7話 量り謀り
鉄のヒトが、飛ぶ、跳ねる。
剣で打ち合う。
「鈍いぞコテツ!」
荒野で、二機のSHが戦闘を繰り広げていた。
戦況は誰がどう見てもわかる。
シャルロッテの操るSHが優勢だ。
コテツのアインスは受けに回り続け、攻める空気を見せない。
シャルロッテは、手に持つブロードソードで鍔迫り合いをしながら、シャルロッテは声を上げた。
「どうしたコテツ、本気を出せ!」
『本気だ。可能な限りのな』
「確かに、お前の活躍を疑っている者は多い。だが、私はあの戦場で空を駆けるお前を見た。そして、あざみがお前を気に入っていることは、お前が只者ではない証明になる」
さすがに、全ての訓練にアルトを回せるわけではない。
アルトとエーポスとの関係に慣れておくのは、操縦士としての重要な課題といえど、ずっと死蔵されてきたに等しいディステルガイストが戦闘訓練、などというのは前代未聞過ぎるのだ。
手続きや周囲の慣れが出るまではやはり間に合わせの機体に乗せるしかない。
「だとすれば、こんなものではないはずだろう! コテツ!」
シャルロッテは叫ぶが、コテツの動きに変化はなかった。
相も変わらず後手に回り続けている。
ただひたすら受けに徹し、切り返す気配を見せない。
「それとも、私では不足か!?」
『……』
シャルロッテの叫ぶような声に返事は無く。
声は返ってこないが、呆れたような空気が帰ってきたのは、シャルロッテにもわかった。
「やる気を出せ!!」
『と、言われても、な』
「何が悪いのだ!」
やはり私では満足できないというのか。
シャルロッテは、口の中だけで悔しげにそう呟いた。
『お互い様だろう』
「何がだ!」
『ここを狙っていない以上は』
そう言って、コテツが自分の機体の親指で差したのは、コクピットだ。
だが、当然である。いくら刃引きされたブロードソードであっても、当たり所が悪ければたちどころに死んでしまう。
訓練とは、相手を殺すのが目的ではない。
(しかし……!)
シャルロッテは、連動型操縦桿を思い切り引き絞った。
連動型操縦桿。コクピット左右上部に付いている、ワイヤー付きの操縦桿だ。
握力に反応して手を握り、腕を振ればその通りに機体の腕が動く。
そして、その連動型操縦桿を、シャルロッテは前に突き出した。
「ならばお望みどおりにしてやる!!」
瞬間、無駄のない高速の突きが繰り出される。
相手が、それなりのパイロットであれば、何かアクションを起こすはずだ。
しかし。
コテツは、動かなかった。
ぴたりと止まる刃。
(反応すらできなかった? ……いや、見抜かれていた!?)
反応しきれないにせよ、微動だにしないのはおかしい。
動揺すら見て取れないのは、寸止めにすることを見抜いていたからか、とシャルロッテは生唾を飲み込んだ。
(だったら……!!)
ここで、シャルロッテは一つの覚悟を決めた。
(私はこの国のためにこの男を見極めなければならない……。この程度で死ぬのなら、この先もどうしようもない――!)
更に、腕を。
突き出す。
『!!』
刺されば、コクピットを貫くコースだった。
コテツが息を呑む音が聞こえた気すらする。
(本物なら、かわしきれないまでもコクピットくらいは逸らせるはず!!)
と、その時。
耳に響いたのは鉄がかち合う硬質な音。
装甲が刃を弾いたのか?
「は……」
否。
弾かれたのは、シャルロッテのブロードソードだ。
固まるシャルロッテの背後の大地に、その切っ先が突き刺さる。
一瞬にして、コテツの刃によってブロードソードは弾き飛ばされていた。
あの、一瞬で。
思わず――、シャルロッテに笑いがこみ上げる。
「ははははは! やるじゃないか、コテツ!!」
『狙い通り、か? 悪趣味だ』
「さあ、今日の訓練はここまでにしよう」
『いいのか?』
「ああ。満足だ」
シャルロッテは笑って、頷く。
本気の一端を知ることができた。
彼女としては、今のところはそれで満足だった。
もしも、王女もエーポスすらも騙しきる、実力は全く無い詐欺師ならば、例え己がどうなろうとシャルロッテは排除しなければならない。
逆に、本物であるならば、何の問題もない。
そして、コテツは本物だった。それだけだ。
(これでこの国も一息つける。一つの峠は越えたと言っていいだろう)
溜息を吐きながら、シャルロッテはコンソールを操作し、ハッチを開いた。
コクピットハッチを開けば、太陽の光と共に清涼な空気が飛び込んでくる。
コクピット内には空調があり、内部の空気は整っているのだが、空調が効きすぎているばかりに、いささか作り物のような空気がある。
その空気が、シャルロッテには嫌いだった。
「とは言っても、贅沢な悩みか」
そう、シャルロッテは一人ごちる。
SHに空調が取り付けられたのは、さほど昔の話ではない。
軍人の乗る兵器というものに関して、人間のために予算は下りない。
この空調だって、電子機器の冷却のために、という名目で取り付けられたものだ。しかも、一部の指揮官機のみに搭載されている。
シャルロッテも昔は、空調の付いた民間の冒険者のSHを見て羨んだものだ。
それに、コテツのアインスには空調が付いていないのだ。訓練生の間からそういった快適な環境に身を置くとろくなことにならないという結果である。
だから、やっぱり贅沢な悩みだ。
「……ふぅ。少し暑いな」
シャルロッテは、片膝立ちになった機体の装甲を伝って地に降り立った。
夏が近づいて来て、気温は徐々に上がり始めている。
この国は季節による寒暖差がほとんどないのだが、それでも上がる時は上がる。
と、そこで、彼女はコテツのアインスを見た。
丁度コテツは、コクピットから出て地に降り立ったところだった。
それに駆け寄る人影が二つ。
「ご主人様ー! タオ――」
「コテツさん、タオルです」
出遅れたあざみと、普通にタオルを渡しに行ったリーゼロッテ。
「……出遅れました」
当然といえば当然か。リーゼロッテはエトランジェ付きのメイドなのだから。
「ああ、ありがとう」
無表情でコテツは返し、タオルを受け取るが、シャルロッテの視界には、汗一つかいているようには見受けられなかった。
(底知れんな……)
結局、今回は実力の一端を引き出しただけに過ぎない。
只者ではないということがわかっただけで、詳しいことは何も、だ。
前回の戦闘はまったく参考にならない。そもそもアルトとパイロットがまともに稼動した、というのがこの国では珍事だ。
どこまでがエーポスと機体性能の力で、どこからがパイロットの力なのか判別できないのだ。
(私より少し下か、互角か……)
シャルロッテはそう判断した。例えやる気を出したとしても訓練機であのレベルなら、それくらいであろう、と。
訓練機は誰にでも扱いやすいように組んである。
(……ただ、私の剣を弾いた一瞬は圧倒的、そのものだった)
結局、そこまで考えて、シャルロッテは頭を振った。
悩むのは性分ではない。どうせ、そのうち知れることだ。
と、そこで丁度良く、シャルロッテに声が掛かった。
「お疲れ様です団長」
声をかけてきたのは、クラリッサ・コーレンベルク。
シャルロッテが率いる騎士団の、副団長だ。
金の、柔らかく波打つ髪を肩まで垂らした少女で、吊り目がちであり、少々きつい印象を受ける。
背は低めで、そして印象通り、多少きついところがある。
非常に優秀な部下だが、融通が利かないところがあり、その辺りは今後の課題であろう、とシャルロッテは捉えている。
そして、そんな部下に、シャルロッテは目を向けた。
「ああ。なにか用が?」
「王女様がお呼びです」
「ん、そうか。では行ってくる」
「お気をつけて!」
その言葉に、シャルロッテは苦笑すると歩き出した。
慕ってくれるのはいいが、慕われすぎるのも問題だ、と心中で彼女は呟くのだった。
自分の想定外の反響を貰ったので急遽二話製作開始です。
というわけで、前回までが一話なら、今回から二話目です。
クラリッサのキャラが二転三転したおかげで大変でした。
今回のメインはそのクラリッサです。
前回までに台詞一つだけと、キャラ紹介で出てきただけのキャラですが、前回までは読み切り的空気でテンポ確保のため必要最低限しか周囲を描かなかったので、これからは周囲にもスポットを当てて行きたいかと思います。