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異世界エース  作者: 兄二
08,This Satisfaction
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81話 復讐


 ポーラは、自室のベッドの上に横たわっていた。

 本来ならいても立っても居られない状況なのに、だが、動くわけにも行かない。

 それに、迷っている。

 燻るような感情を持て余している今、寝てしまうのが一番良いと、彼女は考えた。

 それでも、目を瞑れば網膜に焼きついたように映る、男の姿。

 別に人並み外れて悪人面をしているわけでもない。いやらしい目つきをしているわけでもない、ただの中年の男。

 それでも、憎い。

 目に焼きついたその男の顔を塗りつぶすように、彼女は顔に腕を乗せた。

 それでも憎悪は消えてくれなかった。

 映し出されるのは当時の記憶。


『……やめなさいよ。なにしてんのよ……!』


 半ば勝手に、ポーラは口走っていた。

 そう、今でも鮮明に思い出せる。まだあの日から二年ほどしか経っていない。

 過去の上映。もう起こってしまった変えられない過去。


『領主様の命令だ。悪いが連れて行かせてもらう』

『い、いやだ、姉ちゃん!!』


 弟が、手を伸ばす。

 それを見て、思わず彼女はその手を掴み返そうとする。


『何やってんのよ! 放せ、放しなさいよ!!』


 だが、その手が届かないことを、彼女は知っていた。

 即座に兵士がポーラの左右からその腕を掴み、動きを封じる。

 暴れても、びくともしなくて、ただ全てが徒労に終わる。


『なんでよっ、なんでこの子なのよ!』

『伯爵夫人が所望でな。命令だ、諦めてくれ』


 分かっていたのだ。

 その伯爵夫人が人の生き血を美容のために肌に塗るようなろくでもない人間だということはとっくに分かっていた。

 そんな女が連れてこさせた少年の使い道など、どうせ碌なものではない。

 だから、弟を渡してはいけなかったのだ。


『渡したらどうなるかわかってんの!? あんたらは、その伯爵夫人とやらが何をしてるか知ってるの!?』


 だが、返答は無情で。


『自分は年若い少年を連れて来いと領主様に命令されただけだ。その先のことは、分からない』

『……本当は分かってるくせに』


 兵士は答えない。


『さあ、来い』


 弟が、必死の形相で手を伸ばす。


『ボリスっ!!』


 名前を呼んだところで手は届くことは無く。

 遠ざかる弟が視界から消えて行き。


『……姉ちゃんっ……』


 弟の声が、どこか遠く聞こえた。

 そして、過去の想起が終わったところで、ぼんやりと意識は沈んで行き、彼女はいつの間にか寝息を立てていた。

 意識は途切れ、過去の代わりに彼女は、夢を見る。

 それは、願望を実現したかのような夢だった。

 気がつけば彼女は自分の部屋に立っていた。

 そしてそこには、死体が三つ。


『終わった』


 彼女はぽつりと呟いた。

 復讐を終えた姿。手は血に染まっていた。

 殺したのは、弟を連れていった兵士と、領主とその妻。

 彼らは血まみれで折り重なって部屋に倒れている。


『……終わった』


 もう一度彼女は呟いた。

 どうやって殺したのかなどは覚えていない。

 当然だ。これは彼女の願望を元にした夢。

 警護に囲まれた領主を殺すなんて真似できるはずも無く、一年前に既に死んでしまった伯爵夫人を殺すこともできるわけが無いから。

 そんな無用なプロセスは必要なく、なんとかして殺したという事実だけがあればいい。


『すっきりした』


 そんな夢の中彼女は笑っていた。

 笑っていたが――。


『……それで?』


 泣きそうだった。

 彼女の口は、勝手に言葉を発する。

 逆に、彼女の思う通りにあってくれる口はこう答えた。


「それでって……。終わったんじゃない。復讐が」


 いつの間にか、ポーラの前に、ポーラが立っている。

 もう一人のポーラは、冷めた目でこちらを見てきた。


『だから、それで?』


 冷たい視線に晒され、ポーラはたじろいだ。


『貴方は三人の人間を殺しました。それで? 満足した? 何か変わった? 景色は晴れた? これからどうするの?』

「私は……」

『私は三人の人間を殺した。それだけだわ』


 目の前のポーラが手を伸ばす。そして、動けないポーラの首へと手を掛けた。


「や、やめてよ……」

『皆、言ったでしょう? 無意味なことだって』


 そして、首を絞められる。


『もう、いいでしょ? 復讐が終わったらどうしようもない私が残るだけなら、今死んだって変わりないわよね?』


 このままでは、自分に殺される。

 目を逸らした現実に。

 分かっていたのだ、この復讐に先などないことは。

 それでも他にどうしようもなくて、目を逸らして、現実から逃げるようにして来た。

 そんな彼女を諌める否定の言葉は幾らでも突っぱねることができた。何も知らないくせにと罵声を返して振り切ってきた。

 だが、肯定されて初めて、怖くなったのだ。崖っぷちに立って落ちてやると騒いでいたのに、いざ背中を押されると、必死で踏みとどまろうとするようなもので、笑えるほどに滑稽だ。


「……あぁ」


 そして、意識を失いそうになる。

 そんな中。


『圧倒的戦力差はあるだろうが、復讐は自由だ』


 冷や水を浴びせるように、冷たい声が響いた気がして――。


「っ!?」


 目が覚めた。

 酷く汗を掻いていて、不快な状況。

 のろのろと身を起こせば、日は落ちて周囲は暗い。

 最低な気分だ。どんな夢を見ていたかは、おぼろげにながら、記憶がある。

 白いブラウスには汗がじっとりと染みこんでいて、先に着替えておくべきだったかと後悔することとなってしまった。

 あまりの暑苦しさに彼女は思わずズボンを脱いで部屋から出る。

 流石に、ブラウスはそのままだったが、服を出すのも億劫だった。


(とにかく、水が飲みたい……)


 そして、部屋を出て階段を下り、リビングへと出ると。


「……なによ」


 仏頂面の男が椅子に座っていた。


「酷い顔だな」

「あの子みたいに可愛くなくて悪かったわね」


 その男の側に、同行者の女性の姿は無い。


「普段の君は十分可愛らしい顔をしていると思うが」


 そう、男は真顔で言うものだから、ポーラは頬を引きつらせた。


「なに、口説いてんの? 浮気?」

「そういうつもりは無いが」


 あまりにも当然のように言われて、彼女は溜息を吐いた。


「あんたは何でここにいるのよ」

「撤退を試みただけだ。ついでに知り合いに報告も行なったが」


 果たして何から逃げたのか、部屋で何があったのか。報告というのは、魔術の類で誰かと交信したのだろうか。

 分からないが、ポーラは気にしないことにして、徐にリビングの床板を取り外した。

 そこには、おいたままになっていた父親秘蔵のワインがある。

 ワインは高級品で、父が大事に隠し持っていたものだ。

 結局、父がそれを飲むことはなかったが。

 その父から受け継がれたワインは、飲まなければやっていられない、そう考えてポーラが飲むこととなった。


「……あんたも飲む?」

「いや、必要ない」

「お酒は飲まないの?」

「ああ」

「じゃあ、煙草は?」

「吸わない」

「つまらない人生ね」

「そうかもしれん」


 否定することすらなく、男はそこに佇んでいた。

 椅子に座り、テーブルにワインの瓶を乱暴に置いてポーラは男――、名前をコテツと言ったか、その男を見つめる。


「ねぇ」

「なんだ」


 彼は、こちらを見ようともせずに聞き返した。


「あんたの友達は……、仇を討ったの?」


 ポーラは問いを口にする。

 同じ復讐者であっただろうその友人は一体どうなったのか。

 コテツは、あっさりと答えた。


「ああ」


 その答えに、恐々とポーラは問いを続ける。


「……その人は、どうだった?」

「どうだった、とは?」

「仇を討って、どうだった?」


 その言葉は、些か抽象的過ぎたかもしれない。

 コテツは少し考えるようにして、答えを返す。


「ふむ、難しい問いだな。俺にそれを伝えた当初は、笑っていた。その後は、疲れた顔をしていた」

「……そう」


 言われて、ポーラの心は重くなった。

 歩いている道の先がない、目を逸らしてきた現実が分かり易く前に転がっている。


「あんたは、復讐はやめるべきだと思う?」


 もしも、これでこの男まで無駄だと言うならもしかしたら心が折れてしまうかもしれなかった。

 いや、むしろそれを望んでいたかもしれない。諦めがつけば、楽になれる、そう浅ましくも考えた。

 だが、目の前の男は欲しい言葉など決してくれはしなかった。


「先日言った通りだ。必要ならすればいい」


 なんの躊躇いもなく、コテツは言う。

 なんとなく知れる。この男は糞真面目で冗談や嘘とは縁が希薄な人間なのだろうと。

 だからこそ、伝えられる言葉が、彼女にとって重く圧し掛かる。


「……私は」


 そこから、彼女は言葉に詰まってしまった。

 なにも口にできない。

 ただ黙ってワインに口を付けるポーラに、だが、やがて目の前の男はぽつりと言葉を漏らした。


「思うところがあるのなら、聞こう」

「は?」


 予想外の提案にポーラは思わず間抜けな声を上げてしまった。

 だが、やはり冗談でもなんでもなく。


「何か、思うところがあるのだろう。俺でよければ、付き合おう」

「……いいの?」


 問えば、コテツ・モチヅキという男はなんでもないように口にした。


「そういうのは、慣れている」


 ただ、そう言われて、やはりなにか吐き出したかったのか。

 ぽつりぽつりと、ポーラは語り始めることにした。


「ほんとはね、ベッドも三つあったわよ。父親と弟と私でね。父さんが死んで、一人一部屋になったついでに私の部屋にあった弟のベッドは捨てちゃった」


 母の顔は見たことがないが、父と弟がいたこと。普通に父が死んでしまってからは弟と二人で生きてきたこと。

 そして、ある日弟が領主の館に連れて行かれ。

 物言わぬ体になって帰って来たこと。


「皆分かってたのよ。うちの糞領主の女は処女の生き血が若さを保つと信じてるような頭おかしい奴だって。だから、渡しちゃいけなかったのよ」

「それは、許されるのか?」

「許されないわよ。でも、ばれなければいいの。怖い王様達にさえばれなければなんとでもなるのよ」


 領主を正すことができるのは国だ。その国の耳に入らなければ、領内において領主は何をしても罰せられることはない。

 問題はこの国の耳はそこまで良くないことだ。


「それに、ただの村民一人の言葉を、誰が取り合ってくれるの? 村の奴らは領主が怖くて何もできないし。結局泣き寝入り? 馬鹿みたいじゃない、そんなの」


 他の村の人間たちは無条件に領主を恐れている。

 例え訴えが通ったとしても、もしも厳重注意程度で済んでしまった場合、バウムガルデン伯が報復に更に酷いことをするのではないかなどと考えてしまう。

 それほどまでに、領主はただの村人にとっては雲の上のように高く、遠い存在なのだ。


「私は、そんなの嫌よ。諦められない。あいつらが憎いわ」

「それで、弟を連れて行った兵士、命令を下した領主、そして要求したその妻に復讐を、か」

「残念、二人よ。領主の女はあっさり死んだわ」

「何故?」

「さあ? 頭がおかしくなって死んだとか、美容に使った血に病気が混じってたとか、領主がいい加減付き合いきれなくなって殺させたとか、色々あるわよ」


 詳しい情報は村人なんかには伝わってこない。

 ただ死んだという事実と、噂だけが人づてに聞こえてきた。

 いまだ尚、搾取は続いているが、人を連れて行くということは極端に少なくなったことを考えても、死んだのは確かだろう。

 生娘を無差別に、あるいは年若い少年なども標的にされていたのが、見た目のいい女にだけ絞られたことを考えればそういうことだと分かる。


「でも、まだ相手は二人残ってるわ。伯爵のとこの兵士は一通り憎いけど。弟を連れてった張本人と、領主は絶対に許さない。そう思って今日まで生きてきたわ。父さんのSHまで持ち出してね」

「父の?」

「そうよ。村を出て冒険者として食べていこうと思ったらしいけど、芽も出なくて、やめて帰ってきたの。その時のものよ」


 SHはそれなりに高価だ。父は余程頑張って金を貯めたことだろう。

 今となっては草原で残骸と化しているが。


「……それはすまないことをした」

「いいわよ別に。というか、ああやって上手く助けてくれたってことでしょ、一応」


 沈痛そうに、あるいはいつもの無表情なのか見分けがいまいちつかないが、申し訳なさそうに見えなくもないコテツにポーラはそう返した。

 ポーラとて、あれが最も八方丸く収まる方法だったというのは分かっているのだ。

 死んだことにしておけば、追っ手が掛かることもない。多少手荒ではあったが。


「一応お礼は言っておくわ。ありがと」

「礼には及ばん」


 そこから、しばしの無言の時が流れる。

 そして、ポーラはワインを一度呷った。

 喉を焼くようなアルコールではないが、飲みなれないポーラにとっては熱かった。

 彼女はそのままテーブルに倒れこむようにすると、腕をクッションにして恨めしげにコテツを見上げた。


「……ねえ。あんたのせいよ」


 酔っている。そのせいで頬は赤く、思考も鈍い。


「なんだ」

「あんたのせいで迷ってんのよ」


 だから、言わなくてもいいことまで言ってしまいそうだった。


「憎い、嫌い、殺したいとだけ思ってればよかったのに。あんたが変なこというから、その先のことを考えちゃったじゃない」


 深く考えれば考えるほど、意義が見出せなくなっていく。


「自信なくなっちゃったわよ。……これでいいのか。憎くて堪らなくて、泣き寝入りなんて許せないけど、殺したから、なんなの?」


 そう言って彼女はコテツから顔を背けた。見上げていた顔を寝かして、脱力したように横向ける。


「所詮、その程度なの? 私は」


 問う言葉に、中々目の前の男は返事を返さない。

 ポーラはコテツを見ていないからどんな顔をしているのかも分からなかった。

 ただ、何故か怖くて、彼の顔は見れそうにもない。自分から話したというのに、答えが怖かった。

 だが、やがて彼女の耳に声は届く。


「状況を少し整理すべきだな」


 冷静に、静かに男は言う。


「どうしろってのよ」

「君にとって復讐は決定事項だ。外せない」

「……そうね、そうかも」


 もしも諦められるなら。そう思う。


「その上で、君に二の足を踏ませているのはなんだ?」

「……わかんない」

「質問を変える。君にとって弟の命と領主と兵士の命は等価か?」

「……そんなわけ、ないじゃない」

「つまり、君の失ったものと奪うものに差があるということだ」


 弟とそれを奪った人間の命が自分にとって同じ価値があるわけがない。

 少しだけ、何かが分かった気がした。















 翌朝。

 コテツは一人村を歩いていた。

 目的地はシュタルクシルトの元だ。


「あら? あなたがこの村に来た冒険者さん?」

「む? 君は?」


 シュタルクシルトは今、村の入り口に佇んでいる。

 ソフィアの元に格納してしまうと、SHに乗って冒険者が来たのにそのSHがないという不可解な状況になってしまい、目立つからだ。

 だから、シュタルクシルトの元に向かう道中で見知らぬ女性と出会うこととなった。

 年齢はポーラと同じくらいだろうか。少女、というには大人びていて、かといって大人の女性と呼称するにはまだ若く活力に満ちている。

 薄い茶の髪を後ろで纏めた女性で、ポーラとは対極的に優しい目をしていた。


「村長の娘です」


 おどけたように、笑顔で彼女は言った。


「ところで、ポーラのところに泊まってるんですよね?」


 それは確認のようなもので、ほとんど問いではない。

 コテツは問いに答えずに更なる問いを返した。


「君とポーラは知り合いか?」

「幼馴染です」


 質問に質問で返すコテツに対しても笑みを崩さず朗らかに彼女は言う。


「で、えっちなこととか、しましたか?」


 そして、あっけらかんと彼女は問うた。


「……していない。触れてもいない」

「神に誓って?」

「どの神に誓えばいいか分からないが」


 心中げんなりとコテツは言う。


「あらら、そうですか」


 彼女は未だに微笑んでいるものの、どこか残念そうだった。


「何故、そんな顔をする」

「行くところまで行ったなら、ポーラのことお願いできたんですけどね。ああ、でもやっぱりそうやってしちゃうような人じゃ逃げちゃうかな」


 彼女は苦笑する。

 きっと彼女の中での冒険者とはそういう存在なのだろう。

 ただ、わかってはいるのだが、荒くれとして扱われるのはどうにも慣れない。


「復讐するのは、いいですけど。終わった後に支えてあげれる人がいないと」

「それは君がすればいい」

「……いやぁ、それは私には荷が重いかなー、なんて。やっぱり男じゃないと」

「期待に沿えず、すまないが」

「いえいえ。じゃあ、引き止めてごめんなさい。何もない村ですけどゆっくりしていってくださいね」


 ひらひらと手を振って、彼女はコテツを送り出した。

 程なくして、コテツはシュタルクシルトの元へと辿り着く。

 彼は、そのままコクピットへと入り込む。


「サブAIはこの機体にも搭載されているのか?」


 半ば確信を持って口にすると、それはコクピットの計器やモニタの光を伴って返事を表現した。


『ワイズマンと申す。新しき主よ』


 それと同時に、低めの男の声が響き渡った。


『して、何用だろうか、主』

「いや、いるのかどうか気になったまでだ」

『当然、いる。我々は全てのアルトに標準搭載された機能だ。自我が目覚めてない者こそあれど、存在していないアルトなどない』

「そうか」

『それより、主よ。やはり聞きたいことはあるのではないか?』


 嫌に、察しのいいAIだ、とコテツはモニタを見つめた。


「……いや、必要ない」


 だが、コテツはここに来て興味で聞くようなことでもないかと判断した。

 しかし、ワイズマンは更にコテツへと声を投げかけてきた。


『ならば、少し、私の話を聞いてもらえないか、主』


 随分と気が聞くAIと言うしかないだろう。

 コテツは、コクピットから動こうとしないことで答えとする。

 やがて、ワイズマンは語り始めた。


『我は無敵の盾。鉄壁なる者。主が我が胸中にいる限り、絶対なる守護を約束する』


 その言葉は、確かだった。シュタルクシルトの防御性能はこれまで見てきたどんな兵器よりも強い。


『だが、降りればただの人に過ぎない。前の主は、貴殿によく似た、実直な男だったよ。だが、ただの人だった』


 しかし、スピーカーが流す音声の癖にそれは深く、重かった。


『アルトの操縦士になるなら、頑丈な人間がいい。その点、主は素晴らしい』

「……そうか」

『できることなら末永い付き合いを。それと、エーポスにはできればよくしてやって欲しい。貴殿と会ってから、私のエーポスは実に楽しそうにしている』

「まるで、保護者だな」

『とんでもない話だ。私はどちらかと言えば、貴殿らの敵だよ。サブAIと呼ばれる我々の蓄積と経験の到達点はなんだかわかるだろうか、主』

「いや」

『操縦士とエーポスの代替だ。操縦の履歴を蓄積し、それを整理し出力するのが最終的な役目。ただし、そのリソースは搭乗者の脳を使用する』


 アルトが修復不能なまで破壊された場合でも、エーポスは一人の人間として生きていくことができる。無論寿命などの差はあるが。

 では、先にエーポスが逝ってしまったアルトはどうするのか。これが一つの答えなのだろう。


『そこまでのデータを蓄積したという話は聞かないが、後部座席に人間が乗っていた場合、機体側から接続し、エーポスとしての役目を果たさせることができる。……一回で廃人になるが』


 ただ、あまり実用的とは言えない手段のようだ。


『パイロットの方はまだましではあるが、どちらかと言えばそれは操縦不可能な状態に陥った際の緊急手段としてのものであるからして、だ。意識も持たないような重症の中で無茶をさせればどうなるかは……。前の主は半分は私が殺したようなものだ』


 ふと、その語りを聞いて、彼らの人格形成はパイロットに強い影響を受けているのだろうなどとコテツは考えた。

 エーポスは基本的にパイロットの要求に応えるのが仕事だが、パイロットはその操縦に性格が表れる。

 とすると、操縦を再現する彼らは、パイロットの性格を取り込んでいく必要があるのではないかと。

 サブAIはパイロットの分身。だが、立場はパイロット側でもエーポス側でもなく、ただ機体側に立っている。


『こんな機能は使わないに越したことはない、と我々の多くは考えているだろう。その機能を誰にも伝えることなく胸にしまっている者もいる。だから、知られていないのだが』


 言外に使わせてくれるなと言っているように聞こえて、コテツは口を開いた。


「問題ない」

『……問題ない、か。貴殿がそう言うと、そういう気分になるな。では、我がエーポスをよろしく頼むぞ、新しき主。我々は、エーポスと操縦士の幸せを願っている。エーポスと操縦士の二人を助け、見守る存在でありたいと、思っている』

「ああ、これから、よろしく頼む」

『任せておけ。我は絶対なる盾。貴殿が望む限りあらゆる攻撃は意味を無くす』


 その会話に満足したのか、ワイズマンはそれきり喋ることもなく、少し聞いてみたかったこと、前の主についても聞いてしまったのでその先はない。

 結果として、コテツは立ち上がることにした。

 ハッチを開くと同時に吹き込んだ風が頬を撫ぜる。


『では、また』

「ああ」


 コテツは、装甲を蹴って半ば跳ねるようにして地面に着地した。

 そして、前を見るとそこにはソフィアが立っている。


「何を話していたの?」

「自己紹介のようなものだ。少し、立ち入ったことも聞いたようだが」


 そう返すと、ソフィアはじっとコテツを見つめた。

 ただ、微動だにせず、その視線はコテツを射抜く。


(……穴が空きそうだ)


 ここまでじっくりと見つめられるのはほとんど初めての経験である。

 しかし、それがいつまで続くのかと思われたその瞬間、彼女は視線の向きを変えてくれた。


「そう」

「君は、こちらに何か用でも?」

「あなたを探しにきただけ」

「ふむ、そうか」


 呟いて、コテツは村の中心部へと歩き出す。


「話し合いの決着は着いただろうか」


 一晩経っても平行線だったならば、もう諦めて帰るべきだろう。

 コテツも決まった仕事があるわけではないにせよ、暇というわけでもない。

 とりあえず村長の家を目指してコテツは歩くのだが。

 不意に、隣を歩くソフィアが草にでも引っかかったか、前へ倒れそうになる。

 声も無く、地面へと衝突しようとする彼女を、とっさにコテツはその片手を取って引き、抱き寄せる形で支える。


「……ありがとう」

「いや、いい」


 コテツは、ソフィアがちゃんと立ったことを確認してから腕を外した。

 ソフィアはそれに応えるように密着した状態から離れるが、しかし何故かコテツがとっさに引き寄せた時に取った手だけは、握ったままで。


「もっと」


 怪訝そうにしていると、ソフィアは呟いた。


「もっと、ぎゅっと握って」


 コテツは、言われて先ほどのワイズマンの言葉を思い出した。

 『できることなら末永い付き合いを。それと、エーポスにはできればよくしてやって欲しい。貴殿と会ってから、私のエーポスは実に楽しそうにしている』

 コテツは、無言でソフィアの手を握り返すことにする。

 そして、そこから何を繋げることもなく。


「……行くか」

「ん……」


 ソフィアも握り返してきて、離す様なタイミングは既に逸した。

 手を繋いだまま、二人道を行く。

 そんな中、ふと村長の家の方から歩いてくる兵士達の姿が見えた。


「丁度終わったようだな」


 見送りに行くのか、その中にはつい先ほどコテツに話しかけてきた村長の娘の姿もある。

 彼女は微笑んでこちらに手を振ると、兵士と共に村の入り口へと向かっていく。

 それとすれ違うようにして、コテツは村長の家へと入った。


「……おや。冒険者殿」

「手紙を受け取りに来たが」

「ああ、申し訳ありません。書くことが少々、増えてしまいましてな……。もう少々、お待ちいただけるだろうか」

「仕方あるまい。待とう」

「感謝します。それでは、こちらに……」


 あまり、村長は具合の良さそうな顔をしていなかった。

 どこか、力なさげに、コテツへ椅子を指し示す。


「交渉は、上手く行かなかったか?」

「……いえ、待ってもらえることになりましたよ」

「……そうか」


 そうして、コテツとソフィアは村長の示した椅子へと座る。

 村長は自室へと戻って行ったようだ。これから手紙を書き直すのだろう。

 そんな待ち時間にふと、ソフィアが口を開いた。


「気になる?」


 言葉が少なくて、意味を理解しきれないコテツは、次の言葉を待った。

 彼女の言葉はいつも短く、難解な時があるが、足りないときはちゃんと次を喋ってくれる。


「村のこと、あるいは、彼女のこと。どっちが気になるの?」

「ポーラの方だ」


 ここに至って、彼女とのコミュニケーションにも慣れてきた。

 コテツも言葉が多いほうではないために、この独特なテンポは慣れれば落ち着くほどだ。


「彼女の復讐の行く末に、興味がある」

「そう。何故?」


 コテツは答えない。


「復讐を終えた彼女は生きる目的を失くす。……目的を失くした自分と重ねているの?」

「確かに、そういう部分でも、興味はある」

「その先が見たいの? 彼女が復讐を終えた先に希望があれば、あなたも安心できる?」

「だが俺と彼女が同じ結末を辿る可能性は低いだろう」


 確かに、復讐のことしか考えられなくなった人間がそれを終えて目的を失った状態と、戦うことしか知らなかった人間が戦いを終えて目的を失った状態は似通った部分はあるかもしれないが、所詮似ているだけだ。

 ただ、どうなるのか参考程度に気になりはするが。

 しかし、本当の所は――。


「ちょっと! 村長、いる!?」


 コテツが口を開きかけた瞬間、乱暴に扉が開け放たれた。

 ポーラが家に入ってきて、その音と声を聞いてか、村長が床を軋ませて現れる。


「……何かあったか?」

「あの子が帰ってこないわよ! サラはどこ行ったのよ!」

「……さてな」

「さてなって、仮にも自分の娘じゃない!!」


 そこまで来て、コテツはある程度状況を把握する。

 サラというのはどうやら、シュタルクシルトへ向かったときに出会い、戻る際にもすれ違った村長の娘のようだ。

 その彼女が、推測だが、兵士達と村の入り口へ向かったまま、帰ってこないということだろう。


「どこか、寄り道でもしてるんじゃないか?」

「……嘘、吐かないでよ!」


 今にも掴みかかるんじゃないかという勢いで彼女は一歩前へと踏み込んだ。

 村長は、それを見ても動じることすらない。


「じゃあ、もう戻ってくることはないだろう、と言えばいいのかね」


 それとも、そんな気力がないだけなのか。


「……っ。売ったの? 自分の娘を」

「仕方あるまい。彼らが、なにも持ち帰らずに満足してくれると思うか?」


 娘を売った。

 穏やかではない言葉だが、どうやらそういうことらしい。


「どうなるか分かってんの? あんな好色親父に連れて行かれたら……」


 妻の方は既に死んでいることを考えれば、端的に言えば間違いなく慰み者だろう。

 無事でいられるという考えはどこをどう解釈したとて出てこない。


「村を、守るためにはしかたあるまい……」

「だからって、どうしてあんたたちはそうやって……!」


 と、そこで彼女は荒げかけた声を止めた。


「……もういいわ。負け犬根性が骨身にまで染みこんでる訳ね」


 代わりに、冷めた視線を浴びせて、彼女は踵を返す。


「あんたは負け犬らしく領主の影に怯えてなさいよ」


 そして、乱暴に扉の閉まる音が響いた。

 村長は、ただ、立ち尽くしている。

 そんな彼へと、コテツは声を掛けた。


「そんなに、村は大事か?」

「……はい」

「娘すら、捧げるほどに?」


 その問いに、村長は深く、静かに空気を震わせた。


「父祖から受け継いだ村です。それを守るのが、私の仕事だ」

「そうか」


 呟いて、コテツは立ち上がった。

 ソフィアもそれに続くように隣に立つ。


「……私は、間違ったことをしたのでしょうか」

「全てを捧げられるものがあるのは、幸せなことだろう。誇っていい」


 そして、コテツは扉を開ける。


「手紙なら待つ。明日までだ」


 そう言って、彼は村長を一瞥すると、扉を閉めたのだった。





このまま明日も更新予定です。

次回からぼちぼち戦闘しつつ事態収拾パートに。

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