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異世界エース  作者: 兄二
08,This Satisfaction
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83話 Kick start

「なぁ。エース、今日は悪かったな。世話、掛けた」


 男が謝ったのは、今日の戦闘行為についてだ。


「お前がいなきゃ、死んでたよ。バカみたいにアホ面下げて突っ立ってたからな」


 復讐が不完全燃焼だったせいか、男は動きに精彩を欠き、果ては敵の射撃の前に逃げることも無く立ち尽くしていた。

 そこに単独で遊撃を行なっていたコテツが通りがかったのは半ば奇跡とも言えるだろう。

 呆けていた男の機体を蹴り飛ばし、射線から退かすと同時に敵へと向けて応射を行い、的確に撃墜。

 それだけのことが、戦場に置いてはどれほど奇跡的であるか、男もコテツも知っていた。


「構わない。ただの偶然だ」


 拾えたから拾った、それだけの命だ。

 この男に微塵も興味がないかと言えば嘘になるが、同じ状況であれば、誰が相手だろうと同じ事をする。

 それだけの話だった。


「まあ、あんたはそういう奴だ。おかげで、随分助かってるけどな」


 男がコテツの部屋に入って何事かを話していく、そういうのにももう慣れてしまった。

 最近では食堂で食事を共にしたりもする。


「でも、今日は本当に助かった。……凄く、怖かったんだ」


 そして、男が漏らしたその言葉に、コテツは男を見つめた。


「笑わせるよな。こないだ、もう悔いは無いとか、相打ち覚悟でとか言ってたのに、今日は怖かったんだ。寸前までは、もう生きる意味もなくなったと思ってたのに」


 追い詰められたような顔で男は言う。


「今は死ぬのが怖い。結局どうしようもなくて、復讐してもなにも変わらなくて、なにも成すことは無く、うだつの上がらないまま惨めに死んでいく。そう思ったら、足が震えた」


 それであの結果か、とコテツは戦闘の時を思い出した。

 これまでの彼は勇ましく、たとえ危険な状況でも前に進んで打開しようとする男だった。

 たとえそれが蛮勇の類であっても足を竦ませて止まる様なことは一度もなかったのだ。

 それが変わってしまったのは。


「君が復讐を終わらせていないからか」

「……あんたも拘るな。復讐は終わったよ。それでもうまく行かなかった結果だ」


 その言葉に、だがコテツは意見を翻すことは無かった。


「君は復讐を終えるべきだ」

「だから! もう、終わっちまったんだよ……。殺した相手にどうやって復讐しろってんだ」


 男は、そう言って、怒りに顔を染めるとコテツの胸倉を掴む。


「教えろよ! エースッ!!」


 胸倉を掴まれようが、怒鳴られようが、コテツの表情は変わらない。

 ただ、男を真正面に射抜いて。

 言葉を投げかけるだけだ。


「復讐の相手なら生きているだろう」

「どこに!」


 問われて、コテツは男の胸を指差した。


「君の心の中に」

「……は!?」

「それを否定するというのならば、君の復讐の全てを否定することになる」


 思わず手を離した男に、コテツは続けた。


「人が死んで骸となり、それは全て無に帰すというのならば、君を復讐に駆り立てたのはなんだ」

「……それは」

「死者が残したものだろう。君の家族が君の心に残り続けるように、復讐の相手もまた、君の心にわだかまり続ける」


 コテツは感じたままを口にする。

 上手く回る口で言いように立ち直らせることなどできない。

 代わりに、コテツの感じた事実だけを、口にした。


「復讐を続けろ。やり方は自由だ」


 心に残ったその復讐の相手をもう思い出すことも無く、忘れてしまうか、あるいは、その男を思い出しても心にわだかまるものがなくなったなら。

 そこでやっとこの男は、復讐の相手を殺せたのだ。


「……まだ、続いてるのか」

「終われなかったのだろう」

「そうだ」

「なら続いている」

「……そうだな、まだ終われない」

「そうか」


 結局、それ以来彼とは会っていない。

 彼は元気でやっているのか、今でもたまに、そう思う。








「彼女に、救いはあると思う?」

「……さてな。だが、彼女は本物ではない」

「本物?」

「彼女は、救われる手段として復讐を選んだ。他に道が見えないからでもあるが」

「じゃあ、本物は?」

「本物は破綻している。復讐が目的であり、手段だ。その先を何も求めていない」


 コクピットの中二人はまるで清流のように静かに言葉を交わす。


「彼女は、殺しても報われないことに気が付いた」

「なら、後は救われるかどうか、どうやって救われるかは、彼女が決めること」

「そうだな」


 目の前の伯爵の屋敷、そしてその敷地は随分と巨大だった。

 軍を擁する貴族であれば仕方のないことかもしれないが。


「伯爵軍のSHの規模は?」

「全機であれば、百と少しほどと予想される」


 その威容を、コテツはコクピットの中冷静に見つめていた。


「少ないな」

「……そう?」

「ああ」


 元の世界での最後の戦闘など、最終ラインを突破して尚五百の機体を相手にすることになったのだ。

 今まで戦ってきたエース達や、薬物や手術によって肉体を強化された人造エースとも言える者達の群れと比べれば、百機が同時に出てこられないことも考えると格段に低い。


『そこのSH、止まれ! ここがバウムガルデン伯爵の屋敷と知ってのことか!』

「ああ、知っている」


 コテツの元に届いた通信は、些か時機を逸していると言えた。

 とっくに、シュタルクシルトは門の前に立っている。警告など、接近している時点で出すべきだった。


『正当な理由を明らかにしろ! そうでない場合はすぐに引き返せ!! どちらも行なわない場合、武力を持って排除する!!』


 威圧的にがなり立てる通信士に対し、コテツは短く、二文字だけで答えることにした。


「来い」


 そして次の瞬間、シュタルクシルトの障壁を纏った拳が、門に突き刺さる。

 耳を塞ぎたくなるような轟音、巨大な門が、砕け散る。


『て、敵意を確認! 各員持ち場に着け!』


 悠々とシュタルクシルトは門を通過した。

 走ることもせず、しかも、それは悠然とそこに立って待つ。

 少し待ってやっと、慌てたように敵兵の姿が見えてきた。


「……遅い」


 ぼやくようなソフィアの呟きにコテツは肯定を返して、操縦桿を握りなおす。


「そうだな」

『各機準備はいいか? 敵は一機だ。冷静に対処しろ』


 レーダーに映る敵の機影は二十程。慌てて出てきたにしては、まだいいほうだろうか。


『まずは空中型で空から仕掛ける! それで決着が付くはずだ!』


 通信の向こうで隊長らしき人物が叫ぶと共に、三機の機体が飛び上がった。

 蒼く、全体的に細身なデザインに、大きな羽。飛行可能な、SHだ。機体自体の値段は上がるし、エネルギー消費などの扱いにくさもあるが、何らかの対空手段がない限り、空対地は圧倒的に空が有利だ。

 通常なら一方的な戦いで終わる。それ故の自信なのだろう。


「ふむ……」


 だが、実際の所を言ってしまえば、コテツはまったく脅威を感じていない。

 それは操縦技術の問題ではなく、相手にさしたる遠距離武器がないことと、シュタルクシルトが障壁を張ることに特化した機体だからだ

 空戦機体はカスタムやワンオフ機でない場合、コストパフォーマンスと飛行能力の両立のために徹底的に肉抜きが施される。

 つまるところ、機動力は高いが華奢で脆弱。ならば、シュタルクシルトは飛行する彼らが射程範囲に入った時点でその眼前に障壁を張ってやればいい。

 無論、障壁に特化し、その応用力や、障壁の有効距離がある程度長いシュタルクシルトだからこそできる芸当だが、それができればそれだけで、勝手に衝突し、撃墜されるだろう。


「どうしたの?」


 だが、コテツはあえてそれを行わないことにした。

 理由の一つは、そもそも、コテツが囮である点だ。可能な限り派手に暴れて、敵を引き付けるのが役目であるからして、あまり簡潔に片付けてしまうのは正解ではない。


「いや、行くぞ」


 そして、もう一つの理由は、コテツがエースだからだ。

 シュタルクシルトが地面を疾駆する。姿勢を低く、地面を舐めるように走り、そして、跳ぶ。


『無駄な努力を……!』


 その跳躍は空の機体に届くことはない。飛行能力がないわけではないため、ブースターを全開で使えば届くかもしれないが、それもまた、コテツは選ばない。

 代わりに、コテツは宙へと障壁を出現させた。


「ソフィア、駆け上がるぞ」

「ん」


 その障壁は、守るためのものではなく、攻撃のためのものでもなく。

 ただ、足場として。


『は……!?』


 それを踏んで、次の跳躍。

 そして、次の障壁が生まれ、それを踏みしめてシュタルクシルトは宙を舞う。

 右へ左へ、時には壁を蹴るように軽やかに。

 空を飛ぶSHの数倍とも言えるだろう巨大な質量が点へと駆け上がっていく。

 エースとは、ただ一人強ければいい、というものではない。

 それだけでも戦力として通用するのがエースだが、しかし、戦時中エースが重用されたのは他にも理由がある。

 それは、敵と味方に与える影響だ。敵には恐怖を、味方には安心感を。どんな絶望的戦況でも、エースがいればどうにかなるのではないかという安心感、圧倒的有利でもたった一機のエースに押し返されるのではないかという恐怖。

 それもまた、エースにとって大きなファクターだ。

 そして、今回のように圧倒的多数を相手するならば、最初の勢いが肝心となる。


(無意味に誇示するのは好かんが……、無意味でない時、それが必要な時はある)


 そのために、すべき事は。

 できるだけ派手に。

 できるだけ真似できないような技巧で。

 できるだけ圧倒的に。

 魅せる。


「安心しろ。命までは取らない。俺の手元が狂わなければだが」


 仇へ向けた銃を下ろした彼女はきっと殺意を望まないだろう。だからコテツは殺してしまうという楽で面倒な道は放棄した。

 脱出、あるいは機体を不時着させる余裕を残しての戦闘は繊細で面倒だが、それができないかと言われれば、答えは否だ。


『越えられた!?』


 一際高く飛んで、空中で縦に一回転。

 そして放たれたのは踵落とし。

 コクピットに衝撃が走ると同時に、相手の悲鳴が聞こえてくる。


『うわああぁああっ!!』

「一機戦闘不能」


 ソフィアが言うのと、相手の機体が地面に激突する轟音はほぼ同時だった。

 どうにか着地の衝撃を殺したようで、目立つ損傷はないものの、パイロットの気絶は免れないだろう。


「次だ」


 そして、それだけでは終わらない。

 足元に現れる更なる障壁。

 着地、衝撃、そして、滑り出す。

 傾斜の付いた障壁を滑るシュタルクシルト。

 その先は何もない空間だが、足場である障壁は伸びるようにしてシュタルクシルトを地に落とすことはなく。

 ぎりぎりの強度で設定された障壁はシュタルクシルトが通り抜けると同時に砕け粒子となって散っていく。

 それはまるで波に乗るように。シュタルクシルトは空を滑る。


『一体、なんなんだあの機体は……!』


 空中にいたもう一機が迎撃体勢を取るが、当たらない。

 空対空であれば訓練くらいはしていただろう。だが、空を滑る機体はどうだろうか。

 右へ左と滑り、その軌跡は螺旋を描く。予想できない、他に類を見ない動きに照準は翻弄される。


『くそ、当たれっ……! 当たれよ……!!』


 そもそも、銃弾どころか文字通り光速で弾が飛び交う戦場で生きてきた相手に、散発的な投槍が通用する理由があるわけもなく。

 シュタルクシルトは敵に肉薄する。


『くそっ! この距離なら……!』

「甘い」


 瞬間、振るわれようとした剣。だが、無情にもシュタルクシルトの行き先は寸前で跳ね上がる。


『避けられたっ……、上から、来るっ!!』


 空を切る。

 そして、真上から擦れ違おうとするシュタルクシルトの手の中に現れるのは、剣代わりの障壁。

 擦れ違ったと同時に、それが振るわれ。

 擦れ違った時には、相手は四肢と翼の片方を失っている。


『だ、ダメだ! 空中戦では勝ち目がない!! 一度下りるっ!!』


 それを見た最後の一機が悲鳴を上げるようにして、背を向けた。


「逃げる気?」

「逃がす気はないが」


 それをシュタルクシルトが更に速度を上げて追いかける。

 そして、半ば横に倒れるように、機体の保持は遠心力に任せて、急角度でターン。

 唐突に前へ表れた機体に、敵機が突如停止する。


『うあっ!』


 そこから急旋回しようとするが、もう遅い。

 シュタルクシルトの手が、その腕を掴んでいた。

 シュタルクシルトは、そのまま乱暴に地面へとそれを振りぬく。


『だっ、脱出する!!』


 それを見届けて、ソフィアは言った。


「上空を制圧」


 もう空に敵の姿はなく、シュタルクシルトの纏う薄緑の輝きも消える。

 支えていたものが消え、シュタルクシルトは自由落下を始めた。

 重力に引かれて迫る地面。


「……どうするの?」


 加速度的に加速していく機体をどうするのか問われコテツは障壁をイメージする。


「こうする」


 直下に現れたのは幾枚もの障壁。

 多重に張られたそれに、シュタルクシルトが激突する。

 瞬間、甲高い音と同時に障壁が砕け散る。

 そして、次の障壁とぶつかり、それもまたさしたる抵抗もなく割れていく。

 次々と、次々と砕け散っていく障壁。それがクッションとなって、シュタルクシルトはその速度を落としていき。

 やがて地面に着地する。

 轟音を立てて、地面を揺らし、シュタルクシルトは地面を踏みしめた。

 砕け散った幾枚もの障壁の薄く輝く残滓が舞い散る中、シュタルクシルトはそこに立っていた。
















 バウムガルデン伯爵は、痩せぎすな体形に、卑屈そうな瞳の男だった。

 その金髪もどこかくすんでおり、迫力に欠ける。


「……なんだあれは」


 そんな男は、窓から戦闘の様子を見ていた。


「はっ、未だ敵の正体は不明でありますが、すぐに排除を行ないます!!」


 すぐ側にいた兵士はそう答えるが、それは伯爵の望む答えではなく、彼はその兵士を怒鳴りつけた。


「そんなことを聞いているのではないッ!」


 彼のノミの心臓が告げている、あれは危険だと。


「即刻あれを撃墜しろ! 全軍を出せ!!」

「……は? あれ一機に、全軍ですか?」


 その意外そうな言葉が伯爵の苛立ちを加速させる。


「なんども言わせるな! 早くしろ!」


 彼がここまで成功できたのは鼻が良いからだ。危険も、利益もいち早く嗅ぎ分け上手く立ち回ってきた。

 そんな自負もある彼の嗅覚が危険を感じ取っていた。


「は、はっ! すぐに出撃します!!」


 慌てて出て行く兵士に伯爵は舌打ちをする。

 そして、窓をもう一度見つめた。

 それは、丁度正体不明の機体が空戦機体の最後の一機を地面に叩き付けた所。

 謎の機体は容赦なく力を見せ付けて地面へと降り立った。

 周囲の兵士達の動揺がまるで手に取るように分かる。

 呑まれた。


「くそっ、まだか、まだ増援は行かないのか!」


 苛立ちを誰もいない室内に吐き出す伯爵。

 今日は税の徴収はままならなかったが、偶然にも上玉が手に入り上機嫌だったというのに、現状の気分は最悪と言ってもいい。


「……くそっ!」


 そうして、もう一度彼が吐き捨ててその敵を見た瞬間。

 背筋に、怖気が走った。


「ひっ……」


 そんなはずはない。屋敷から現在の戦闘区域は随分と離れている。もちろん、肉眼で見える程度のぎりぎりの距離内ではあるが、それでもそれなりに離れている。

 だというのに、見られた気がしたのだ。その白い機体の輝く相貌が、自分を捕らえた気がして彼は怯えた。

 まるで心臓を鷲づかみにされたように重く苦しい瞬間。

 敵機は、ただ立ち尽くしている。むしろ、力を抜いて、脱力したように肩も下がっている。

 何の迫力があるわけでもない。だというのに、その様はまるで幽鬼のようで、伯爵の恐怖を煽った。




挿絵(By みてみん)



都合よく破れるシュタルクシルトのマントは魔力製。


シュタルクシルト


バリアしか積んでない分バリアの応用力は極めて高い。

ただし操縦士のイメージによって障壁が出現する上、リソースに操縦士の脳を使うため、通常機体を動かすだけか、バリアを張るだけのどちらかで精一杯になる。無理をすると最悪廃人になることもあり、ディステルガイストとはまた違った操縦の問題がある。

重量系で小回りは聞かないが、別に遅い訳ではなく、ブースターも大型なので直線コースでは速い。

弱点は遠距離戦。機体から離れるにつれ障壁の強度は格段に落ちるため、役に立たないので、障壁で耐えて近づくしかない。

一応飛べるがやっぱり小回りが利かないため空中戦も得意ではない。



というわけで、コテツは平常運転。伯爵終了のお知らせ。

明日も更新予定です。


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