90話 無言の巨人
暗い倉庫の中、四肢をもがれた鋼鉄の巨人が横たわっている。
異世界の機体を修理し、使える状態にしろ。
それは、この分野に携わる人間にとって非常に興味を引かれる内容だったが、しかしそれと同時に無茶苦茶な要求でもあった。
むしろ新しく造ったほうが早いと、SHに携わる者なら誰でも思うだろう。
失った手足を始めに、果てはジェネレーターまで交換しなければならない。
更に、操縦性を損なわないという条件付きでだ。
しかも少し調べただけでわかる。この機体は絶妙な奇跡的とも言えるバランスで組み上げられている。
それを崩さないというのは至難を極めるだろう。
シバラクの修理に、整備班長と呼ばれる男は頭を悩ませていた。
問題なのはこの機体の修理は決定事項ではなく、可能か不可能かを論じるレベルであることだ。
端的に言ってしまえば、ここで整備班長が"やはりできない"と言えば、この話は立ち消える。
班長が、この機体の行く末を握っているのだ。
だが、未だに答えが出ないからこそ、全ての仕事を終えた夜、こうして倉庫に横たわるシバラクの姿を見ている。
ただ実は、迷うのはそれが困難だから、という訳ではない。
幾ら至難を極めようと、自分たちの仕事は機体を修理、整備することだ。やることは常に変わらない、たとえそれが異世界の機体であってもだ。
(機体で修理するしないを選ぶような奴ァ、整備員失格だ)
だが、片腕しか四肢の残っていないその姿に、班長はどうしようもなく哀愁を覚えるのだ。
「こんな姿になってまで戦って、まだ無理矢理使われようとしてやがる」
機械には引き際がある、と班長は思う。
あらゆる機械は己の役目を終えた時、幾ら直してもすぐに壊れてしまうようになる。
別に理屈がある訳でもない、ただ経験上そう思うだけだ。
「王女様には悪いが……、こいつは不可で提出させてもらおう」
長くこの仕事をしていると、稀に出会うのだ。何度直しても壊れてしまう、役目を全うした機械。
それが、なんとなくわかってしまう。
直してもどうにもならないと、何故かわかってしまうのだ。
この機体もそうだ、と勘が告げてきている。
とっくにこの機体は役目を終えた。
「お疲れさん。ゆっくり休みな」
だから、班長はその機体に背を向け、歩き出そうとする。その際に、手に持つクリップボードの紙に丸を書き込もうとする。
紙には細かいチェック表と修理可と不可の文字。丸をつけるのは、不可の方だ。
しかし、その手は目的を遂行する前に止められた。
「……ん?」
背後から、照らされた気がした。いや、気のせいではない。
わずかな窓から届く月明かりしかない倉庫の中に、彼は色濃い影を作っていた。
思わず振り向く。
――目が合った。
「……」
本来は装甲によって隠されているはずの、半ば破壊された頭部装甲の隙間から覗くその双眸が、班長を睨み付けていた。
煌々と緑に輝く瞳は、何を訴えようというのか。
(なんじゃこりゃあ……。調べたときにやらかしたか? 誰かの悪戯か? いや……)
思わず班長は、驚きに引きつったような、しかし、確かな笑みを浮かべていた。
年甲斐もなく、期待感を隠せない。
「あーあー……、俺の勘もォ、鈍ったみたいだなぁ。まったくよ」
修理可か不可か。左か、右か。
乱暴に書きなぐって、整備班長はそのペンを投げ捨てた。
そして、今。
四肢を取り戻した巨人がそこには立っている。
「よォし、もう十分でしょうよ。もうこれ以上のテストはできませんや」
班長は、クリップボードのデータを見ながらそれを口にした。
「そうか。しかし、よく修理できたものだな。ジェネレータまで交換したのだろう」
修復されたシバラクは、魔力で動くように改造されている。
完全なる科学で造られたシバラクが魔力素によって動くとはコテツにとっては想像の埒外にある。
「そちらの、DFと言いましたかね。それを元にSHは造られたってことでしょうさ。思ったよりかは、互換性がありましたぜ」
「なるほど」
やはり、初代はコテツと同郷、しかも近い時代の人物のようだ。
「で、他になんかありますかい?」
「そうだな。思考制御に少し違和を感じる」
班長の問いに、コテツは顎に手を当てて感じたことを口にした。
思考制御。DFやSHは通常のスロットルや操縦桿を使った操作、そして、パイロットの上半身の動きを再現する連動型操縦桿による操作を補助するシステムが積まれている。それが思考制御だ。
言ってしまえば、イメージによって機体を動かす機能なのだが、戦闘動作のことだけを長時間考えていられる人間はそういない。
どうしても思考にはノイズが混じり、読み取られる情報は混線し操縦はまともではなくなる。その為に、思考制御はパイロットが行なう操縦に近いイメージだけを拾って機体の動きを微調整する。これが上手いパイロットほど、機体は人間らしい動作を行うことができるのだ。
「イメージトレースが上手くいってないと?」
「いや、感度が高すぎるのかもしれん。逆流現象のようなものが起こっている」
ただ、なにごとも例外というものはあるもので、機体すべてを思考制御で動かす機体や、三本目以降の腕、あるいは機体に接続された多彩すぎる武装群を扱うために極端に思考制御を行なう範囲が広い機体が存在する。
それには、人体にない器官は非常に扱いが難しいという他に、逆流という問題がある。
「大丈夫なんですかい?」
「そういった機体にも幾らか乗った。慣れている」
機体が物理的に不可能な操作、あるいは加減を間違った強すぎるイメージ、機体の手足を失うような大きな損傷等、それらが発生した時機体の情報がパイロットに逆流する。
要するにエラーがパイロットの思考に流れ込む。それが機体に備えられた安全装置の規定量を危険なこととなる。
あるはずのない器官を失ったという情報、可動範囲を超える操縦情報、処理し切れなかった自らの思考、それらによって機体と自らが混線し、自我の境界が曖昧になる。
その結果、機体が損傷した方の腕が同じように動かなくなったり、場合によっては自我の崩壊を起こすこととなる。
極めて狭い範囲の上にリードオンリーである通常の機体では起きえないことであるが、エース機は通常の機体とは呼べない。シバラクも逆流が起きないタイプとは言え、感度は高めに設定してある。
それが魔導式に改造したため影響を受けた可能性があった。
「わかりやした。調整しておきやしょう。とりあえず感度を数段下げやすが、どれくらいまでがいいでしょうね?」
「ふむ……、範囲はそのまま、数値を17.5で調整してもらえるか?」
「あいよ」
操縦に問題の出ないぎりぎりの指定に、班長が頷く。
「ま、これが終われば事前にできることは終わりでさぁ」
「残るは実戦か」
「まぁ、幾らテストしたって、実戦とは別モン。安全性の確認が取れてねぇ機体に乗るっつうんは面白くないでしょうが」
「問題ない、慣れている」
「そんなに?」
「欠陥機で実戦に投入されることも珍しくはなかった」
エース機など、そんなものだ。実戦で使える人間などそれこそエースしかいないのだから。
挙句、仕上がりが酷くピーキーなため、想定外の事態が起こることもある。
「機種転換訓練は?」
「ない」
「そりゃまた難儀なことで」
呟きながら、班長はクリップボードを脇に挟んでコテツを見る。
「ま、精々今日も細かくチェックさせて頂くとしまさぁ。整備不良で死んだなんて、言われたくねぇんで」
「すまないな」
コテツが言うと、班長は皺の刻まれた顔を愉快げに歪ませた。
「これが俺達の仕事でね。それより、労わってやってくだせぇ。いい機体ですよ、こいつは」
「覚えておこう」
そうして、コテツは班長に背を向ける。
近々、アルトを使用できない用事ができるだろうとコテツは考えている。
そうなれば、シバラクに頼ることとなる。
最後に、ちらりとだけ、悠然と立つシバラクを見つめて、コテツはその場を後にした。
(ふむ、この後はエリナと予定があるが……)
シバラクのテストを終えたコテツの次の予定はエリナとの訓練だが、まだしばし余裕がある。
(一度部屋に戻るか)
いつもエリナとの訓練に使っているのは練兵場ではなく、城の脇にある広場だ。
練兵場の使用は割り当てられた時間内か、それ以外では許可を取ってこないと使えない。
クラリッサ等は割り当て時間外の訓練に一切面倒臭がらずに毎度許可を携えて現れるものだが、実際に毎回許可を取るのは面倒なのだ。
更にそれが生身であれば、広い練兵場を二人で使うのは些か無駄が大きい。
そのために、生身である、攻撃系の魔術は禁止、大規模にならない、庭に損害を与えない、その他いくらかの条件の下に城の脇のスペースでの個人訓練が認められていた。
騎士団に所属してもおらず、軍属でもないエリナに割り当ての時間があるわけもなく、毎度許可を得る面倒があるため、攻性魔術、SHの使用の予定がない場合は今日のように広場で訓練を行なうことになる。
さて、そんな広場だが、一角に生えた木の幹から、薄紅色の髪の毛が見え隠れしている。
それは些か低い位置にあるから、木の幹に背を預け座っているというところだろうか。
「エリナか?」
「ひゃわっ!」
図らずも、背後から声を掛ける形になる。
その結果、驚いたエリナが立ち上がろうとして失敗し、前のめりになった勢いを止められず、腕を地面に付けて停止することとなった。
「……すまない」
「……びっくりしたです」
尻を突き出す格好のエリナは、そのまま上体を起こして再び座り込む格好になり膝に付いた土を叩いて落とした。
「それで……、コテツですか。どうかしたです?」
「いや、通り道に君が見えただけだ。君は何をしていたんだ?」
「一応、魔術の勉強を」
その言葉と共に、エリナは地面に落ちていた本を拾い上げた。
「攻撃魔術は今日の訓練では試せないぞ」
「知ってるです」
訓練に広場を使う際に攻撃魔法は禁止されている。その旨を伝えるが、エリナは気にした様子もなさそうだった。
「だからこれは、身体強化の術式なのです」
「ふむ」
「呼んで字のごとく、身体能力を上げるというか、素の体の動きに運動量を上乗せするというか、です」
つまり、筋力を増強させるとかそういったものではないということをエリナは言いたいのだろう。
「あまりメジャーじゃない魔術ですけど、私は腕力に劣るですから」
しかしながら、その言葉にコテツは心中で首を傾げた。
そして、疑問を口にする。
「実用性は低いのか?」
身体能力が向上するというのであれば、需要はあまりにも大きい。
むしろ、生身での戦闘の前提条件にすらなり得るのではないかと思うが、そうならないのには当然理由があるようだ。
「はいです。燃費の悪さと、少々使いにくさが目立つそうなのです」
「難しいのか?」
「いえ、むしろ術式自体は単純で、式を覚えて思い浮かべるだけで全部やってくれるくらい簡単です」
そう口にしたエリナに対し、コテツはエリナの手元にある開かれた本に目線を落とす。
「わかるですか? ここだけ空欄になってますから、使用する魔力量を代入して頭の中で考えるだけで……」
指差されたそこを、コテツは注視した。
だが、そこにある術式を見て、頭の中に書き出してみても、コテツには何も起こらない。
「やはり、俺には無理か」
「あ、コテツは魔力を放出できないのですよね? どちらにしても、一度体外放出して、操作して再び取り込む形になるですから」
「なるほどな」
「まあ、コテツがこれ以上身体能力上げても仕方ないですし。それで、とりあえず問題になるのは、一定以上魔力を注いで多大な効果を得ると、体が付いていかなくて大怪我することです」
筋力を増強したりするわけではない、ということに関し、やっと得心がいった。筋力、体そのものが強くなるわけではないということはそういった部分に問題を起こすようだ。
例えば岩を壊せるような力を得たとして、体の耐久力が一切変わっていなかったらどうなるだろうか。
岩と一緒に拳も砕けることになるだろう。あるいは、異常に早く走れる代わりに、筋肉が断裂する、と言ったところか。
「だから、実用できるのはほんのちょっぴり調子がいいかもってくらいに押し上げるか、調子が悪いときに普段のレベルまで戻すくらいです。それくらいなら魔力消費も大したことないです。ただ、他の魔術と併用すると難易度が上がってしまって……」
「使用者が少ない、か」
「はいです」
なるほど、他の魔術と一緒に使いにくいというのも難点だ。
身体強化が使えるということは魔術が使えることに他ならず、それならば他に幾らでもやることがあるだろう。
納得したコテツを、じっとエリナが見上げていた。
「ちょっと、早いですけど。試してもいいですか?」
「構わないが、無茶はしてくれるな」
「心配しなくても大丈夫なのです」
本を置いて、傍らに転がっていた木剣を取りエリナが立ち上がる。
コテツも同じものを拾って、彼女から距離を取った。
「少しずつ、魔力量を上げていくです。とりあえず、ちょっとだけ強くなるように」
そう言って、エリナが大きく息を吸い込んだ。
習熟していない魔術のため、発動までに時間を必要とするようだ。
「行くです……!」
そう言って、エリナが駆け出した。
(少し、速くなったか)
少しずつ、走る速度が上がっていく。魔力量を調節したのだろうか。
とは言え、一足飛びに速くなったわけではない。一割程度増えたかどうか。
しかし、それでも確かに効果の現れた速度でエリナはコテツに迫り。
コテツは剣を合わせようとして――。
「わっ、わっ!? と、とと!?」
エリナがそのまま剣を振らずにたたらを踏んで突っ込んできたのでやめた。
ぼすっ、と音を立てて体でエリナを受け止める。左手は、振り上げただけの木剣を掴む。
「あうあうあーっ」
突然の状況下に目を回すエリナを体から離し、コテツは彼女を見る。上から下まで見た感じでは問題のあるような怪我はないようだ。
「大丈夫か?」
「うぅ……、はいです」
「ならいいが、どうしたんだ」
「えと、ですね。使いにくいと言われている理由がわかったです……」
ただ、ぶつけた鼻が痛いのか、涙目でエリナは鼻を擦っている。
「いつもより、ちょっとだけ速いので、ちょっとだけずれたです。精々、半歩くらいですが……」
「タイミングを逃したか」
少しだけ速いために半歩いつもより深く踏み込んでしまった。
いつもの調子で振ろうと思った時には近すぎて、剣は振れず、剣に乗せるはずだった走った勢いは行き場をなくして体を前に押し出した、というところか。
「多分剣術慣れしてる人ほど、使えないと思うです、これは」
「確かにそうだな」
力任せに振るうだけならいいが、技術が向上すればするほど動作は精密になる。
それこそ、半歩の差が致命傷に繋がるだろう。
「うぅ……、そう簡単には強くはなれないということですか」
「焦ってもどうにもならないだろう。無茶をすれば、どこかで無理が出る」
「うーん、コテツが言っても説得力がないというべきか。コテツだからこそ、説得力があるのか、わからないです」
そう苦笑して、エリナは地面へ座り込んだ。
「あぅ……。大分魔力を取られたみたいです。あと、思ったより疲れるみたいです……」
「大丈夫か?」
「大丈夫、と言いたいところなのですが……。なんだか、腰が抜けたみたいな感じですね」
立てないでいるのは、魔術の影響というよりは、驚いたせいなのだろう。
ばつが悪そうに口にしたエリナを、コテツは何気ない動作で抱えあげた。
「ふぇ? わわわっ、そんなことしなくても!」
エリナが、顔を赤くして暴れるが、コテツが思わず離すには至らない。
「問題ない」
「……こちらに、問題が、あるのですが……」
消え入りそうな声に、コテツはぶっきらぼうな返事を返した。
「ここに捨て置くわけにも行くまい。部屋に戻るか? それとも木の根元に腰掛けるか?」
「えーっと……、木の根元に」
「了解」
小さく華奢な体を抱えたまま、コテツは歩き出す。
エリナは、落ちつかなさげに辺りを見渡した。
「こんなところ、誰かに見られたら……」
の、だが。
「あーっ! あー!」
ただし、既に手遅れであった。
「どこから沸いて出たんだ、君は」
「ずーるーいでーすー! ご主人様、お姫様抱っこするならどうぞ私を!」
さあ、と両手をコテツへと向けてくるあざみ。
「城に帰っていてもらえるか」
「酷い!」
大げさなリアクションはあくまで無視して、コテツは木の根元にエリナを下ろしてから言う。
「身体強化魔術に端を発する影響だ。君が懸念するような事実はない」
「はー、なるほど。確かに、女子供どころか女で子供ですからねぇ。魔術でドーピングが手っ取り早いのは事実ですが……」
説明、と呼ぶには些か言葉が足りなかったが、察してくれたらしい。
魔術に造詣の深いあざみだからこそと言えるだろう。
「使えなかったでしょう?」
そうして、当然のように聞いてくるあざみに、エリナは頷いて返した。
「はいです……」
「そもそも、人間向けじゃないですからねー」
「どういうことだ?」
人間向けじゃない、と言われても今ひとつ、魔術を使えないコテツにはピンとこなかった。
その疑問にあざみはできるだけわかりやすく噛み砕いて伝えようとする。
「人体はですね、魔力を循環させるのには向いてないんですよ。ご主人様は電流を思い浮かべてください。できるだけ電気を通しやすい導体を使うでしょう?それでも減衰しちゃうわけですよ。それと同じで抵抗の強い人体に流す上に常に流し込んでおかないといけないからどんどん目減りするんです」
そして、あざみはしたり顔で言った。
「まあ、正確には自分の以外の魔力に親和性がない、ですけどね。元自分の魔力でも魔術で指向性付けたらダメですよ。ただの水でも絵の具で色水にしたら飲めませんよね?」
「では、身体強化に適した種はいるのか?」
「私達エーポス……、は機体と魔術的にやり取りしますから導体並みと言っても問題ないですよ。だから、身体強化向けですかね。正確には、生まれつきまったく別の特化した省エネ術式で常に身体強化を受けている訳ですけど。亜人の方よりは低いですが、それなりのものですよ」
どうやら、エーポスは亜人などと違い、筋肉の密度などが直接違う訳ではないらしい。
その生まれつきの身体強化が何らかの要因で切れれば、見た目どおりの力しかないのだろう。
「ちなみに省エネで安定してる代わりに魔力上乗せできませんし、重ね掛けは競合を起こして逆効果です」
「そちらは、どうすれば使えるですか?」
エリナの問いにあざみは首を横に振った。
「生まれる段階で細工しないといけないそうです」
「そうですか……」
「すみませんね。参考にはならないかもしれません。他には、そうですねぇ、魔物は魔力通しますよ、元々魔力素で進化した動物ですから。常に骨格強化してないと自重で死ぬのもいますし。後は、私の知る限りで向いているのは吸血鬼ですかね」
「そんなものがいるのか」
「ええ一応亜人扱いです。彼らも魔力導体並みに魔力を通すので、かなり消費は低いです。そんでもって彼らは生まれたときから息をするように身体強化術式が使えるそうで。ついでに、魔力は使いますが傷も再生できるので際限なく身体強化して付く傷も即座に治します。生まれたときから使っているものですから、身体強化後の体の扱いも上手いそうですよ」
それは、相手にすれば厄介極まりないことだろう。
だが、エリナにフィードバックできそうな内容ではない。身体強化したままで訓練を続ければ上手く動けるようになるかもしれないが、そうすると今度は身体強化していない時に困る。
「まあ、人の血を吸う性質から人間による狩りに遭ってめっきり数は減ったそうですが。というのはともかく、これで私の知る身体強化情報はおしまいです」
そう言ってあざみは締めくくった。
「んー……? あれ?」
そして、その後すぐに、あざみはコテツの手元を見て目を丸くした。
「ご主人様、手、怪我してますよ?」
「ああ。先ほど木剣を受け止めた時だな」
あざみの言った通り、コテツの手、親指の付け根辺りに血が滲んでいた。
「あわわ、ごめんなさいですっ」
「問題ない」
慌てて謝ったエリナとは対照的にあざみはまじまじと興味深そうにコテツの手を見つめる。
「ご主人様の血も、赤いんですねぇ」
「君は俺を何だと思ってるんだ」
「青でも驚きませんよ?」
「……そうか」
「でも、勿体無いですねぇ」
「何がだ」
「流れ出る血液にも、魔力は入ってる訳ですよ。というわけでペロペロします」
「舐め取れば吸収できるのか?」
コテツの手を取ったあざみのその手がぴたりと止まる。
「はいそうですよ! と言ったらペロペロさせてくれる訳ですね。と、はいいますが、残念ながら無理なんですねぇ。吸血鬼でもなきゃ、他人の魔力を自分のものに、なんてできませんよ。でも、舐めさせてください」
「……先に帰っていてくれ」
「酷いっ!」
そのままわざとらしい動作で走り去っていくあざみを二人は見届け、顔を見合わせた。
「コテツ、怪我は痛むですか?」
「大したことはない」
「でも、消毒はしないといけないですし。あ……、救急箱」
そう呟いたエリナだが、近くに救急箱が無いことに気が付く。
いつも訓練の時にはエリナが持ってきているのだが、今日に限って忘れてきてしまったようだ。
「えと、えぇと……、その……」
焦ったエリナは、どうにか状況を打開しようと考えを巡らせる。
「良ければ、その……、舐めて消毒を」
そして、たどり着いたのは奇しくもと言うべきか、それともやはりと言うべきか、あざみと同じ答えだった。
座ったまま、コテツの手を取り顔を近づけようとするエリナ。
「いや、待て」
しかしながら、コテツは止める。
コテツ・モチヅキはそういう男だ。
「そもそも、魔力がどうこう以前に感染症の恐れがある」
「えーっと……、はい。そうですね……、コテツはそういう人です。口にするのは、意外と勇気が必要だったのですが……」
「後で医務室に行くとしよう」
流石に腰を抜かした人間を一人にして自分の治療にいくというのも憚られる。
コテツはエリナを眺めながら、彼女の回復を待つ。
エリナもまた、コテツを見つめ返し時が過ぎるのを待った。
ただ、コテツは眉一つ動かさず見つめているのに対し、エリナは照れくさそうに気まずそうに頬を赤らめながらだったが。
「あの……」
そして、そのエリナが気まずさに耐えかね何とか声を上げようとしたその時。
「ご主人様ー」
「ひゃわっ!」
エリナが肩を跳ねさせる中、先ほど走り去ったあざみが戻ってきていた。
「あざみか」
「あざみか、じゃないですよ。いえ、あなたのあざみではありますけど、それよりこれです」
そう言って差し出されたのは救急箱である。
「ダッシュで取ってきました」
「すまない」
「いえいえ、いいんですよ」
にっこりと笑って答えるあざみに、コテツは手を伸ばした。
「では、それを貸してもらえるだろうか」
だが、あざみはそれを渡そうとしない。
代わりに、自分で救急箱の蓋を開けると、身振り手振りでコテツに座るよう促した。
「私がやりますよ。私はあなたの、エーポスですから」
「では、頼む」
素直に、コテツは座って手を差し出した。
「エリナも、怪我してないですか? ご主人様の方が終わったらやりますよー」
「あ、私はだいじょうぶです。腰が抜けただけなので」
「そですか。じゃあ、ご主人様、ちょっと染みますよ」
そう言って彼女は、脱脂綿を消毒液で湿らせ、ピンセットでコテツの手へと押し付ける。
「では、ガーゼ当てて包帯巻きますね」
「包帯が必要なほどでもないと思うが」
「せっかくですから、巻かせてくださいよ」
「そうか」
あざみにされるがままにしていると、あれよあれよという間に手に包帯が巻かれていく。
それをコテツは、少し意外に思った。
「手際がいいな」
「ふふふ、練習しましたからね。ええ、自分で」
「そうなのか?」
「こんな真似、縁がないと思ってたんですけどね。ありましたねぇ、意外と」
あざみが、口を優しげに歪めながら、上目遣いでコテツを見る。
「あなたのせいですよ? ご主人様」
「すまん」
「いや、謝らないでくださいよ。代わりに責任とってくださいよ」
「……すまない」
「いぇぁー、まあ、うん、いいです。今の所は」
そんな二人を、エリナが半眼で見つめていた。
「二人でピンクの空間を作り上げないで欲しいです……」
言われて、あざみが何故か嬉しそうにそちらを見る。
「え、マジですか? 出ちゃってました? 桃色光線っ。作れてました? 桃色空間!」
「見せられる身にもなって欲しいのです」
「えー、でもさっきはエリナもアレだったじゃないですかー。お姫様抱っこで甘酸っぱい感じのアレが」
「そ、そんなことないです」
そんな二人の会話に入っていけないコテツはとりあえず待ちに徹して。
「できましたよっと」
あざみの手が離れ、包帯の巻かれた手が残る。
「ああ、すまないな」
「いいんですよ。さって、治療も終わったということで帰りましょうか? エリナは、まだ動けないんですか?」
「あ、っと……、もう大丈夫みたいです」
木に手を付いて立ち上がるエリナ。
「ちなみに立てないって帰ってきたら私が背負って帰る所でした。これ以上のお姫様抱っこは食い止める構えです」
「そ、そんなことしないですっ」
「ふむ、楽しそうなのはいいことだが、とりあえず戻るぞ。あるいは、先に戻るが」
歩き出すコテツに、それを追う二人。
「ここで左サイド確保! その腕、貰いました!」
「えっと……、右サイド確保、です。では、私は手を……」
「歩き難いのだが」
それでも腕と手は、離してもらえなかった。
説明回っぽくなりました。
次回から09入ります。
操縦に関して。
DFやSHの操縦はまず通常の操縦桿による航行、遠距離戦向けと、連動型操縦桿によるパイロットの上半身の動きをトレースする、接近戦向けの二つのモードを使い分けて動く。
それらに細かい修正を入れるのが思考制御。考えている動きを読み取ってそれに近づけようとする。操縦の柔軟性が上がるが、機体の形が人体から外れると難易度が上がるのが難点。
ついでに、通常の状態でも格闘戦ができないわけではなく、コンソールから入力済みのモーションパターンを選ぶことで機体が動きを再現し、思考制御で微調整を行なう。