77話 Past revenge
"望月虎鉄"が宇宙にいた頃。
戦いを控えていた所に、とある男が訪ねてきた。
艦内の一室、虎鉄の部屋にわざわざ訪ねてきたのは、虎鉄と同じDF乗りの一人だ。
「……よぉ」
どこか居心地悪そうに、その男は片手を上げた。
「何か用か」
虎鉄は、その男とは深い関わりがあったわけでもない。
共に戦う仲ではあるが、エースである虎鉄は単独行動を主とする。
そして、エースに近づくような物好きはそういない。
「少し、話を聞いてくれないか」
大きな戦いを前に、艦内は整備班を始めとして騒々しく、兵士の一人一人もどこか落ちつかなさげである中、その男はわざわざ親しくもない虎鉄を訪ねて来たのだ。
「構わない」
断る理由は見当たらない。
「分かった。入ってもいいか?」
「ああ」
踵を返し、虎鉄は部屋の中へと戻った。
その男も、虎鉄に続いて部屋へと入っていく。
「……何もない部屋だな」
ぽつりと零された感想に、虎鉄は返答を返さなかった。
無論、戦艦内に持ち込めるものも限られているのだが、それに輪を掛けて何もない部屋ではある。
「好きに座ってくれ」
言うと、男は備え付けのベッドに座り込んだ。
「それで、何の話を聞いて欲しいんだ」
手を組んで、男は虎鉄を見上げる。
ほの暗い影の濃いその瞳。だが、それは虎鉄を見ていながら、彼を映していない。
その目は、ずっと他の誰かを見ているのだ。
虎鉄は、その目に見覚えがあった。その視線の先に晒されたことならば幾度かあるのだ。
その瞳の感情を名づけるならば、怨嗟。
「……俺の、復讐相手を見つけたんだ」
虎鉄は、何も答えない。
「俺は、今天涯孤独だ。家族を全て、亡くしている。未だに鮮明に覚えてるよ。戦火に包まれた俺の家と、容赦なくアスファルトを抉るでかい銃弾、鉄の足音」
別に、この時代においてそれは珍しいことではなかった。
家族を失った人間など、星の数ほどいる。
「親父はろくに喋らないようなヤツだが、威厳があって、お袋は口煩かったが料理が上手かった。妹は可愛い盛りで、俺の後をくっついて回ってな……。それが、全て一晩で消えた」
家族のことを話す男の瞳には優しさが篭る。
だがそう言って優しげな目をしていた男の瞳に、剣呑な光が宿ったのを虎鉄は見た。
「その、俺の家族を殺したヤツが、次の戦闘に出て来る」
「……そうか」
「赤い流星に狼のマークの機体がいたんだ。あれを、あれを忘れたことはない」
何故、虎鉄にそれを話すのかは分からないが、口を挟むのは憚られた。
「これまでずっとヤツを探してた。ずっと、殺してやりたいと思ってた。だから、殺す。相打ち覚悟で、刺し違えてもだ」
そう言って、男は言葉を区切った。
「と、まあ、こんな所か」
少しだけ、男の目から怨嗟の色が薄れた。理性的な彼本来の姿が見えて、虎鉄は疑問を口にする。
「それを、何故俺に話す?」
すると、男は立ち上がりながら苦笑した。
「誰かに聞いて欲しかったんだよ。誰にも知られることなく俺は家族の敵を討って、それで人知れず死ぬのかもしれない。そう思うと、怖くなった。誰かに、そういう奴がいたって覚えておいて欲しかったんだ」
「何故、俺だ」
「今の艦内は、誰にも余裕がない。でも、あんたなら聞いてくれる気がしたんだ」
「そうか」
そうして男は苦笑を漏らす。
「思った通りだったよ。これで心置きなくヤツを殺せる。それで死んでも、悔いはない」
立ち上がって、歩き出す男。
扉を開けたその背に、虎鉄は一つ声を掛けることにした。
「君にとって、復讐とは何だ」
「生きる理由」
片手を上げて、軽い声で彼は応えた。
「目的地までの所要時間は残り約三分」
コクピットの中、ソフィアの声が響く。
コテツの動かす白い巨人は、草原の中を歩いていた。
「想定よりも少し早く着いたか」
こうしてコテツが機体を動かしているのは手紙を届ける依頼を受けたからで、ソフィア・エスクードと共にシュタルクシルトに乗り込んでいるのは、彼女が自分が同行すると言い張ったためである。
彼女がそれを望むなら、それもまた良しとコテツが断らなかった結果がこれだ。
「しかし、何もない平原を走らせるだけでいいのか?」
目的地まで歩くだけの依頼。エーポスとしてそれだけで満足できるのかと、コテツはちらりと背後を見た。
肩まで届くか届かないかのウェーブのかかった、仄かに青い髪。それと似た色の、感情を窺わせない深い青の瞳がコテツを見ている。
服は、胸元にフリルをあしらった白いワンピース。
その裾からは、それに勝るとも劣らぬ白い太ももが覗いていた。
「いい。これは、これで」
本当に歩くだけでほとんど動きもなく、これで満足行くのかは疑問である。
だが、本人が言うならばそれ以上はどうしようもない。
そもそも、依頼を選んだのは彼女本人である。やはり、何も言うことはなかった。
「ならいいが」
「……うん」
彼女から出された条件はできるだけ時間を掛けること。
だからあえて迂回路を通ったりなどしてここまでやってきたのである。
目的地は、王都の西にある普通の村。そこへ手紙を届けるだけの依頼だ。
郵便制度が整っている訳ではないが、一所に手紙を集め、そして定期的に移動する騎士や修道士などに持たせて都市間を移動させ、その都市の手紙を集める郵便施設に届けた後、それをその施設が配る。そんなような仕組みはある。
しかし、手紙を運ぶというのは盗賊に狙われやすいし、その施設がない村などに手紙を送るには偶然そこに行く用事がある人間を探さなくてはいけない。
そのために、冒険者が利用されることがある。
多少高くつくが金さえ払ってしまえば一件だけである分確実性は高く、手違いの可能性は低い。
そして冒険者である分盗賊への耐性が高いのが特徴だ。
「しかし、この村に何かあるのか?」
「どうして?」
首を傾げるソフィアに、コテツは感じた疑問を口にする。
「君が選んだ依頼だからな。何かあるのかと思ったのだが」
「距離で選んだだけ」
「距離で、か?」
「そう。その方が、長くいられるから」
「随分、気にされているようだ。そんなに俺は頼りないだろうか」
どうやら気晴らしに散歩に連れ出されたようなものらしい、とコテツはこの状況を判断した。
別に気晴らしが必要な精神状態でもないのだが、ソフィアにしてみればそのように見て取れたのだろうと考え、自分の仏頂面が原因かと思い当たる。
「あなたは、戦場でならどうにでも生きていく。日常なら、気がついたら死んでる、かも?」
「……耳が痛いな。手間を掛ける」
「いい。あなたに尽くすのは、当然の流れ。きっと運命」
尽くしてくれるというほどじゃなくていいとコテツは思うのだが、彼女の決意は固いようだった。
「教え導くのは、年長者の務めだから」
「そういえば、そうだったか」
忘れがちになるが、彼女らはコテツよりずっと年上である。
これも、長い年月を生きたゆえの余裕のようなものなのだろうか、とコテツは後ろの彼女を思い浮かべながら考えた。
そして、そんな中でも無言で機械の巨人は歩き続ける。
「……む?」
そうして、村まで目と鼻の先と言ったところだろうか。
そこで、レーダーがSHの反応を察知する。
「三機のSHを確認。戦闘中と予測される」
「そのようだ」
ソフィアの言葉にコテツは肯定を返した。
レーダー内の光点の激しい動きを見るに、戦闘中のようなのは誰にでも見て取れる。
「行くぞ」
判断は一瞬。こんな所で戦闘とは見逃せるものではない。
そして、シュタルクシルトのマントがはためいたと思った瞬間、背からブースターの青い炎が吹き出る。
ゆったりとしたスピードから一転、高速で前進。
半ば地面を滑るようにして進むと、レーダーに反応があったその機影は、すぐに見えてきた。
「二機は味方の識別反応か……」
相対している二機と一機の内、二機の青白い機体は国側の識別信号を出している。
『あんた達なんて死んでしまえばいいのよ!』
対して、一機の方の、緑色の機体、ストラッドという冒険者に普及しているSHの搭乗者がオープンチャンネルの通信で何事かを喚いていた。
顔は出さず、声だけの通信であるが、声の高さで女だと分かる。
『絶対に報いを受けさせてやるんだから!』
「……ふむ」
その様を見て、機体を動かしながらも、コテツはコンソールを操作し、兵士のものと思しき機体へと通信を飛ばす。
。
暫定的には、こちらが味方だ。むしろ彼らと事を構えると面倒が起こる。
「こちら依頼遂行中の冒険者だ。そちらの所属を聞いてもいいだろうか」
『ん、冒険者か!? こちらバウムガルデン伯爵軍、第三巡回部隊! こいつを取り押さえるのを手伝ってくれないか!?』
「生死は?」
『問わない!』
どうやら彼らはここを統治するバウムガルデン伯の私兵らしい。
彼らは、喚き散らしながら滅茶苦茶に剣を振り回す機体に対し苦戦していた。
情けない光景だが、好き放題暴れられると、同じ射程距離で無傷で倒すのは意外と難しい。損傷覚悟で当たって行けば止まった隙に確実にもう一機が仕留められるのだが、適当に振られた剣がどこに当たるか分からないことを考えると足が止まってしまうものである。
それでも相手は素人のようなので訓練を積んだ兵士なら割と容易に組み伏せられるだろう。それができないのは、練度か度胸、どちらかが足りていないと言える。
だが、それを言っても仕方のないことだ。
「了解」
短く答えると、コテツは速度を更に上げ、剣をめったやたらに振り回す一機と、それに対し後ずさる兵士達の下に接近する。
『な、何!? 邪魔しないでよ!!』
必死で気が付いていなかったらしい女は、ギリギリまで来てコテツに気がついた。
そして、すぐさまコテツへと方向を変えて剣を振り回すが、当たるはずもなく。
先ほどから続く勢いのまま、シュタルクシルトとストラッドがすれ違う。
『え……?』
瞬間、敵機の両腕が宙を舞った。
シュタルクシルトの右手には、半透明の板状の何か――、魔術によって具現化された特殊な障壁が握られていた。
シュタルクシルトの武装は障壁、所謂バリアしかない。しかし、その柔軟性に富んだ障壁によって攻撃をもまかなうのである。
バランスを崩し背後へと倒れていく敵機。
そして、円錐状になった障壁が敵機の胸の前に発生すると同時、すぐさまそれを貫いた。
暴れる機体は、突如糸の切れた人形と化す。
そこでやっと、シュタルクシルトは動きを止めた。
「危険だと思い迅速に無力化したが」
そんな中コテツは、動きのない兵士達へと通信を送る。
固まっていた兵士達だが、コテツの言葉に応えて、各々動き始めた。
『あ、ああ……、感謝する。我々も手を焼いていたんだ』
「初めてではないのか?」
『最近現れ、好き放題暴れてるんだ。しかも一機の時を狙って不意打ちをしてくるから手に負えん。警戒して二人で動いていたから良かったが……』
そして、兵士の一人が機体を動かし、今しがた倒した機体を除き見る。
『生死は……、確認するまでもないな、こりゃ。コクピットが串刺しだ』
『そうか。と、依頼の途中だったな。手伝わせてしまって悪かった』
「いや、いい」
『後で回収に来るからこの場は任せてそちらは依頼を遂行してくれ』
「ああ」
『成功を祈る』
これで終わりのようで、シュタルクシルトは二機へ背を向けた。
マントが揺れ、再び目的地へと向けて歩き出す。
そしてしばらく歩き、兵士達の機体も見えなくなった頃。
「……さて」
シュタルクシルトが、ずっと握っていた左手を開いた。
兵士達と別れてから不自然にシュタルクシルトは手を握っていた。
ならばその手の中にあるのはと問われれば、それはそう、正体不明の機械の箱。
縦長で、上は空洞になっている。
そして更に、その中には。
「怪我はないか?」
――人の姿があった。
そう、それは先ほどの戦闘の相手。
障壁でコクピットブロックを貫いたように見せたが実は違う。
最初にすれ違った瞬間にコクピットブロックを切り裂いて回収し、最後に胸に障壁を突き立てることで痕跡を隠蔽した。
そして、気付かれぬ様ここまで持ってきたのである。
だが、そのここまで連れて来られた本人は、睨み付けるようにしてシュタルクシルトを見ていた。
その視線がモニタを通してコテツへと突き刺さるが、彼はそれを黙殺し、逆に手の中の女の方が沈黙に耐え切れなくなったか、観念したように口を開く。
『……なんのつもりよ』
「いくらか気になる言葉を聞いたのでな。話をしたくなった」
女は、不機嫌そうに言い捨てた。
『あれで助けたつもり? なら、私の味方でもすればよかったじゃない』
「伯爵と事を構えるのは良策とは言えないのでな」
『どんな冒険者かと思えば、意気地なしだったのね。がっかりだわ』
結局、何故コクピットブロックだけを切り取るような回りくどい真似をしたかと言えば、他に彼女から話を聞く手段がなかったからだ。
いきなりバウムガルデン伯に喧嘩を売るのはあり得ない選択肢と言えるだろう。だから、彼女に加勢する選択はなかった。
しかし、放って置けば彼女は二対一の状況から勝てたのか。それは否だ。確かに、相手兵士はそこまで強くなかったが、彼女の操縦の方が余程素人だ。あのままだったら応援が来てそのまま捕縛されるか、あるいはめったやたらに剣を振り回す機体と後ずさるだけの機体、どちらが早くエネルギー切れを起こすかは明白であり、やがて捕縛されただろう。
捕縛の後エトランジェ権限で強引に引っ張ってくることもできるが、それもバウムガルデンに禍根を残すかもしれず、望ましいことではない。
ならば一番良いのは気付かれずに死んだことにしてつれてくることだった。
「それで、話は聞かせてもらえるのか?」
『……何の話よ』
「戦闘中に報いを受けろと言っていたはずだが、どういうことだ」
彼女は狂人のようにも愉快犯のようにも見えない。
それで、兵士を狙って報いを受けろとは、一応とはいえ国に所属するものとしては気になりはする。
ならば聞いてみたいと思ったのだが、彼女に答える気はないようだった。
『そんなこと……、なんであんたなんかに話さなきゃならないのよ!』
「そうか」
あっさりとコテツは追求を諦めた。多少気になるとはいえ、バウムガルデン伯のいい噂を聞かないことを考えれば大体の予想もつくというものだ。
これが王都付近であったり、あるいはアンソレイエを狙った組織に関連がありそうならば対応も違うのだが、明らかにそうではない上に、機体も壊してしまった以上ほとんど大それたことはできないだろう。
これ以上は知ったことではないと、コテツは断じた。
アマルベルガには従うが、国に忠誠を誓ったわけでもない。国の危機なら戦うこともやぶさかではないが、これはどう見てもとある領の問題であり、むしろ領主が向き合うべき問題だろう。
「では、送っていこう。どこまでだ?」
『……ここでいいわ』
「了解」
コテツの世話になりたくないのか、あるいは、自分の住居の場所を知られたくないのか、どちらにせよ、彼女にも事情があるのだろう、とコテツは素直に彼女を地に降ろした。
コクピットブロックから出てきた彼女は、黒に程近い赤い髪に、気の強そうな瞳。
だが、それだけのただの小娘だった。
「次機体に乗って相対した時はもう問うこともない。出会わないことを祈る」
『とっとと行け!』
その声を背に、シュタルクシルトが歩き出す。
時間も夕方に差し掛かった頃。やっと、目的の村が見えていた。
話が完成したわけでもなく、更新速度があがるわけでもないのですが、報告のお供に導入部だけ。
先日、正確には現在十二時を回ってますので一昨日になりますが、面接に行ってきました。
受かる受からないに関わらず通知が来るまで余裕ができるので、その間にこの話は仕上げたいと思います。もう少々お待ちを。