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異世界エース  作者: 兄二
Interrupt,あるエース達の一日。
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76話 夢幻


 "それ"はたゆたう。夢見心地の中をただ、漂う。

 永劫の退屈の中で、"それ"は夢を見ていた。

 "それ"を楽しませるための夢。"それ"にはお気に入りの夢があった。

 空を舞う鉄の巨人達の夢。その中で一際輝く一人の一機の夢。

 その夢は、"それ"を大いに楽しませた。

 戦場の中、圧倒的な力を以って捻じ伏せる者達。

 その姿は、"それ"の自身の姿、あるいは同胞達の姿を思い起こさせる。

 人の身でありながら、"それ"と変わらぬ様は愉快だった。

 しかし、それはやがて見なくなった。

 そして、また退屈を持て余した頃。

 知った気配が、"それ"の世界に現れた。














 その日、コテツはディステルガイストを飛ばしていた。

 なにか目的があるわけでもない。言うなれば、空中機動の訓練のようなものだ。

 機体を空に舞わせ、様々な機動を確かめていく。調子は良好だった。

 そして、しばらく飛び続けたときのことである。


「……んん?」


 あざみが、妙な声を漏らした。


「どうした?」

「いや、なんか、魔力を感じるんですけど」


 今まで、なにも言わなかったあざみが違和感を感じている。

 コテツは、計器類を注視した。

 そして、次の瞬間。

 レーダーにも映らないほどだった魔力が、突如、膨張した。


「この反応……、まさか……!?」


 即座にコテツはディステルガイストをその場に制止させる。

 魔力の中心点はディステルガイストの前方だ。

 そして、何も無かった空間から紫電が迸って、それは現れた。


「――龍です!」


 これまで、名前しか聞いたことのない、この世界で最も恐れられている生物の名がコテツの耳朶を叩き。

 彼はそれを見たのだ。

 それは、白き龍だった。外見は西洋のドラゴンとも言うべき体。

 真っ白い、新雪のような白い体表。

 そして、その巨体。

 頭一つ分程の高さが、SH一機分程。これの前では、SHなど、まるで玩具だ。


「……ちょっと、これって、洒落にならないんじゃないですか」


 コテツは、操縦桿を握る手に力を篭めた。

 それを見て、あざみが表情を緊張させる。


「もしかして、やる気ですか? 龍の中でも強い方ですよ、これは」


 だが、退く気はコテツにはなかった。あざみの言葉を遮り、彼は言う。


「今でこそ何もない草原だが、王都まで通す訳にも行くまい。それに――」


 まるで、力そのものを体現したかのような姿。近くに寄っただけでも波動で落ちてしまいそうな空気。


「龍を倒すための、アルトだろう」

「そうですね。ま、お役目を果たす時が来たってことですか」


 やるなら、死闘になる。コテツの勘がそう囁いた。


「戦闘開始と同時に王都に連絡します。後は王女様の判断で」

「分かった、では」


 行くぞ、そう告げようとした瞬間。

 空気を切り裂くように、それは声を上げた。


『それには及ばない。人の子よ』


 低く、厳かな重く響く声。


「喋ったーっ!」

「……説明を求める」


 驚くあざみを余所に、コテツは龍へと問う。


『我に、敵意はない。事が済めば、我は帰る、小さき者』

「それを信じろと?」

『お前達の言う、初代エトランジェにより、多くの同胞は死を迎えた。だが、我はただ世界の果てで眠りたゆたうだけの存在。だから奴も我を殺すことはなく。そして、これからも我はたゆたい続ける』


 今までずっと寝て過ごしてきたし、用が済めばまた寝床に戻る。

 つまり、自分は無害だということか。


「では、なんの目的が」


 ならば問題はそこに収束する。

 目的を果たせば戻るということならば早急に果たしてもらって帰ってもらうべきだろう。

 そして、その目的を、その龍は口にする。


『目的は、お前だ』

「……ご主人様、ですか?」

『お前は我を知らぬだろうが。我はお前を知っている。エース、望月虎鉄』


 その言葉に、コテツの眉が動く。

 その呼び方は、この世界ではなく、元の世界のコテツを思い起こさせる。


『たゆたう眠りの中、我は夢を見る。時空すら越えて、我は夢を見る。その中に、気に入った夢があった。機械の巨人たちが戦い続ける夢。その中に、人の身でありながら我々のように飛ぶ者たちがいた』


 龍が、一度羽ばたくだけで、風のうねりが生まれる。


『人の身でありながら、他とは違う、絶対強者の飛翔。それを、お前たちはエースと呼んでいた。そして、その中でも一際目立っていたのが、お前だ』


 前へと、その巨体が動き始めた。


『――飛べ』


 その言葉に、コテツは無言でスロットルを倒す。


『我はお前たちを見ていた』


 恐れだとか、言う通りにした方がいいなどという日和った考えは出てこなかった。

 ただ、そうあるべきだ、機体は龍の背を追った。

 心のどこかが、面白いと呟いた。


『特にお前を見ていた。そして、長き眠りの中、お前を見ていて、一つ考えたことがある』


 龍の背の上を、機械の巨人が飛翔する。


『お前と、同じ空を飛んでみたいと』


 そして、どちらともなく、それは加速して行った。

 その、龍の言葉に、コテツはただ一つだけ言葉を返す。


「そうか」

『そうだ。お前の空を飛んでみたかった。この役立たずの翼を振ってみたくなった。お前と、飛んでみたかった』


 背を合わせるように、横になって飛翔し、分かれては合流を繰り返し、その軌跡は螺旋を描く。


『まるで夢だ。これは。我とお前は、今在り得るはずのない空を飛んでいる』










 そう、夢はいつの間にか現実になっていた。

 夢の中の主人公とも呼べる男は、世界を飛び越えた。

 手を伸ばせば届く距離にそれはあった。

 だがしかし、その男は少しだけ、龍の思うそれとは異なっていた。

 見なくなった夢は、場所を変えて続く。再び見るようになった夢の中で、相も変わらず彼は空を飛んでいた。

 しかし、違うのだ。求めていた男とは、少しだけ違った。

 今と前と、何が違うのか、今ひとつわからなかったが、ただ一つ。

 龍は久々に、目を覚ますことにした。









 龍との曲芸飛行が続く。

 ある時はぴたりと張り付くように、あるいは、すれすれを交錯して。


『その程度か? 人間よ』


 そう言って、龍が一度羽ばたいた。

 その巨体の頭を、ディステルガイストに寄せて、その瞳がコクピットの中のコテツを射抜く。

 挑発してきている。

 思わず、コテツの口の端が、ほんの少し吊り上る。

 ディステルガイストの速度が、更に上昇した。


『……面白い』


 龍もまた口端を歪める。

 そして、その飛翔は続く。

 まるで、それは空戦のようでいて、息の合ったダンスのようでもあった。

 螺旋のように絡み合い、時折、左右に分かれては、肩を並べ、空を舞う。


『これも泡沫の夢ならば。愉快に彩るのが粋ではないか?』


 龍の、背面飛行。

 まるで背を擦るのではないかという程のギリギリの高度で地を這うように飛ぶ。

 それに応えるように、ディステルガイストはその背と地面の間に潜り込んだ。

 強烈に吹き付ける風圧を物ともせず、受け流し、その背に遅れず着いていく。


「そうだな」


 そして、示し合わせたように上下が逆転する。

 どこまでも、高速に景色が過ぎ去っていく。

 どこまでも、青い晴天の空を、一機と一匹が飛び去っていく。

 たしかに、面白い。


『なあ、人間よ』


 そんな中、不意にディステルガイストと、龍の頭が隣り合う。


『今お前が何を思っているか知らないが』


 彼は言った。


『この世界の空も、良いものだとは思わないか?』


 そうして、言われてやっと、コテツは龍の意図がわかった気がして――。

 思わず彼は、苦笑を返した。


「……悪くない」

『そうか、悪くない、か。そうか、それは良かった』


 龍が、にやりと笑む。

 そして、どちらともなく、左右に分かれる。


『では、寝る』

「ああ」

『また縁があれば、とお前たちの言葉では言うのだろう』

「できれば、何もない僻地で会うことを祈る」


 龍が、遠ざかっていく。


『精々この世界で生きるといい。死ぬならば、できれば、我の手に掛かるがよい』

「考えておこう」


 やがて、それは見えなくなった。

 コテツもまた、王都へと戻っていく。

 そんな中で、先ほどからがなりたてていた通信を知らせるアラームに、応えることにした。


「どうかしたか?」


 相手は、アマルベルガ。

 血相を変えて、彼女はコテツを見ている。


『どうかしたか、じゃないわ! そちらにありえないほどの高密度魔力反応が出たのだけど、どういうことかしら!?』


 そんな問いに、コテツはただ一つだけ、事実を伝えることにした。


「要するに、俺を見かねて友人が励ましに来た。そういうことだろう――」


 どこまでも続く空を飛んで、コテツは王都へと戻っていく。

 狐につままれたような顔をして、アマルベルガがコテツを見て、背後で、あざみが苦笑しながら溜息を吐く。

 そんなエースの一日。












 願わくば、思いのままに飛ばんことを。

 龍は再びたゆたう。

 お気に入りの夢の中で。

内容もオマケみたいなもの、ということで二本同時更新でした。

次回から08スタートです。

ネタ的にはヴァンパイアの話か復讐についてコテツがあれこれする話が入れられそうですが、今のところどちらにするかはまだ決めてません。

とりあえずネタのまとまりが良さそうな方から行くので、今しばらく時間を頂きます。

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