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異世界エース  作者: 兄二
08,This Satisfaction
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82話 許してあげない



 SHと人の歩幅は圧倒的に違う。

 普通にSHが歩いているだけだとしても、人が追いつくのは困難である。

 それがただの歩行であったとしても、疲れを知らぬSHはどこまでも歩き、人は走って追っても途中で息を切らせることとなる。

 だが、それはSHを本来の用途に用いた場合で、SHを用いた目的が、示威行為だった場合はどうだろうか。

 本来は兵士たちだけでこなすべきことを、威圧のためにSHを用いた場合、全員分SHを用意することはないと言ってもいい。

 メンテナンスの手間が掛かるし、格納場所も数が多いと不便だ。

 となれば、まるで戦車に随伴する歩兵のように。

 人はSHの横を歩き、SHは人に合わせて極めて低い速度で歩く。

 そうすると、走れば間に合う余地ができる。


(あいつら……っ!)


 ポーラは走る。

 幼馴染のサラが村を出て行くところを見て少ししてから村長の家に問い質しに行ってすぐに走り出したことで、そう経たずにSHの背をポーラは捉えることができた。

 視界に小さく映ったのは二機のSH。

 ポーラは、その二機を睨み付ける。


(あいつらはまた、私から……!)


 弟を、そして今度は幼馴染の親友を。

 そう思えば、自然と足の速度は上がる。

 そして、想定よりずっと簡単に追いつくことができたのは、彼らがゆっくりと休憩を始めたからだろう。

 ポーラは、彼らまで大分近づいた上で、生えていた木に身を隠すことにした。

 この辺りは、道の左側は草原であるが、右側は森となっている。

 当然、一人で十数人の兵士を倒すなんてことはできないポーラは、木の陰から彼らの様子を見張ることにした。

 チャンスを待つ。心中でそう唱えて、問いが心に浮かぶ。


(なんのチャンスを……?)


 復讐のチャンスか、それとも親友を取り戻すチャンスか。

 自分でも、判断がつかなかった。

 ただ、判断の点かないままポーラは木の陰から事態を見守る。

 そうして監視を続けて、彼らに動きがあったのは、意外と早くだった。

 兵士の一人が、ポーラの隠れている森の方へと歩いてきたのだ。

 別にポーラを見つけたとかそういう空気は見受けられない。そういった緊張感のある顔ではなく、極めて普通に歩いてきたところを見るに、用を足しに来た、といったところか。

 その兵士は、ポーラの弟を連れていった兵士である。その事実に、彼女の中に憎しみが湧き上がった。

 だが、焦ってはいけない。

 震えそうになる手を落ち着かせ、彼女は懐から銃を抜いた。

 もしもの時のために用意した、安い単発式の銃。たった一発しか弾はないが、当てるべき場所の当てれば問題ないだろう。

 逸る心、早鐘を打つ心臓を押さえて、ポーラは待ちに徹する。


「はぁ……。領主様もいい加減人使いが荒い」


 そして、男が木の前で立ち止まったその瞬間。


「……動かないで。叫んだりしたら、撃つわ」

「……ッ!?」


 彼女は兵士の後頭部に銃を突きつけた。


「……あの子はどこ?」


 冷たく放った問いに、兵士は肩を跳ねさせる。


「あっ、あの子?」

「あんたらが連れてった女の子よ。どこにいるの?」


 休憩している兵士達の中には、サラの姿は無かった。


「か、彼女はSHに乗っていた一人が先に領主様に届けに行った」

「っ、そう……」


 もうここにはいないと、男は言う。確かに、そういえば村に来た時と現在のSHの数が違う。

 しかし、となれば、生身で追いつくことは不可能に近いだろう。SH本来の速度は人間が走って到底追いつけるものではない。

 そんな状況に思わず歯を食いしばると同時、力が入り銃口が男の頭部と擦れてごり、と音が鳴った。


「……ひっ」


 それが恐ろしかったか、それとも怒気を悟ったか、男が腰を抜かしたように崩れ落ちる。

 そして即座に振り返ると、彼は怯えたように後ずさった。


「お、お前は一体誰なんだ……!」


 迂闊なことに、武器も持たずにここまで来た兵士は無様なまでに怯えている。

 それがポーラの神経を逆撫でした。


「……わからないの?」

「し、知らない!」

「二年前、あの村で」

「……」

「あんたに弟を連れて行かれた女よ」

「っ……!」


 兵士が、驚きに目を見開いた。

 いい気味だ、とちょっとした被虐芯と共に、ポーラは心中で笑ってみた。


「だから、あんたが憎いわ。すごく、とってもね」


 ただ、目に見える表情は笑っているのだか、怒っているのだか、あるいは泣いているのかすら分からなかった。

 実際には、彼女の顔は能面のように無表情で。

 処理しきれないような激情の結果無表情に辿り着いていた。

 それが、兵士の恐怖を煽る。


「ゆ、許してくれっ。仕方がなかったんだ!」

「……仕方がなかった? 私の弟を殺すことが、仕方なかったって?」

「ち、違う、殺したのは私じゃないっ、領主様の奥方だ! 私は、領主様に命令されただけで……っ」


 そうまでして生き残りたいのか、兵士は無様に言い訳を並べ立てる。


「私には、家族がいるんだっ。妻も、娘もいる! だから、仕方ないっ……。家族を養うために逆らうわけには行かないっ……!」


 それを、ポーラは冷めた心で聞いていた。


「家族がいたら、他人の家族を殺してもいいの?」

「そっ、それは……」


 言い訳を聞くほどに、心が冷めていく。

 どこまでも冷静に、ポーラはそれを聞いていた。


「……私、あんたが憎いわ。殺したいくらい」


 感情が怒りを通り越して呆れに変わるように、ただ、冷めていく。


「私は、い、嫌だったんだ。反対だった、やりたくなかった!」

「でも、選んだのはあんたでしょ? 天秤に掛けてそっちを取った」


 そして、冷めていく心の中で、ふと、考える。


(こいつを殺したら、こいつの子供か、それとも奥さんが恨むのかな)


 誰かが殺しに来て、そして自分も言うのだろうか。

 『あんたの父親が私の弟を殺したんだから仕方ない』

 それで、思いとどまるか。否だ。殺した側の理屈なんて知ったことじゃない。復讐とはそういうことだ。


「……すまなかった。すまなかったっ……。未だに、夢に見るんだ、あの日の事は」

「あんたは、その手で子供を抱くの?」


 その問いに、男は押し黙る。苦しそうに大の男が泣きそうな顔で。

 そして。


(これで殺して満足できる?)


 彼女は自分に問いかけた。


(すっきりはするかも)


 目を逸らさずに、問いかける。


(でも、それだけ? その程度? 所詮、目の前の人間が死ぬだけ?)


 一人殺して、自分の手には何も残らない。むしろ、他人の恨みを得るだけだろうか。

 そして、転がり出るように、答えはやってきた。


(やだ……。……あれ? そっか、いやなんだ)


 では、何故嫌なのだろうか。男を見下ろしながら、考える。


(……もっと、大きいこと、したいんだ。これじゃ、きっと満足できない、割りに合わない)


 そして、彼女は銃を下ろした。


(これじゃ、ボリスに誇れないから。終わった後、大笑いしながら父さんにも報告できるような……)


 ここで殺しても、空しさだけが残ると、彼女は悟った。誰にも誇れず、人を殺した事実だけが残る。そんなことがしたかったのではない。

 そこで、はっきり気がついた。


(私、救われたかったんだなぁ……)


 とにかく殺せば救われると信じていた。その先に光が差し込むと思っていた。だが違う。これでは、相手を同じところに引きずり落とすだけだ。

 だから彼女は、復讐にもっと違う形を求めた。


「……行きなさいよ」

「い、いいのか……?」

「いいわ」

「……す、すまない」


 希望に思わず男が顔を緩ませる。


「でも、許してあげない」

「えっ……」


 だが、許したわけではない。許せるはずもない。


「ずっと罪の意識に怯えて生きなさい。忘れるな、あんたが人の家族の命を奪ったことを」


 許せないが、殺しても誰も救われない。

 自分の感情すらも騙せない。


「そして、あんたの命は私に生かされたこと、覚えときなさい」

「すまない……!」

「最後に、少しでも罪の意識があるなら……、できれば長く苦しんで」


 彼女の救いとは、復讐とは一人の男を殺すことではない。

 もっと、人に笑って、誇って語れるようなものでなければいけない。


「すまない、ありがとう……!」


 そうして、兵士が立ち去ろうと立ち上がりかける。

 だが、その時だった。


「おい、遅いぞ、どうしたんだ……っ!?」


 あまりに戻るのが遅かったのを心配した別の兵士が森へと立ち入ってきたのだ。

 どきり、とポーラの心臓が嫌な音を立てた。

 現状は不味い。何故なら、尻餅を付いた男と、銃を持った女。

 明らかに、敵意のある状況。


「て、敵襲ーッ!!」


 やはり、当然のように兵士は叫ぶ。


「ま、待ってくれ!」


 何か思うところがあったのか、ポーラが銃を向けていた方の男はそれを止めようとするが、何もかも遅かった。


「りゃ、略式詠唱っ、対象確認、形状火球、燃えよ炎っ」


 未熟な魔術ではあったのだが、ポーラにとっては十二分に脅威だ。

 人の頭ほどもある火球が、ポーラへと高速で迫る。


(あ、やっば……、これ、当たったら死ぬ!?)


 ポーラ自身に一切の戦闘の心得はない。

 だからこそ、いつも不意打ちに徹して、必ず相手が一人の時を狙ってきた。

 運動神経は悪くないし、体力もそれなりにある。

 だが、とっさの時に動いてくれなければ、意味がない。


(ちょ、ちょっと待ってよ! まだ、これからなのに――!)


 だが、無常にも火球は迫る。

 その時だった。


「ソフィア、障壁を」

「はい」


 冷たい声が響く。それと同時に表れる、薄緑の半透明の壁。

 それと、火球が激突し、だが、簡単に火球が当たり負けをする。


「あんた達……!」


 思わず振り向くと、背後からやってきたのは他でもない。

 二人の冒険者、コテツと、ソフィアだった。
















「……ソフィア、相手は脅威になり得るか?」

「一兵卒が魔術を使えるのは珍しいけれど、それだけ。未熟」

「なるほど」


 頷いて、コテツは手の中の長大なバルディッシュを握りなおした。

 前方では、この騒ぎを察して次第に兵士が集まり始めている。


「相手もあまり森の中ではやりたくないようだ。一気に突き抜ける」


 相手は森林で戦うのに慣れていないのか、森の中に深く入ろうとせず、境界で油断なく待ち構えている。

 確かに、あまり戦ったことのないような足場に踏み込むよりは安定した行動といえるだろう。それが目的を果たす上で正しいかは置いておいてだが。

 そして、辺りに詠唱が響く。

 目の前の兵士が打って出ようとしていた。

 それに合わせて、コテツは走り出す。


「……燃え、弾けよ、炎!!」


 放たれる火球。対するコテツは即座にトップスピードに乗って向かっていく。

 巨大な火球は当たればただで済むまい。だが、コテツは避けもせずに向かっていった。

 そして、眼前へと火球が迫る。それでも避けずに。

 そのまま突っ込む――。

 瞬間、轟音と同時に、爆発。ソフィアの障壁を見て、兵士は威力の高い攻撃に変更したらしい。

 爆発の中に飲まれるコテツ。


「どうだ!?」


 兵士の声が響く中、だが、コテツは爆煙の中から飛び出した。


「無傷!?」


 兵士が驚いた瞬間、コテツはバルディッシュの柄で兵士の顎をかち上げる。


「ごぁっ!?」


 倒れる兵士を余所に、コテツは真っ直ぐに駆け抜けた。


(防御はソフィアに任せればいい……!)


 先ほどの爆発を受けて平気だったのはソフィアの障壁のおかげだ。直撃の瞬間張られ、衝撃を排除した後見えない壁は跡形もなく消え去り、その中をコテツは駆け抜けただけ。

 だが、相手の度肝を抜くには十分すぎた。

 相手は十数人と言ったところだが、彼らの練度は決して高くはない。

 更に、この勢いで相手は腰が引けている。コテツの手の中の刃渡りが九十センチにもなる全長二メートルの巨大なバルディッシュもそれに一役買っているだろう。

 近接戦闘においては、間合いが大きく影響する。コテツの間合いは二メートルほど、相手は剣が中心で一メートルはないだろう。

 そんな中で、腰が引けていては懐に飛び込むことができるだろうか。

 そして、彼らに高速で迫る超重量の武器を受けきる事ができるだろうか、避ける事ができるだろうか。


「ぉお……っ!」


 そのどれもができなかった時。それは、決着が付いたようなものだった。


「ひっ……!」


 コテツは、力任せにバルディッシュを振るうだけで良い。

 刃ではなく峰の方を使っているが、切れない代わりに兵士は吹き飛んでいく。

 鎧をへこませ、剣を圧し折りながら、コテツは薙ぎ払っていく。

 むしろ、死なない程度に手加減するほうが面倒なほどに。


「……鎧袖一触」


 ソフィアの声が、背後から聞こえ。

 果てには、コテツが一歩踏み込むだけで、兵士達が一歩後ずさる。

 そのまま、コテツは彼らを次々と薙ぎ倒して行った。


「い、嫌だぁっ! ふ、踏み潰してやる!!」


 そして最後に残った一人の兵士が、後ろを向いて走り出した。

 向かう方向は、SHの方だろう。


「面倒だな」


 起動されると面倒だ。

 即座にコテツはバルディッシュを投擲した。

 バルディッシュは、兵士には当たらない。

 しかし、兵士のすぐ真上を通過し、兵士の前に突き立つ。

 思わず、兵士が立ち止まった。


「始めからSHで相手するべきだったな」


 怯えたように振り返る兵士へとコテツは言った。

 そして、その怯えた顔へと、拳を叩き込む。


「おぶっ!!」


 それきり、兵士は立ち上がらない。

 コテツは、何事もなかったかのように、バルディッシュを拾い上げた。


「戦闘終了」


 そして、ソフィア達が歩いてくる。

 それに気がついたコテツが声を上げる前に、口を開いたのはポーラだった。


「どうして、来たの? ……来てくれたってことは、そういうことなの?」

「さてな」


 コテツは理由を口にしないまま、バルディッシュをソフィアへと手渡す。

 その瞬間、バルディッシュはどこかへ消え、何もなかったかのように無手のコテツがそこに居る。

 それだけでもそれなりに衝撃的な映像だったはずだが、ポーラはそんなことは気になりもしないようだった。


「いえ、今はそれはいいわ。それよりあんたに、お願いがあるの」

「聞こう」


 そう返すが、既に何を頼まれるかは分かっていたと言ってもいい。


「……あんた、腕は立つのよね?」

「君が見た通りだ」

「……じゃあ、伯爵軍を一人で相手できる?」


 搾り出すように、彼女は問う。

 答えなど決まっていた。


「問題ない」


 そう、彼女の言うように、ここまで来たということは、そういうことなのだ。

 既に、行動を以って答えを返している。彼女の願いを拒否するつもりはないということを行動で示していた。

 彼女にしてみれば、藁にも縋ると言ったところだろうか。

 たとえこんな怪しげな冒険者の男であっても、頼らざるを得ないほどに追い詰められている。


「ならお願い……」


 そして、彼女は言った。


「私の復讐を、手伝って――」


 コテツは、村の問題にエトランジェとして関わるつもりは毛頭なかった。

 そこは、アマルベルガの領分だと、今でも考えている。

 だが。


「俺は冒険者だ。依頼と報酬があるならば」


 ただの一冒険者として個人に協力するのであれば、問題あるまい。


(……まあ、屁理屈だが。だがその建前があれば通る世界でもある)


 エトランジェとして関わらなければ、それでいい。これから行われるのはエトランジェによる介入ではなく、ただの個人と、義憤に駆られた冒険者の抗議行為だ。

 そんなコテツへと覚悟を決めたように、一度喉を鳴らすと、ポーラは口にした。


「お金はないけど、なんだってするわ。体を捧げてもいい。私にできることならなんでもする」

「なら、料金は後払いでいい」


 彼女は、迷いのない目をしていた。

 果たして、彼女は何か答えを見つけられたのか。


「じゃあ、あんたに依頼するわ。私ね、もっと――」


 そして奇しくも、彼女はコテツの知る言葉を漏らした。


「大きい復讐がしたいの」



残り三、四本と言った所でしょうか。

次回からSH戦に入ります。

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