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異世界エース  作者: 兄二
08,This Satisfaction
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85話 戦いの音





「主砲、回避されました」

「チャージ開始。回避情報を元に照準を修正しろ」


 陸上戦闘艦、ハウンドタイガーの艦橋は、たった一機の機体に集中を注いでいた。

 バウムガルデン伯がどこかから手に入れてきたこの陸上戦艦。

 出自は怪しいが、性能は折り紙つきだ。魔術による巨大な主砲に、各所に取り付けられた計九十七門の迎撃砲塔、

 艦内にSHを二十機ほど格納することもできるし、ホバー移動は速く小回りが利く。

 更に、見たこともないようなシステムで制御されていて、相手の回避の情報を元に回避を予測し砲撃を当てるシステムが付いている。

 これまでこんな兵器は見たことがなかったが、今となってはこれほど心強いものもないと、艦長である神経質そうな中年の男は艦橋から敵機の姿を見ていた。


「照準修正、チャージ完了まで後十秒」


 初撃は外したが、次の射撃は更に正確無比になる。どんなに腕が良くてもやがて避け切れなくなり、いつかは撃墜される。

 敵は、各砲塔による射撃によって近づくこともままならないようだ。

 一撃も当たっていないのは驚嘆に値するが、牽制にしかならなくても十分だ。

 本命が一発でも当たれば、それでいい。


「チャージ完了、撃てます」


 ハウンドタイガーに対し円を描くように機動する機体へ、主砲の砲塔を向ける。


「撃て」

「発射っ」


 そして、再び放たれる光の奔流。


「……どうだ?」


 これで終わっていてくれると助かる。


「敵機、健在!」


 そう考えたが、そう上手くいってはくれないようだった。


「また外しただと!? もう一度チャージだ!」


 まだ当たらずに動き続ける敵機を見ながら彼は叫んだ。


「了解、チャージ開始!」


 だが、そんな最中、艦橋が揺れに襲われる。

 艦長である男は、立った状態で揺れに耐えながら周囲を見た。


「状況を報告しろ!」

「砲塔が二門破壊されました!」

「なに……!?」


 予想外に対し、敵機を注視したおかげで、今度は見る事ができた。

 砲撃を掻い潜り、敵機は接近。そして、手に円錐状の障壁を纏い、まるでそれはランスのように突き出され、砲塔へと突き刺さる。

 一瞬送れて砲塔が爆発すると同時に、揺れが艦橋にも伝わる。


「既に五門目!」


 砲塔の破壊と同時に敵機は距離を取り、周回軌道に戻った。


「チャージ完了!」

「今度は当てろ、撃て」

「発射!」


 三度目の主砲発射。

 今度こそ、と意気込むが、しかし今度は部下の報告を聞くまでもなく、敵機がそれを避けたのを見てしまった。


「何故当たらん!」


 機体が速いのはわかる。如何に巨大で重い機体だろうが、巨大なブースターを付ければ速度は出る。

 だが、代わりに大きければ小回りは殺されるはずだ。慣性が強く働いて上手く曲がれず、主砲の回避予測に引っかかるはずなのだ。

 だが、避けられる。

 それを支えているのは、障壁だ。

 要所要所で、障壁で足場を作り、急カーブなどのコース代わりにして強引に軌道を変えているのだ。

 それが、上手く回避予測を外してくる。


『見切ってる?』

『ああいったものは操作をシステムに依存しているものだ。そのために、機械らしいクセがある』


 あえて相手はその言葉を伝えてきている。こちらを焦らせるために。

 ではマニュアル制御に切り替えるか。否だ。訓練が足りない。マニュアルに変えたほうがもっと当たるまい。

 そもそも、この世界に戦艦などというものは極めて稀少だ。戦艦対SHの戦闘のノウハウなどあるはずもない。


(他の部隊を呼び戻すか……? いや、どう考えても同士討ちになるだけだ)


 離れて姿勢を低くし固唾を呑んで見守る他部隊を見て艦長は自分の失敗を呪った。


(連携を訓練しておくべきだった。過信していたか……!)


 どこで造られどこから手に入れたのか。まったく出所不明のオーバースペックな兵器。

 世界的にも余り類を見ない兵器に、大抵の相手であれば簡単に倒せると過信していた。

 しかも、対SH戦闘にこちらはまったく慣れていないというのにも関わらず。

 相手は間違いなく、対艦戦に慣れている。


(何故だ。戦艦など、国が一つ保有するくらいの……!)


 戦艦と言えば各国が一つだけ保有する特別な兵器だ。しかも強力な代わりに稼動に国家予算レベルで資金を費やすため、国の危急にしか使われない。

 その相手に慣れているなどありえないはずだ。

 だが、相手は確かに国の保有する戦艦よりは大きく劣るとは言え、戦力として十分すぎるハウンドタイガーと互角に、いや、それ以上に渡り合い手玉に取っている。


(奴は何だ……!)


 得体が知れない。

 そう思った瞬間、ぞくりと背筋が震えて、頭を振って艦長はその考えを打ち消した。

 何が相手だろうが、果たす職務は一つだ。敵を倒し、領内の安全を確保する。

 そう考え、彼は敵機の姿を睨み付けた。


「チャージ完了!!」

「撃て!!」


 そして、チャージ終了と同時に放たれる光。

 だが当たらない。

 上手く重なると思われた瞬間、障壁が真上へのコースを指し示し、それを滑るようにして敵機は当たる寸前で横への移動を停止したのだ。


「チャージ!」

「チャージ始めます!!」


 副砲はまったく役に立たない。

 いや、牽制としては役に立っているが、ダメージは一切与えられていない。つまり、主砲で撃ち抜くしかないのだ。


(最悪持久戦に持ち込めば勝てる。エネルギーの量はこちらが圧倒的に勝っているはず……!)


 相手がアルトだと思いもよらない艦長はそう判断を下し、じっくりと戦うことを決めた。

 日和ったとも言えるが、下手に冒険するよりは安全に確実にやったほうがいい。

 はずだったの、だが。


『ふむ、読めてきた。次の主砲と同時に攻勢に移る』


 その声が響き、艦橋の温度が二度は下がった気がした。まるで、首元に冷たい刃を押し当てられた感覚。

 死刑宣告にも似た宣言。背筋が凍る。次の砲撃は外せない。


「チャージ完了」


 そこに、些か緊張の走った言葉が響く。


「外すなよっ!」


 敵は正面。合わせられる照準。相も変わらず周囲を回り続ける敵機に二つのマーカーが重なり合うように動き続け。

 その二つのマーカーは少しずつ近づいていき。

 重なる瞬間、誰もが息を呑んだ。


「撃ちます!!」


 主砲、発射。

 敵機は、避け、――ていない!

 敵機が、光に飲み込まれる。


「……勝った」


 思わず呟いた言葉。

 力が抜けそうになる。艦橋の人員が、喝采を上げそうになる。

 だが。


「待ってください! 敵機反応あり!!」

「なんだ! どういうことだ!!」

「し、下です! 主砲の攻撃範囲の下すれすれを潜るようにして……!!」


 健在。一切の無傷。地面すれすれに、姿勢を低くそれは迫ってくる。


『別に障壁を張ればよかったのに』

『無駄は省いていく』


 どうしてだ、と彼は考える。通常であれば、主砲の砲撃の下に通れるスペースなどないはずだ。

 だが、敵はそれを潜ってきた。それでも避けたというのは。

 不意に、思い当たる。


「まさか、回避予測……」


 回避予測を逆手に取られ、照準をコントロールされた。回避予測によって、上に砲撃位置をずらされたのだ。


「チャージ!」


 だが、原因はいい。では何が問題かと言えば、主砲を目くらましにされたことだ。

 既に敵は近い。しかも、敵が、真正面から迫っているのだ。正面付近には、巨大な主砲があるためにどうしても砲塔が少ない。


『チャージなどさせるものか』

「全速後退! 回頭急げッ!!」


 迫る敵機はまるで砲弾。

 逃げ切れない、そう思った瞬間には、敵機は砲塔の中へと飛び込んでいた。

 次の瞬間、大きな衝撃が艦橋を貫く。


「主砲、破壊!!」

「中で障壁を炸裂させたというのか……!!」


 巨大な砲塔が圧し折れ、地面に落ちていくのが見えた。


「砲塔で奴を牽制しろ! とにかく動いて奴を振り落とせ!」

「ダメです、効果ありません!!」


 主砲のあった部分、それは副砲の死角となる。弾幕の密度は格段に低い。

 そして、乱暴に動いた程度で振り落とせるほどそれは甘くなかった。


『では終わりだ』


 敵機の周囲に、地面と水平に障壁が数枚現れる。

 それが回転を始め、速度を少しずつ上げ始めたとき、これが断頭台に立った時の心境かと悟る。

 艦橋の人員も、それが起こした結果を既に見ていた。

 艦橋の人間は知る由もなかったが、最新鋭の兵器と、SHの祖である最古と言えるアルトの戦いは、奇しくも最新と最古の戦いとなった。

 その勝負の行方を決めたのは、一体なんだったのか。


「総員退艦。アレに乗ってるのはきっと人ではない。化け物の類だ――」


















 この時ほど、自分が字を読めることに感謝したことはない。

 村長の娘ということで字が読めたサラに対抗して覚えたものだったが、意外な所で役に立つものだ。

 とにかく、部屋中の紙をひっくり返し、怪しいものを探す。


「でもポーラ、本当にそんな証拠なんて残しておくの?」

「私も冒険者の二人に聞いてだからよく理解してないけど、人には見せられないけど、自分は確認できないと困るらしいわよ」


 この部屋にあるかはともかく、そういった取引の記録は残っているはずだ。

 証拠など隠滅してしまえばいいと思うかもしれないが、残さないわけには行かないのだ。

 帳簿は国に提出するためのものではなく、経営に必要なものなのだ。

 金の出入りを把握し、どのような取引が行なわれたか記録し、貸しやツケなどを覚えておくためのもの。それら全てを把握し覚えておけるなら別にいいが、大きくなるにつれ複雑化していく金の流れを覚えるのは不可能に等しい。

 それらがあやふやになれば、碌な利益が上がらない。金を貸しても、その記録がなければ取り立てできない。もしかしたら、雇った従業員が金を着服しているかもしれない。ツケで物を売っても、記録がなければ踏み倒されるかもしれない。

 だから、本当の帳簿は必ず保管されている。


「でも、どうしてあの人たちここまでしてくれるの?」

「知らないわよ。あの仏頂面何考えてんだかわからないもの。二人ともよ」

「……大丈夫なの?」

「今のこの状況だけでも十分じゃない? それに多分、あれはそういう裏切りとは無縁のタイプね」


 喋りながら手を動かすが、そう簡単にそれらしきものは見つかってくれなかった。


「あとどれくらい持つかしらね」


 まだ、戦闘の音は激しく響いている。


「派手にやってくれてるみたいだけど、もしかしたら囮かもって思われたら危ないわ」


 ここまで屋敷中が大騒ぎということは、かなり上手くやっているのだろう。

 腕がいいのだろうとは思っていたが、正直予想以上だ。


「つまり、今の所はあの冒険者さんがそれを考えさせないほど大暴れしてるってこと?」

「そうよ。多分」


 だがもう、何もかも今更で、ポーラはもう己の成すべきことを成すしかない。

 とにかく、見つけるしかない。


「ちなみに、戦闘の音が止んだらサラは急いで逃げて。大変かもしれないけど、外にさえ出られれば、多分サラ一人追いかけてる場合じゃないと思うから」

「……ポーラは?」

「私? やることがあるから、もうちょっとだけここにいるわ」


 時間切れとなれば、彼女は単身領主を殺しに行くつもりだった。

 屋敷の混乱の中逃げ惑っていたメイドとして油断させて、至近距離で撃つ。

 後のことは、考えない。

 ただ、できればやはり、見つかって欲しい、と祈りを込めて部屋を見渡したとき。

 一つ、予想外のことが起こる。

 がちゃり、と。扉の取っ手を下ろす音が響いたのだ。

 心臓が嫌な音を立てる。半分パニックになりながらも、ポーラは何とかメイド服のポケットに入っていた拳銃を取り出した。


「……サラは続けて。私がどうにかする」


 入ってきたのは知っている顔だ。昔、村の視察と言ってどれだけ搾り取れるかの品定めに来たことがある。

 そんな男が、入るなり面食らった顔でポーラとサラを見つめていた。


「な、き、貴様ら!!」

「動かないで」


 彼女にとって不幸だったのは、心配になった臆病者のバウムガルデン伯が寝室の様子を見に来てしまったこと。

 彼女にとって幸いだったのは、バウムガルデン伯が部下さえ信用しきれず、しかし、陸上戦艦を始めとした警備の戦力には安心していたため、護衛も連れず単身で現れたことだった。


「く、警備は何をやっていた……! 簡単に浮き足立ちおって……!!」

「協力者曰く、数は多いけど訓練が足りてないらしいわよ。あんたんとこの兵士。なにせ、慌ててるからって、メイド服着てるだけで通してくれたわ」

「ぬぅっ……!!」


 ポーラは銃を突きつけたまま伯爵を引きずり込み、扉を閉めた。


「でも探す手間が省けて助かったわよ。あと、大きな声とか、人を呼んだりとかしたら殺すからね」

「っ……、貴様、一体何が目的だ」


 単なる平民に脅される屈辱からか、彼は顔を赤くして震えている。


「目的を話して逃げ帰るなら今なら許してやるぞ……!」

「許しを乞うのはあんたでしょ」


 ふてぶてしい態度にポーラは憤りを覚えた。拳銃を握る手に力が篭り、バウムガルデン伯の額を擦る。

 すると、ポーラの怒気を感じ取ったか、身の危険を感じて彼はその態度を変えた。


「や、やめろ。何が目的なんだ、金か? 金だったら、くれてやる」

「違うわよ。そんなことより、あんたんとこの帳簿……、裏帳簿って言うのかしら。どこにあるか教えてくれないかしらね」


 もちろん素直に教えてくれると思ってはいないが、極度の緊張を誤魔化すための会話を、ポーラは選ぶ。

 だが、その言葉にバウムガルデン伯は驚いた顔をして思わずと言った様子で小さく呟く。


「やはり帳簿が狙いか……!」


 そして、呟いた直後にはっとして、彼は誤魔化すように声を上げた。


「ちょ、帳簿はこの部屋にはない。私の執務室に――」

「――嘘吐き」


 だが、ポーラがそれを遮る。


「あんたは何が心配で戻ってきたの? 護衛も連れないでさ。私達を、この部屋から出したいようにしか聞こえないわよ」

「っ……! 何故だ。何故貴様はこのようなことを……!!」

「……何故?」


 まるで、心当たりがないというような、いや、実際心当たりがないのだろうバウムガルデン伯の言葉に、更なる怒気をポーラは覚える。


「あんたが連れて行ったんでしょ? サラを。そして、あんたが殺したんでしょうが、私の弟を」


 搾り出すように彼女は言った。今まで溜めてきた万感の思いを込めて、叩きつけたかった言葉を。

 だが、その言葉はバウムガルデン伯の心に届くことはなかった。


「な、何が悪いっ! 貴様ら平民の命をどう使おうが私の自由だろうっ、私は貴族だぞ。選ばれた特別な人間なんだ。私にその身を捧げられてその弟も実に幸せだっただろうよ!」

「――あんた」


 反省どころか、後悔すら感じ取れない。むしろこれを理不尽な仕打ちと憤る。

 その姿に、纏わりつくような怒りが、粘つくような殺意が湧き上がる。

 頭の芯が熱くなって、まるで焼けた鉄の棒を刺し込まれたようだった。

 奥歯を噛み締める。

 引き金を、引いてしまえば楽になれるのだろうか。

 もっと、安易に、簡潔に、楽な道を。

 力の篭る指先。

 引き金の遊びの部分を引ききって、あと少しで、弾丸はバウムガルデン伯の額を穿つ。

 本当に、ほんの少しでいい。

 心臓の音がうるさい。撃ってしまえと誰かが言った気がした。

 だが、そんな中、不意に外から轟音が届いて、


「……あ」


 ポーラはその指先から、力を抜いた。


(まだ、戦ってる。あいつはまだやってる)


 殺すのは、最良じゃない。その場は満足して、すっきりするだろうが、きっとそれまでだ。

 殺しただけじゃダメなのだ。


「私が選んだのは――」


 ポーラがここで殺しても、賊に貴族が殺されただけに過ぎない。ただ、それだけに過ぎないのだ。


「こんなちっぽけな復讐じゃない」


 コテツは、まだ戦っている。自分が最良の結果を諦めてしまうには、まだ早い。


「私がぶん投げてどうすんのよ」


 殺すのは、本当にダメだった時だ。その時までは、待つ。

 それまで帳簿を探していたサラが声を上げたのは、ポーラがそう心に決めた時だった。


「ポーラ!」


 サラは、ポーラの元へと駆け寄ってくる。


「これ、もしかして……」

「ええ、そうよ。引き出しが、二重底になってたの」

「これで――!」


 紐で纏められた紙の束。

 これで、終わる。


「そ、それで勝ったつもりか! それを国に提出するというのか? これだから馬鹿な平民は!」


 だが、それを持ったポーラをバウムガルデン伯は笑う。


「貴様らのような者が何を言ったとして、信じると思うか!? 伯爵であるこの私と貴様の言葉、国はどちらを信じる!」

「だったら、このまま行かせればいいじゃない。信じてくれないなら、放っておいても構わないわよね」


 対するポーラは冷静だった。

 これは虚勢だ。そう考えると、いっそ滑稽ですらある。


「私は」


 ポーラはそのバウムガルデン伯へと言った。


「あんたの罪を白日の下に晒す。どうせなら派手に教えてやるわよ、皆に。あんたの罪も。領主は絶対不可侵の神じゃないってことも!」


 それが、彼女の復讐。

 弟に、誇れるように。村の皆に胸を張れるように。

 殺すだけじゃ物足りない。

 生かしてやるのだ。ただしのうのうとは生きさせない。全てを明らかにし、罪を罰に変えてやるのだ。

 教えてやるのだ、領主だって人間で、勝とうと思えばきっと勝てると。

 ただの村人が変えるのだ。周りを取り巻く環境を、何もかも。

 それが、ただの村人だったから貴族に踏みにじられたポーラの復讐。


「くそ、くそ……! 生きてこの領を出れると思うなよ! 王都に提出されなければいいだけの話だ!!」

「死んでも届けてやるわよ、これだけはね」

「運が良かっただけの小娘にっ! これは貴様の実力じゃない! 外の奴が強かっただけだ!! それに寄生して何かを成そうなどとは片腹痛いわ!」

「知ってるわよ! 私だけじゃ何もできないことも、この状況がどれだけ奇跡的かもねっ。だから、もう二度と来ないだろう今日を勝たなきゃいけないのよ! チャンスが来ても迷って逃すよりずっといい!!」


 そして遂に、バウムガルデン伯は逆上し、銃を突きつけられた状況にも関わらず懐に手を入れ、自分の銃を取り出した。

 それを即座に反応できなかった、命は取らないにせよ手足を撃って動きを止めるなり、取り押さえるなりをすることができなかったことについては素人であるポーラを責める訳にもいかないだろう。


「動くなよ! 動くんじゃないぞ!! それを渡せ! いいな!」


 また、ポーラに撃つ気がないことも、バウムガルデン伯の行動を助長させる。

 向け合う銃。

 ポーラは、覚悟を決めた。

 三歩、後ろに下がり、サラに近づく。


「動くなと言った!」

「……アレ、多分弾一個しかないから。私が撃たれたらサラが届けて」


 伯爵の取り出した拳銃は小さく、明らかに単発式だと分かるもの。

 サラは、覚悟を決めたように頷いた。


「わかった」

「ごめんね。ほんとは無事に帰すつもりだったんだけど」

「いいよ、ポーラ。どうせ、放っておいたらその人の慰み者だもの。せっかくだから、私だって勝ちたいしね」


 そう言って、彼女は笑う。


「撃つぞ!」

「頼んだわよ、気を付けて!」


 いよいよ、引き金が引かれる寸前。


「無事を祈るわ! 絶対届けて!!」


 偶然に偶然を重ねて繋がってきた命もここまでかと。

 そう思われたとき。

 眼前へと薄緑の壁が現れて。


『その心配は必要ない』


 その声が聞こえてきた。


(そういや、助けられたのはこれで三度目よね)


 いつの間にか、外の戦闘の音は止まっていた。








残り一本です。

明日で決着付きます。

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