92話 聞き込み
(シャルロッテは既に街に入っただろうか)
誰が聞いているかわからないため、心の中でコテツはそう唱えた。
「よう兄ちゃん。ここらじゃ見ない顔だな」
「西の方で仕事をしていてな。帰る途中に立ち寄ったまでだ」
「へぇ、そうかい。まあ、歓迎できるムードじゃないが、ゆっくりしていくといい」
コテツ達の取った宿の一階、その酒場。
宿泊客に食事を取らせる以外に、夜はこうして酒場になる宿を選んだのは、情報収集の観点からに他ならない。
「そこまで、治安が悪いのか?」
「あー、すまんな。あっちもこっちも落ち着かんのだ。盗みには気を付けろ。亜人の足にゃ追いつけんだろう。そして、亜人の盗みが多発するってんで兵士達もピリピリしている」
大男、熊の印象があるが、ただの人間だ。そんな冒険者から聞き出したのは、街の入り口で聞いたことと大差はない。
「街の人間も亜人と見りゃ過剰反応する。どいつもこいつもそんな空気だ」
「君はどうなんだ?」
リーゼロッテを連れて来なくてよかった。そんなことを思いつつコテツは問う。
「俺か? 逆に聞き返すが、お前さんはどうなんだい」
「特に何も」
コテツは極端な明言は避けることにする。立場を明確にしてしまうのは問題だ。あくまで興味がないかのように振舞う。
すると、冒険者が破顔した。厳つい笑顔がコテツへと向けられる。
「わかってるじゃないか。冒険者に種族もなにもあるものか。あるのは使えるか使えないか、役に立つか立たないかだ。最近の若いのはそういうのをわかっちゃいない」
そう言って、最後はわざとらしく溜息を吐く。
「修羅場を潜ってないから、そうなるんだろうが……。嘆かわしいことだ」
どうやら、実力主義の冒険者などは亜人に対しての偏見が少ないというのはこの街でも変わらないらしい。
冒険者の方が少ないというだけで、厳しいのはどこも変わらないようだが。
「といっても、ここが冒険者の酒場だから言える話で、兵士の前じゃこんなことを言えばトラブルの種になるわけだが」
「そこまでなのか?」
「ああ、そうだ。冒険者連中以外はそれこそ、な」
「いつからこうなったんだ? 昔はこうじゃなかったと思うのだが」
昔のことなど知らないが、不自然に聞こえないようコテツは質問を続ける。
すると、男は考え込むようにして、はっきりしない答えを出した。
「……いつからだろうな。五年も前というほど昔からではないが……、実は二、三年前から芽はあったのかもしれん」
どうやら、これといった答えを出せないほどには曖昧に、少しずつ治安は悪くなっていったようだ。
(やはり、件の話の影響か……?)
無関係、とは考え難い。何らかの目的のために柄の悪い連中が出入りするようになると、街の治安も悪化していくというのはあり得ることだ。
一度街の空気が悪くなってしまえばもう後は転がり落ちるだけだ。街の空気が悪くなれば悪行を行うものが増え、悪行が増えれば街の空気が悪くなる。そういう悪循環を止めるのは容易ではない。
(とりあえず何かが起きているという可能性が上がっただけだな……。後は誰が、か)
バウムガルデン伯が武器を送った相手は、辿っても巧妙に隠されていて、断定することができなかった。
随分な念の入れようで、様々な人物を間に挟み、最終的にどこに行ったのか、それがわからないようにされていた。
「ふむ、そうか。他に噂になっていることはないだろうか。俺達はここで一晩過ごすのでな。何か問題になりそうなことがあれば聞いておきたい」
あくまで用心深い冒険者を装い、聞く。
「いい心がけだな。だが、言うほどのことは残っていない。俺に言えるのは、泥棒に気を付けろということと、兵士や普通の住民の前で下手なことは言うな、と言ったところか」
「わかった。忠告ありがたく受け取る」
「気にするな。お互い、ダンジョン内で会えば商売敵かもしれんが、こうして街で会えばご同輩だ」
「そうか、では失礼する」
そう言ってコテツは席を立った。
そして、アルベールの方へ視線を向けると、彼は年若い女性に声を掛けていた。
「いやさ、入るときに門番の兄ちゃんにしこたま脅されちゃってさぁ。一人じゃ寝れないかもしれないんだなぁ、って事で、俺の部屋、来てみない?」
「あはは、面白いこと言うのね、嘘ばっかり。冒険者でしょ? 自分で何とかしなさいな」
「いやいや、マジなんだって。美人が添い寝してくれないと寝不足になっちゃう」
「大丈夫よ。戸締りしてれば早々変なことにはならないわ」
「いやでもだって、アレだけ脅されると何もかも怖くてさ。もう何もしてないのに寝てる間にいきなり怪しい奴め、ひっ捕らえろ、とか言われて偉い人の前に連れて行かれたりとかさ」
「あら、ここの領主は聡明な人よ」
「ふーん? いやでも他にも、窓が割られたり――」
彼もまた、彼らしい調査を行っているようだった。
(……冒険者の中には詳しい事情を知るものはいないようだな)
それから、幾らか人と話してみるも、結局有用な情報を得ることはできず、本格的な活動に向けて二人は休息を取るのだった。
この街を含めた領を統治する伯爵の別邸に、シャルロッテは通されていた。
偶然か、必然か、領主がこの街に視察に来ていたのは幸運だった。
「単刀直入にお聞きする。他の領から武器を輸入したことはないだろうか」
そして、領主を相手に一切の駆け引きを捨て、彼女は核心に迫った。
シャルロッテは、クラリッサほど交渉ごとが苦手な訳ではないのだが、相手が悪い。
相手はやり手と称される貴族。どう駆け引きしようが相手の方が一枚上手ならば、最初からそんなものは無意味だ。
「……ふむ、そういった事実はありませんよ」
そう口にした恰幅のよい初老の男性こそが、領主、ハンネマン・カエサルだ。
「しかしながら、この件、王女騎士団団長殿が出張るほどのことなのですかね?」
ハンネマンは、人好きのする笑みを浮かべながら問う。
いつ如何なるときも優しげな笑みを崩さない。この男はそういう人物だ。
「その通り。放っておけば国の大事に繋がるかもしれない、と我が主は考えておられる」
「なるほど……」
「では、大量の武器を保持できるような組織に心当たりは?」
「……ふぅむ、ありませんね。それに、そう言った動きは耳にしておりません」
その言葉を全て信頼するわけではないが、やり手と呼ばれるだけの能力はある人物だ。
下手な嘘を吐いてそれが露見すれば不味い事態を引き起こすことをわかっている。安易な嘘は吐かないだろう。
嘘を吐くとしたら、絶対に露見しない自信がある時くらいだ。
「だが、私の街で勝手というのは少々気に食いませんね。わかりました、私も商会を幾つか当たってみましょう」
「ありがたい。よろしくお願いする」
そうして、話が纏まった後、ハンネマンが口元に手をやり呟いた。
「しかし……、なるほど。この街の治安悪化にそのような裏があろうとは」
こんな時でも笑みを崩さない姿勢は、驚嘆に値する。
ハンネマンからは動揺も驚愕も見て取れない。
「やはり、武器の取引の影響と?」
「別に、座して見ていたわけではないのですよ。幾らか手も打ちましたし、そもそも、最初から治安が悪くなる理由もなかったはずだった」
なるほど、何か外的要因でもなければ治安が悪化する理由がなかったらしい。
そして、何か手を打とうとも、その原因を取り除かなければ意味がなかった。
「人は不安があると何かと亜人のせいにしたがる。犯人のわからない盗みがあれば亜人の仕業、といったように不安の捌け口に亜人を求める傾向にあります。そして、そうやって決め付けられ押さえつけられる亜人も悪事に手を染めるようになる」
悪事をしていると決め付けられ、謂れのない罰を受ければ心が荒む。そして本当に悪事に手を染める。そうすれば、人間はやはりとばかりに亜人を罵る。
こうなれば悪循環しかない。
「しかしながら、こうも尽く私の目を掻い潜られると……、腹が立ちます」
そう言って彼は立ち上がると、応接室の窓から街を見下ろした。
「私も常にここにいるわけではないのですがね。こうしてタイミングよくあなたと会えたのは幸いだった」
その背を見て、シャルロッテは考える。この者は信用に足るかどうか。
(何か怪しいところが見て取れるわけでもない。だが無条件に信頼に足る人物とも言い切れない……)
「実はですね、治安に対する対策はあるんです。まあ、少々強引な方法ではありますが、この街の亜人の長殿とも話がついておりまして」
シャルロッテは人を見る目に自信があるわけでもない。
(手の掛かるエトランジェのことは全く見抜けなかったのだからこの目は二流品だな……)
そう考えて、シャルロッテは早い段階での結論は避けた。
「ただ、その対策が終わった後も原因に居座られては意味がありません。私からもお願いします。団長殿、この件、何卒」
「わかっている。非才の身であるが、全力を尽くそう」
お待たせしました。やっと完成したので、今日から数日更新を続けます。
あと、レビューありがとうございます。
まさかうちにレビューが来ると思ってなかったので正直かなり嬉しかったです。
ちなみに現在、入社前にアルバイトとして入ってみないかということでアルバイトに入ったのですが、慣れない十時間労働のせいで帰った瞬間寝たりしてます。
慣れるまではちょっと色々おぼつかないかもしれません。