78話 広い家
「……おお、これはこれは。おもてなしもできずに申し訳ありません、冒険者の方」
手紙を渡すべき相手は、その村の村長を名乗っていた。
「必要ない。代価は依頼者から受け取る」
「そうですか。では、返事を書きますゆえ一晩待っていただけますか?」
初老に差し掛かった男は言う。
コテツはすぐにそれを肯定した。
返事を持ち帰って始めての依頼成立だ。断っては仕事にならない。
「もとよりそのつもりだ。明日の正午までに頼む」
「わかりました。ところで、今日の宿ですが、この村に宿はありませんで。ここから二件隣の家を使って頂けますか?」
「いいのか?」
「ここしばらく帰ってきておりませんで。多分、もう帰って来る気もないのでしょうから、空き家のようなものです」
詳しい話は分からないが空き部屋だと思っていいようだった。
断るような理由はない。
「わかった。使わせてもらおう。では失礼する」
歩き出したコテツに、控えていたソフィアが続く。
扉から出れば、長閑な村の風景が見えた。
「ふむ、ここか」
そんな村を歩いてコテツは指定された建物へと入る。
扉を開けると、殺風景な部屋が視界に入ってきた。
「殺風景」
ソフィアが正直に呟いた通り、ほとんど、荷物もない味気ない風景。精々家具が放置してあるくらいか。
これならば、村長が帰って来る気がないと見るのも仕方ないと言えた。
しかし、宿としての活用のためか、他の何か理由があるのか、最低限の手入れはされているようだ。埃は被っていない。
家は一人暮らし用というわけではないようで、大きくはないが二階建て。
階段を上がって部屋を見れば、二部屋ある。ベッドもそのまま使えるようだった。
「今日はここで一晩過ごすが君は構わないか?」
「大丈夫。ばっちこい」
親指まで立てて、ソフィアは答えてくれる。
「そうか、ならいい」
コテツは簡潔に答えると一階に下りてきて、椅子へと腰を下ろす。
眼前には食卓として使っていたのだろうテーブルが一つ。
「夕飯にする?」
「少し早いが、そうだな」
ソフィアに問われ、コテツは頷いた。
「ん」
何もなかった空間に、バスケットが現れる。
異空間にしまっておいた弁当だった。
余談だが、コテツのバルディッシュも、あざみからソフィアへと渡され、いつでも使用が可能だ。
「いつ見ても、便利なものだな」
「少し、あの子には劣るけれど」
「あざみにか?」
「あの子はそういう風に特化しているから」
あざみの場合、ディステルガイストの特色、武器転送による対応力のために、異空間にしまっておける体積は他のエーポスよりも格段に大きい。
異空間に物をしまうというのは、他のエーポスにおいては機体をしまっておける分の余剰体積、オマケのようなものらしい。
「とりあえず、食べるか。明日は、何か作るとしよう」
食材は既に格納済みであり、調理器具もある。この家の台所の状態も悪くないようだし、明日には調理可能だろう。
「その時は手伝う」
「君は料理が作れたのか」
「年の功。長く生きていればこれくらいは当然」
「……そうか」
長く生きていてもきっと料理なんて食べる専門であろう二人のエーポスをコテツは思い浮かべたが、何も言わないことにした。
そして、リーゼロッテが作ってくれた弁当に手を伸ばしたその時。
家の扉が開いた。
何か言い忘れたことでもあって村長が訪ねてきたのかと思って二人でそちらを見れば。
「誰よ、あんた」
「……む、君は」
入って来た者の放った声は村長の太いそれではなく。
「って……、その声、まさか……!」
そして、その声の主もコテツの声に驚いたようであり。
「なんであんたがここにいるのよ――」
コテツとしても、つい先ほど草原で聞いたような声であり、見覚えのある顔だった。
黒に程近い赤い髪に、気の強そうな瞳。
加えていうならば、鼻の頭のそばかすが特徴的である。
服装はブラウスに極めて特徴の無い黒いズボン。草原で別れた時と一切変化は無い。
「ポーラ、戻っていたのか……!」
コテツに事情を話され、やってきた村長はその女性のことを、ポーラと呼んだ。
そんな村長へと、彼女は冷めた視線を向けていた。
険悪なムードに、コテツとソフィアは黙って事態の推移を見守ることとなる。
「……別に、すぐ出て行くわ」
目を逸らし、冷たく言い放つ彼女に村長は諭すような調子で言葉を紡ぐ。
「ポーラ、もう、諦めたらどうだ」
だが、彼女の視線は冷たくなるばかり。
「少し寝たら、すぐ出て行くわよ。顔も出してないし、迷惑は掛けない」
「そういうことを言ってるんじゃない。お前のしていることは無意味だと言っているんだ。お前の幸せのためにも……」
「嫌に決まってるでしょ」
「だからっ……!」
村長は、声を荒げかけて、止まる。
コテツ達のことを思い出して、かろうじて冷静さを失うことを避けたようだった。
「……申し訳ありません。しかし、参りました。これでは泊まれる場所が……」
大分置いてけぼりの状況だったが、事情があることは誰にでも想像できる。コテツはあえて触れることもなく話を進めることにした。
「俺は野宿で構わない。ソフィアにはできれば部屋を用意したいが」
「私も野宿で構わない」
コテツは気を遣ったつもりだったが、ソフィアはそれを辞退した。
いいのかと、コテツが視線で問うと、ソフィアは表情を変えることもなく答える。
「慣れている」
「それも年の功か」
「そう」
考えてみれば、一人王都とイクールの街の間を行き来していたような彼女である。
それくらいはできるのだろう。
「いや、しかし、よろしいのですかな……?」
村長は気が進まないようだが、他に手がないのもわかっているようだった。
そうして、纏まるかに思われたこの話は、他でもない家主によって横槍が入れられた。
「泊めてあげるわよ。それでいいでしょ?」
「ぬ、ポーラ、だが……」
家主よりも村長の方が気乗りしていない様子なのは、男の冒険者と女が一晩を過ごすという点だろう。
荒くれのイメージが強い冒険者と一晩過ごすというのはただの村人にとっては自殺行為としか思えないようだった。
だが、彼女は譲ることもなく。
「私がいいって言ったのよ。早く頷きなさいよ」
「……ふむ。構わないならば、ありがたいが」
野宿はできるが、したいわけではない。
使わせてもらえるならありがたいし、彼女に手を出す気もない。
ただ、不自然極まりない親切ではある。何らかの考えがあってのことかもしれない。
しかしながら、寝込みを襲われるなら野宿でも変わらないことだろう。
「ほら、決まりじゃないの。というわけで私はこの冒険者さんを泊めてあげるから、あんたは出て行きなさいよ」
彼女は、村長に向かって言って、扉を指差した。
「……仕方がない。わかった。冒険者殿、ではまた明日に」
諦めたように、村長は扉に手を掛けた。
そして、一度だけポーラの方を見る。
「最後に言っておく。あの子は、お前にそんなことを望んでいないだろう。こんなこと続けて、なんになる? 何をしたって、あの子は戻ってこないんだ」
「うるさい。早く行きなさいよ」
その声を背に、村長は去っていった。
その扉が閉まるのを見送ってから、ポーラはコテツ達に向き直ると、つっけんどんに口を開く。
「さて、まずはあんた達を一晩泊めてあげるわ。感謝しなさいよ」
そして、彼女は自分の思惑を口にした。
「代わりに、絶対に私がここ出身だってこと、人に漏らすんじゃないわよ」
言いながら、彼女は慣れない手つきで刃物をちらつかせてみせる。
どうやらわざわざ泊めると言ったのはこのためだったらしい。
確かに、外よりは色々とやりやすいだろうが、安い交換条件だと、コテツは彼女を無表情で見据えた。
「別に構わないが、刃物は最後の手段に取っておいたほうがいい」
「……ふん」
不機嫌そうに、彼女はそっぽを向く。
「それと」
そして、コテツは聞こうかどうか迷ったが、結局それを口にした。
「復讐か?」
それを聞いたのは、彼女がとある友人に似ていたからだろうか。
これまで聞いた断片的な言葉、行為、よく似た友人。
そして、この家は、一人で住むには広すぎる。
「だったらなによ」
彼女は否定しない。
「……あんたも復讐なんて無駄で無意味だって言うつもり?」
彼女にとって、それは聞き飽きた言葉なのだろう。
「いや」
だが、コテツはそれを追従する気もなかった。
「圧倒的戦力差はあるだろうが、復讐は自由だ」
そもそも、部外者がどうこう言えるようなことではないのだ。
だから、コテツにできるのは先達の言葉を伝えることだけ。
「友人曰く。復讐は『とてもすっきりする』らしい。君の心が晴れないならそれだけでも意義はあるのではないか?」
それだけ伝えて、コテツは彼女に背を向ける。
「なによ、それ……」
どう取ったのか、ポーラは小さく返しただけだった。
とりあえず落ちましたので振り出しです。
免許も取りに行ってますので忙しくはありますが、今回の話はそろそろ完成しそうなので終わり次第更新速度を上げます。
11/4 11:40ごろ 致命的なミスがあったので修正しました。
前話で顔が見えてないSH越しの邂逅だったのに、ポーラがコテツの顔を知っていたような話の進め方をしていたので修正。
該当の台詞回しをちょっと変えただけなので、大筋に影響はないです。