84話 Your life
「……広いわねっ!」
無駄に広い屋敷の中を、スカートを翻しながらポーラは駆ける。
表はコテツが暴れて注意を逸らしている。
その間にポーラは決定打を討たなければならない。
あまり有利な状況とは言えないがしかし、元が元だけに彼女にしてみれば格段に確率は上昇したと言える。
「コテツとソフィアには感謝しないと……」
外で暴れて囮をしているコテツ達。
それに、今彼女が屋敷内を走り回ることができるのは、ソフィアの渡してくれた給仕服のおかげだ。
メイドの姿をしておけば、屋敷の中で少し見つかった程度で咎められることはない。裏口から入るときも、逆に兵士の方が早く入れと急かしてくるほどだ。
デザイン上の差異はあるが、今屋敷の中は盆をひっくり返したような大騒ぎでメイド一人の服装や動きにまで細かく目を配れるような状況ではない。
(でもメイド服って、実はいいとこの人間なのかしら……。っていうか、メイド服って持ち歩くもんなの? 実はソフィアがメイドだったり……、でも態度的にはご主人様とメイドには見えないから、実はコテツはどっかの騎士でソフィアはそこのメイドとか?)
実際は、今回のコテツ達の荷物の多くはこの旅のために用意されたものではなく、今後そういった依頼に柔軟に対応するためにあざみの方に格納されていた、コテツのバルディッシュを始めとした荷物をソフィアへと譲渡しただけのものであり。
ベースはアンソレイエの式典に訪問したときのものであるため、リーゼロッテの服の換えも用意されていたのだ。
それを、もしかしたらコテツはメイドが好きかも知れないと勘繰ったソフィアがこれ幸いと持ってきたものなのだが、ポーラには知る由もない。
そんなことよりも、だ。
「問題は、アレがどこにあるのか……!」
今の彼女の目的の一つは、幼馴染のサラを連れて帰ること。
だが、それだけではない。
「アレが見つかればよし、見つからなかった場合は……」
すべてが上手く行くと思えるほど、彼女は状況を楽観していない。
むしろ今この時が奇跡的とも言える。本来ならば玉砕に近い状況だったはずが、今尚、彼女は自由に動き回れてすらいる。
故に、最低条件はサラを連れ帰ること。それ以上の目的が困難だと思った場合は迷いなくサラを連れて帰る。
「焦っても仕方ない、とにかくサラね」
片端から扉を開けて室内を確認する。
それでも中々サラは見当たらず、外での戦闘の音が響き、コテツ達がまだ戦闘しているのだと知って焦りは募る。
『危なくなったらすぐ逃げていいわよ。……いや、逃げて。っていうか、逃げるわよね、言わなくても』
戦闘前にそう言った彼女へとコテツは言った。
『問題ない』
果たして、何故ポーラにここまでしてくれるのかは分からない。だが、その行動には報いなければならないだろう。
「サラ……!!」
そして、廊下の端の扉、その廊下に面する最後の部屋に続くその扉を開けたその時。
「ポーラ!?」
豪奢の部屋の中に、所在無げに幼馴染は立っていた。
着衣の乱れも見られないことに、ポーラは少しだけ顔を綻ばせた。
「サラ! 良かった、無事!?」
「え、ええ。私は無事だけど、どうして?」
「話は後にして。外で協力してくれた人が今も戦ってるの」
「協力って、まさかあの……」
「ええ、冒険者よ。とにかくアイツのためにも早くやることやらなきゃ」
「やることって?」
サラの手を引きながら、ポーラは手短に説明する。
「伯爵の取引記録でも帳簿でもなんでもいいわ。そういう書類を見つけられたらベストね」
領民であれば、大抵の人間は知っていることだろう。
バウムガルデン伯が国からの金を横領して怪しげなところと取引して更なる金を得ていることは。
なにせ、国から降りる街道整備などのための予算の恩恵を、領民は受けたことがないのだ。
そして、王都からの監察官に金を握らせているという話もある。
とどめに、横領した金を使って武器を買い、別の領の街に流しているという噂。
まず、間違いなく黒だ。叩けば出る埃は幾らでもある。
それでもこれまで許されてきたのは領民が領主には勝てないと諦めてきたからだ。
言わなければ、届けようとしなければ、王都の耳には入らない。だが、報復を恐れて今まで村の皆は口を噤んできた。
他の村だって、そうなのだろう。
だがポーラは喧嘩を売った。勝ちたいと思ったのだ。
そのためには、ここでじっとしている訳には行かない。
「待って!」
そうして、部屋から出ようとしたとき、サラがポーラを引き止めた。
「なに、急いでるから……!」
「そうじゃないの。ここがアイツの寝室なんだけど、余計なものには触れるなって言われてたの! ポーラ達が来て伯爵が慌ててどこかいかないと行けなくなったときも、ベッドの上から絶対に動くなって」
「……じゃあ、もしかして」
「私が見た伯爵は凄く臆病で小心者な人だったわ」
「でも、なのに女は入れるの?」
「逆に、寝てて無防備な時とか楽しんでる時ほど目の届く場所にないと不安なんだと思う。それに、私なんかに見つかっても殺せばすぐ終わりだしね」
「じゃあ、ここに……!」
すぐさま、ポーラは机の引き出しを乱暴に開け、そこら中のものをひっくり返しはじめた。
それに倣って、サラもまた、探し物を始める。
「でも、ねぇ、ポーラ」
「なによ」
「私達、勝てるの……? 領主になんて」
ここまでしている領主が野放しなのは、自分たちが諦めたからだ。
骨の髄まで負け犬根性が染み付いているからだ。
だからこそ。
「……勝てるわよ」
いい加減ここらで勝ちを拾わなければならない。
勝てると証明しなければならないのだろう。
「だって……、領主もただの人間だもの。例え巨大な権力を持ってたって、あれは神でも化け物でもないのよ」
彼女だからこそ知っている。ポーラだからこそ分かる。
訓練を積んだ、勝てないと思っていた兵士だって死を前にすれば命乞いをする。
それは、殴られれば痛いし、撃たれれば死ぬ、それだけの人間の証明だった。
「どんなにいいことしても、悪いことをしても、領主だって、兵士だって、私達だって……、死ねばただの死体になるのよ――」
やっとのことで、敵が大勢駆けつけてきた。
「ふむ、数は悠に百を超えているようだが」
「一伯爵の戦力としては異常」
「そうか」
敷地が随分と広いわけだとコテツは妙な納得をした。
(時間稼ぎをするには好都合だが)
あまりに早く全滅させても困る。ある意味、その数は安心できる。
だが、あまり余裕を持たせるわけにもいかない。
ほどほどに、目を釘付けにしておかなければならないのだ。
「無理はしないで」
「君とはもっと多い魔物を相手にしただろう」
「でも、あの時とは、違うから」
心配されている、とコテツはソフィアの声音から読み取った。
確かに、あの時はシュタルクシルトのパイロットだったという訳でもない。
彼女にとっては死のうが死ぬまいがどうでも良かったのかもしれない。
(怖いのか)
だが、今は正式パイロットだ。正式パイロットになってしまったのだ。深い関わりになるし、これからも関わっていく。
それを失うことを、ソフィアは恐れている。
コテツは、そんなソフィアへと、呟いた。
エースとしての役割、味方の鼓舞。コテツは、味方を勢いづけるような威勢のいい言葉が自分には似合わないことを分かっている。
自分が声を張り上げても無駄なことを知っていた。
だからこそ、いつの日も、いつものように、どんな時も変わらず、低く、冷たく、固く、鋼のように、言い続けた。
「問題ない」
たとえ幾千の敵を相手にしても、変わらずあり続けることが。
「俺はコクピットの外で死ぬつもりはない」
コテツの役割だ。
「そして、コクピットの中でなら、誰にも負ける気はしない」
先走ったか、敵の一機が突出して突撃してくる。
突き出される槍、シュタルクシルトへと迫る穂先。
「……ん」
短いソフィアの頷きを耳にしながら、槍をコテツは握り取る。
突き刺さる前に止められた槍はびくともしない。
「行くぞ」
言って、コテツはシュタルクシルトを操作した。
槍を握る手を引き、前へ倒れ掛かった敵に蹴りを。
弾き飛ばされる敵には目もくれず、悠然と歩く。
『……やばい、数で圧倒してるはずなのに有利な気がしない』
誰かが、呟いた。
百を越える敵に囲まれたにも関わらずその動きには淀みなく、そして走りすらしない光景。
そして、前に出ていた一兵卒には剣や槍以外の武器はなく、魔術も使えない。
つまり、遠距離の攻撃手段がなかったのが災いした。
牽制することもできずに、思わず、隊列の中にシュタルクシルトを引き込んでしまった。
「障壁展開」
ソフィアが言うと同時に機体を包むような球状の障壁。
「炸裂」
そして、コテツが宣言すると共に、障壁が輝き、膨張、破裂した。
二千を越える魔物を障壁の膨張で吹き飛ばした時に比べれば些か小さな規模だが、瞬発的に与える破壊力は十分だった。
光に飲まれ吹き飛ばされ、敵の波の中、シュタルクシルトの周囲にぽっかりと穴が空く。
「ふむ」
それを皮切りに、戦闘と呼べる状況が開始した――。
『隊列を組み直せ! 囲んで槍を突き立てろ!!』
怒号が響き、どうにか動き出す敵機。
空いた穴を埋めるように、シュタルクシルトを囲んで距離を詰めていく。
対するコテツは、待ってやるような真似はしなかった。
迷いもなく前へと走る。
『っ、やれ!』
掛け声と同時に突き出される槍。幾本もの槍が突き出される光景はまるで森か竹薮か。
シュタルクシルトは止まらない。
その周囲に、幾つか細かな障壁が現れる。
突き刺さる槍の穂先にだけ合わせる様に、そして、それを受け止めることはせず、受け流すようにして。
まるで、擦り抜けたようにそれは映っただろう。
『来たっ!』
至近距離、シュタルクシルトは両腕を引き絞る。その手元に浮かび上がる二枚の障壁。
突き出すと同時に、障壁が手近な二機へと突き刺さる。
『二機撃墜された! 前面の層を厚く! 後ろにいる奴は一気に攻めろ!!』
次は、背後からの槍。
対する行動は跳躍。飛び上がりながら、宙返りして下を確認。
そして、敵の波に再び飲まれる直前に空中で敵機一機の顔面に向けて蹴りを一発。
『うわっ!』
くるりと器用に空中で一回転して別の一気にもう一発。
着地。足払い。
一回転すると同時に、バランスを崩した周囲の機体へ円錐型の障壁を出現させ、回避行動させる間もなく突き立てる。
『なんでこんな数の中で自由に動けるんだ。これじゃ数が逆効果だ……!!』
シュタルクシルトは敵機の群れの中に立つことで相手に距離を取らせることも許さない。
「ソフィア」
「なに?」
コテツは、地面と水平に数枚の障壁を張る。様々な大きさの六角形を繋げて作った剣のようにも見えるそれは丁度シュタルクシルトを囲んで円を描くように配置されていた。
シュタルクシルトの背に青い光が灯り、マントが舞う。
「いい機体だ」
「……ありがとう」
そして、一際大きく炎が弾けると同時に一気にトップスピードへ。ブースターの推力でシュタルクシルトが地面を滑る。
同時に、張っていた障壁が高速でシュタルクシルトの周囲を回転し始めた――。
『なんで俺たちはあんなのに喧嘩売られてんだよ!』
それは竜巻であり、嵐であった。
機体の周囲を回転する障壁が敵機を切り刻んで行く。
通った後には残骸しか残さない。
『っ、アレの出撃を急げ! 他は時間稼ぎに切り替え!!』
縦横無尽に動き回れば、まるで線を描いたかのようにごっそりと敵機の反応が消えていく。
『……あれを止めろと?』
障壁の回転が停止し、周囲へ霧散。シュタルクシルトが立ち止まったその時には、実に半数以上の被害が出ていた。
「半端に戦場をうろつく位なら、撤退すべきだな」
『くそ、お前は一体何の目的でこんなことをしているんだ』
「君達の雇い主のことは君達が一番知っているだろう」
立ち止まった先で、手に剣代わりの障壁を出し、敵機を次々切り伏せながら、コテツは言う。
兵士の一人が、苦い顔をした。
『耳が痛い。だが、こちらも仕事なんだよ!』
「知ったことではないな。興味も無い」
その程度の言葉で容赦が生まれるはずもない。
淡々と、敵は数を減らしていく。
『隊長、出撃準備完了しました!』
『よし出せ!! 各機、巻き込まれるなよ!』
そんな中、戦場に動きが現れる。
まず最初に起きたのは地響きだ。地震のようなそれが地面を揺らす。
「……巨大な熱源が接近」
「巨大兵器の投入か」
次に現れたのは、巨大な影。
SHの中では大きいほうに位置するシュタルクシルトが可愛く見える大きさ。
コテツの知識の中から、それに似たものを上げるとすれば、地上戦艦だ。
一つの巨大な箱の四隅に、更なる箱を取り付けたようなデザイン。
各所には砲塔が搭載されている。
「エトランジェとしては介入するべきではないと思っていたが……、そうも言ってられるか怪しくなってきたな」
一伯爵が持つにはあまりに過ぎた戦力だろう。
少々状況が想定とは異なってきていた。
意外とこれは、急を要する案件なのかもしれない。
「エネルギー、収束確認。防御、ないしは回避行動を」
どうしたものかと考えた所で、前方に取り付けられた巨大な砲塔が光を帯びる。
そして、収束していく光が、あるタイミングで解き放たれた。
シュタルクシルトは即座に真横に飛び退く。一瞬遅れて過ぎ去る光の柱。
それは簡単にシュタルクシルト全体を包み込むような太さ。
果たしてそれが、光の収束によるものか、それとも粒子砲の類か、あるいは魔術なのかは分からないが、かなりの威力を誇るのは分かった。
「あれの直撃は危険」
「障壁を張った場合は?」
「……大丈夫」
背後に座るソフィアは、まるでコテツを真似たように呟いた。
「問題ない」
「そうか」
再びシュタルクシルトの背に灯る青い炎。
今一度、ブースターが煌いた。
後二話で今回は終了です。
次回は対陸上戦艦戦。明日更新予定です。




