表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界エース  作者: 兄二
Interrupt,リメンバーオペレーション
96/195

89話 月夜の晩に。



(報告書の作成に思ったより時間が掛かってしまったな)


 廊下を歩くコテツ。手には報告書。シバラクのテスト結果の報告だ。性能評価や使用感を事細かに報告しろと言われているために、届ける時間は結局夜になってしまった。

 そうして、コテツが王女の執務室を訪ねてみると。


「……死にたい」


 アマルベルガの目が死んでいた。

 そんな彼女の目には隈があり、その美貌も台無しである。

 果たして、疲れでくすんだように見えるその金髪が輝いて見えるのはいつのことになるだろうか。


「やはり、軽率な行動だっただろうか」


 そう言って、コテツは前回の事件を思い浮かべた。

 彼女が今忙しいのはバウムガルデン伯の件だろう。


「いえ、あなたの判断は正しかったっていうか、いい仕事だった、って言っておくわね、コテツ」


 一伯爵が横領した金で怪しげな取引を行い、異常な戦力を保有する。

 それを、二人の民間人の協力によって、エトランジェが伯爵の身柄を確保。というのが公式に発表された内容だ。


「落とし所としてはいいところに落ち着いてくれたわよ。周りに対しても丁度いい位の牽制になるでしょう。締め上げすぎはまずいけど、それで調子に乗るようなら容赦はしないっていういい見本になってくれたから」

「だが、忙しいようだ」

「仕方ないわよ。あの伯爵から取引についてきりきり喋ってもらわなきゃいけないし、罪状なんてとりあえず死ぬまで牢屋、で決まってるのに、形式上手続きしないといけないし、領の経営引継ぎもしなきゃいけないし」

「死ぬまで牢屋、か」

「流石に処刑はできないわよ? フリード並の逆賊連れてこないと」


 今では城で盆栽を楽しむ老人を例として示したアマルベルガに、コテツは言った。


「いや、それは構わないが」


 別にポーラもまた、殺したい訳ではあるまい。

 自ら手に掛けず、悩みぬいて引き渡した以上は殺害が目的ではないということだ。


「国外追放とかもあるけど背後洗ってからじゃないと怖くてできないし。一体誰と取引してたのかしら。陸上戦艦なんて……」


 アマルベルガが、悩ましげに言う。

 陸上戦艦などというものは、コテツの知る中では珍しいものでもなんでもない。

 しかし、この世界の常識で言うのであれば間違いなく異質だ。


「残骸を解析した結果、とりあえず世界標準の技術じゃ作れないことがわかったわ。ていうか、あんなの量産できたらパワーバランス変わるわよ」


 確かにそうだろう。ストラッドなどの量産機で挑めば、副砲が掠めたって腕や足の一本くらいは簡単に持っていかれる。

 それが艦載機を引き連れて何隻も現れてみればいい。どうなるかは想像に難くない。


「だが、売るということはそれなりに数が造れるということだろう」

「なのよね。問題はそこよ。多分どこかの国ってことはないでしょうけど、国の後ろ盾無しにあんなものが造れる組織って、あんまり想像したくないわね」


 もしも造ったのが他国であれば、まず間違いなくバウムガルデン伯に売る意味がない。

 売って尚余裕がある程量産できるなら自国で使えばいい。あれだけのものならば、戦争はかなり順調に事を運ぶだろう

 そして、もしも量産はできないということであれば、バウムガルデン伯に売るのはテストくらいしかメリットがないが、そのようなテストは自国内で行なえばいいはずだ。

 つまり、他国の思惑が絡んでる可能性は低いということだ。

 ただ、量産できようができまいが、自分で使えない者達、表舞台に立つことのできない者であれば、意味が出てくる。


「あれか?」


 あれ、とコテツが呼んだのはアンソレイエの式典にも関わってきたテロ組織。


「それを調べるための調査よ」


 アマルベルガは否定も肯定もしない。

 その後、ただ、溜息を吐いた。


「まったく、嫌になるわね。目の届かない、耳に入らないことばっかりで……」

「仕方あるまい。現状では目の届く範囲は限られる」

「昔は一番上に立てばなんでも上手く行くって、思ってたんだけどね……。言うほど、偉くないのよね、王族」


 アマルベルガの嘆きに、コテツは内心で同意した。

 王政であろうと、貴族達は無視できない。確かに一番上の立場ではあるが、揺らがないかと言えば否なのだ。

 貴族達が徒党を組んで反乱を起こせば、信頼のできる味方が少ない以上アマルベルガはかなり危険だ。

 必要とあらば、王族の血縁をでっち上げ、アマルベルガを引き摺り下ろし、傀儡を王の椅子に座らせる。

 それが権謀術数というものだ。


「……ごめんなさい、愚痴を言うつもりはなかったんだけど」

「構わない」


 アマルベルガは、上体を机に預け、ぼんやりと横を見る。


「なんか、お腹空いたわね。食べるものはあったかしら……」


 それはコテツへの言葉ではなく、ただの呟きのようだった。


(大分参っているようだ)


 自分の知らないところで、あれだけの真似をされればショックもあるというものだろうか。


「ふむ……、そうか。とりあえず、報告書はここに置いておくぞ」


 とりあえずコテツは、その場を去ることにした。

















(何してるのかしらね……)


 机の上にだらけながら、アマルベルガは心中で呟いた。


(コテツも呆れて帰っちゃったみたいだし)


 残ったのは、政務だけ。


(自分が情けなくなるわ)


 今回の件がなければしばらくはバウムガルデン伯のことに気付かなかっただろう。

 確かに、今尚領主の圧政というものはあちこちで行なわれている。ソムニウム国内に限ったことではない。それは、仕方のないことでもあった。どうにかするには今のアマルベルガには足りないものが多すぎる。

 戦争で疲弊した国をどうにか立て直しただけで、味方だとか、権威だとかそういったものが足りない。時間を掛けてどうにかするしかないことはわかっている。

 しかし、自国のことだというのに、把握できていなかった。そこが問題だ。


(コテツは上手くやってる。私がこんな所で手間取ってどうするの)


 コテツは、予想以上に上手くやっている。

 召喚当初の予想を大きく超えてだ。エトランジェとして張りぼてでも立っていてくれれば構わないと思っていたが、道理が通じるし、話せばちゃんと聞いてくれる。難題を要求しても来ない。

 それでいて戦力としては過去最大と言っていいのではないかとアマルベルガは睨んでいる。


(コテツは政治の分野を私に任せてる)


 得意ではない政治の分野に踏み込もうとしないのも助かる内容の一つだ。自分が苦手だから近寄ろうとしていないという側面もあるのだろうが、アマルベルガとしてはとてもやりやすい。

 政治に介入しようとして失敗した例も幾つかあるし、周囲がエトランジェを巡る政治的問題ならば枚挙に暇がない。

 それからできるだけ遠ざかろうというのは好ましいことだ。

 武力はコテツが。政治はアマルベルガが。それが二人の関係だ。

 コテツの武力は何一つ恥じることがないように。アマルベルガもそれに習わなくてはなるまい。


「とりあえず、ご飯にしましょう。厨房に何かあるかしらね」


 とにもかくにも食事だ、とアマルベルガは決める。

 ただし、食事の時間を大きく過ぎてしまったため、厨房に降りて何かないか探してこなければならないだろう。

 厨房も今頃は仕込みも終わって無人となった頃だ。となれば、すぐ食べられるといえばハムやチーズ辺りとなる。

 そう思ってアマルベルガが立ち上がろうとしたその時。


「失礼する」


 出て行ったはずのコテツが、室内へと戻ってきていた。

 その手には、何故かトレイの存在があり。

 更に言えば、そのトレイの上の皿や茶碗から温かそうな湯気が上がっていた。


「あら?」


 その光景にアマルベルガは少し面食らう。


「どうしたの?」


 そして、コテツの顔を見つめてみるが、相変わらずの仏頂面で表情から何か感じ取ることはできない。


「空腹なのだろう」


 対するコテツは、そう言ってアマルベルガの隣まで歩いてきた。

 やはり、コテツの手の中にあるのは、空腹時には目の毒ですらある料理たちだ。


「厨房に料理、まだ残ってたの?」


 問うと、コテツは真っ直ぐにアマルベルガを見つめたまま否定する。


「俺が作った。味は期待してくれるな」

「……どうして?」


 思わず呟くと、机にトレイが置かれた。


「君が言ったのだろう。俺が相手なら気を遣わなくていいから楽だと」

「あ」


 確かに、そんなことを言った気がする。コテツはアマルベルガに敬意を払わない。それ故に彼と彼女は対等で、気が楽だと。


「……そうね。うん、そうだわ」


 だからわざわざ作って持ってきたというのだ。


「ありがと、でも……」


 しかし、トレイの上に乗せられた箸を見て呟く。


「私、箸じゃご飯は食べれないのよね」

「……ぬ」


 残念ながら、アマルベルガは箸を扱えない。

 別にこちらの世界に箸が存在しないわけではなく、先代エトランジェの影響で使う人間はいくらかいる。

 しかし、アマルベルガは別段必要と思わなかったし、逆に、公の場においてはオーソドックスなマナーを守らなければならないため実際箸の出番などはほとんど無いから、彼女に箸を使うことはできないのだった。


「ごめんなさい、スプーンとフォークを持ってくるわ」


 そうして、立ち上がろうとするアマルベルガを、やんわりと制止する。


「……いや、仕方あるまい」


 











「……ん、えっと」

「手で摘めるものにすべきだった。すまない」


 コテツの作ってくれた食事は、時間を外していることを気遣ってか、あまり量は多くなく、ちょっとしたものだ。

 だからこそ、箸がないからとスプーンを取りに行くだけの手間は確かに面倒ではあった。

 その結果が。


「器用よね、日本人というのは」


 自在に動くコテツの箸を見つめて、アマルベルガは呟いた。


「何でもスプーンやフォークで食べられる君達の方が器用だと思うが」


 そんなアマルベルガは今。

 コテツに料理を食べさせてもらっていた。


「なんか、恥ずかしいわ……」

「問題ない。ここには俺と君しかいない」

「あなたがいれば十分恥ずかしいんだけど」

「そうか。以後、気を付けよう」


 コテツが作ったのは野菜を煮たものらしい。

 煮込んだおかげで芋類はほくほくで、空腹に染みる。


「和食?」

「いや……、調味料の関係で適当に、だ」


 確かに、メインの味は塩。他にも何か入ってはいるようだが、日本の食事は珍しい調味料を使うと聞く。

 味も、別段良いとは言えない。ただ、どことなく粗野なその味が新鮮ではあった。

 時間も使わず、大した材料もなく、と来ればこんなものだろう。

 それでも、今のアマルベルガにとっては十二分過ぎた。


「料理と呼べるものですらない」

「もしかして、あなたが現場で作るようなものなの?」

「ああ」


 なるほど、確かにわかりやすい。

 アマルベルガの感じた粗野という部分は間違いではなかったということだろう。


(例えば任務で通る山で取れた食材に手持ちの調味料だけで料理すればこんな味になるのかしらね……。らしいといえば、らしいかしら)


 後方に座っているのが役目である以上、ほとんどアマルベルガには縁のないものだ。

 アマルベルガが後方に座って上等な食事をする中、前に立つ人間が食べているもの。


(温かいと士気が上がる、か。馬鹿にならないかもね)


 言い出したのは一体誰だったろうか。

 これから厨房に入ってハムやチーズをそのまま食べようと思っていたから、一手間程度でもありがたい。


「ねえ……、コテツ」


 とりあえず何か言おうと思って、アマルベルガは声を上げた。


「なんだ」


 いつもの顔でコテツは応える。


(あー……、何言おうかしら)


 何か言葉があったわけでもない。

 ただ、何も言わないという選択肢がなかっただけだ。


「えっと……、ありがとう、ごめんなさいね」


 そう言ってアマルベルガは微笑んだ。

 いつもの、王女としての自信のある微笑みではなくて、少し困ったような下手糞な笑み。


「気にするな」

「そう」


 表情をぴくりとも変えないこの男は、本当によくやっている。


「コテツ」


 もう一度呼ぶと、その男はちらりと手元からアマルベルガへと視線を移した。


「ごめんね」

「何に謝っている」


 コテツは随分と変わった。

 こちらに来た当初などとは全然違う。


「あなたのくれるものに対して、渡せるものが少なくて」


 ように、見える。


「十分だろう」


 確かに前ほど無気力ではなくなった。何か探そうとはしている。


「俺がここにいることを、君が許している。それでいい」


 でも、本当にそうなのだろうか。

 探しているとは言う。だがそれは本当に心から欲しているのだろうか。

 アマルベルガに人の心を読むような技術はないから知ることはできないが、コテツの求める物の少なさに不安になる。


「コテツ、それ、ちょっと置いてもらえる?」

「構わないが」


 コテツは素直に机の上にトレイを置いた。

 そのまま、二人、見つめあう。

 そして、そんな彼の頭を――、アマルベルガは抱きしめた。


「……む」


 コテツは抵抗もせずにその場で待機している。


「いきなり、どうした?」


 今、腕の中にあるコテツの表情は、やはりいつもの仏頂面なのだろう。


「せめて……、温もりだけでも私はあなたに伝えられるかしら」


 繋ぎ止めておきたいのは国に有益だから。

 ただ、本当にそれだけだろうか。


(情が移ったかしらね?)


 そう考えてアマルベルガは人知れず溜息を吐いた。


(それとも、情を移して欲しいのかしらね)


 ただ、繋ぎ止めて置かなければ去ってしまう、否、楔を打っておかなければ必要とあらば彼は死んでしまうのではないかとアマルベルガは懸念する。

 きっと迷いもしないだろう。いつものように、表情一つ変えずに戦って死ぬ。


(でも、困るのは確かだわ。私の感情はともかく、ね)


 結局、アマルベルガは自分の答えを出すのを諦めた。

 なんにせよやることは変わらないのだから、感情は後回しでいい。そういうのは、情勢が落ち着いてからだ。

 そんなことを思って、アマルベルガはその両腕を離した。

 そこにはやはり、仏頂面のコテツがいる。


(首輪でも付けて、鎖で引くくらいが丁度いいのかしらね、この人は)


 いっそ、物理的に首輪を付けて手綱を握ってしまおうか。

 それも悪くないかもしれないと、少しだけ考える。

 ただ、些かそれは外聞が悪い。少し楽しそうではあるが。

 ならば、コテツを繋ぎ止めておくものは。


(ねぇコテツ、あなたのこと、しがらみで雁字搦めにしてあげるわ)


 じっとコテツを見つめるアマルベルガに疑問を持ったか、彼は問いを放った。


「どうかしたのか」


 その問いに、微笑んでアマルベルガは答える。


「なんでもないわ」


 そしてトレーをコテツに渡して、食事の続きを催促した。


(死ぬに死ねないくらいね。だから……)


 アマルベルガは、聞こえないよう口の中で呟く。


「覚悟しなさい、コテツ――」


 何年掛かるか知れたものではない。

 労力も、想像も付かない。

 それでも尚、と。

 月夜の晩に心に決めた。






09を書き始めました。

今回のInterruptに関しては後一本か二本と言った所で、09に入ります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ