる。
この子が、アレクシスの言う強姦された子らしい。
彼女は、怪我をして病院で治療を受け、
家へ戻って処方された薬を飲み、ぐっすり眠っていたところを、
見舞いに来た知り合いの男に犯されたのだ。
もちろん、アレクシスと友人たちは怒ったままだし、その男を許すつもりもない。
スファエの侍女や姉たちは、
双方が合意してなければ、
結婚していても、強姦になるのだと言っていた。
強姦された女は、その男を愛することなどしない。
むしろ自分の人生から消えて欲しいと願っている。
男が、「愛しているから強姦ではない」と言ったとしても、女はそう思わない。
だから、結婚一日目で離婚を決意する妻もいる。
その男から離れられたらいいのだけれど、
逃げられなかったり、離婚できなかったりすると、
自分が傷付かないために、愛している振りをする女もいる。
さらには自分を騙し、彼を愛していると思い込んだり、
場合によっては、自分の中に別の人格を作って彼女に愛させたりする。
もちろんそれは、本当の愛ではない。
愛されていると勘違いした男は、本当の愛を知らないまま一生を終えたりする。
時効自得だから仕方が無いのだけれど、不憫だと思うしかない。
以前、ステファナの姉の一人は、初夜が怖くて泣いたことがある。
すると夫は無理強いをせず、
ただ楽しいおしゃべりをして、それをしばらく続け、
彼女が自分を受け入れる時を待ったのだ。
それで今は、二人とも幸せな結婚生活を送っている。
ステファナは、これらのことを聞いた時、「ふうん」と思っただけだった。
そして今、この女の子に会って、少し分かったような気がする。
とはいえ、まだ自分は未熟だと思った。
たとえ「白馬の王子様」に会えても、彼だと気付かないかもしれない。
どの男性が、自分の「白馬の王子様」なのか分かるほど、人を見る目が出来ていない。
それに、「白馬の王子様」とめぐり合っても、
彼を、本当の愛で包めるだけの人間にもなっていない。
ステファナは、
「あなたを見つけられるまで、もう少し待ってね」と心の内で言った。
そして、どうしたらそんな人間になれるのだろうと思う。
愛は、親切なのだ。