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異世界エース  作者: 兄二
Interrupt,あるエース達の一日。
80/195

74話 あるエース達の一日。

 隻腕の機体が、荒野を歩く。


「うーん……、いい加減お腹がへったなぁ。参ったね」


 呟いたのは、貴公子然とした金髪の男だった。

 エミール・ディー。

 彼がこの世界へとやってきて、一月が経過していた。

 そんな彼は、三日前を機に、今まで何も口にしていない。


「このまま飢えて死ぬのだろうか、僕は。本当に参っちゃうね」


 だが、言いながらも、彼は笑っている。


「いやはや、餓死寸前の気まま一人旅なんて元の世界じゃ考えられないなぁ」


 エースは貴重な戦力であり、適正な管理で状態を保ってこそ精強な兵士として成立するという火星の理念。

 それは、戦争が終わってからは別の意味を持って厳しくなった。


「やはり、風に吹かれ、激流に揉まれてこその人生だなァ」


 だが、実際管理されていたとはいえ、彼自身は自由を好み、単独行動を愛する方だ。政府による管理は、彼にとって退屈なものでしかない。

 その結果、今に至ってなんだかんだと、彼は愉快な自由を楽しんでいた。


「あれはこういう状況で、培われるものなんだな。うん、こいつはいいぞ」


 当てもなく、餓死の危険性すら横たわる中で培われるものもある。エミールはそう考えている。

 地球側のエースに多い泥臭さと、粘り強さ。手段を選ばず、例え何を失ってでも勝ちに来る姿勢。

 地球側のエースに多い理由の一つとして、余裕など一切なかった地球側がどんどんと最前線にエースを送り続けたからだろう。

 劣勢、撤退戦、敗走、そして後がない状況。地球側のエースはそれを多く経験している。そういう状況から這い上がってきたからこそ、終盤の地球軍の巻き返しがあったのだとエミールは思う。

 それに対して、火星は序盤から中盤にかけてを有利に進めていたから、それを保つためにエースを失うのを避けた。そのためにそういった経験が薄いエースが多い。

 確かに、貴重な戦力であるエース機と、それに輪を掛けて貴重なエース。それを無事に持ち帰ると言うのは間違いではないとエミールも思う。

 だが、エミールの目指すのは、そうではないのだ。だからこれは、有意義な旅になる。

 そう、きっと自分は今まで温室育ちすぎたのだ、と。

 周囲から見れば独断先行、命令無視は日常茶飯事と、十二分にやんちゃして生きてきた彼ではあるが。


「……ん? ああ、街があるじゃないか。なんてラッキーなんだ僕は」


 と、そこで彼は街を見つける。大きな街とは呼べないが、食事を摂る分には一切問題ないと言えるだろう。

 エミールは、近くに機体を寄せると、膝を付かせコクピットを出る。

 そして、保護色のシートを掛けて、彼は揚々と街の中へと歩き出したのだった。
















「うん、美味い! 中々三日ぶりの食事と言うのは素晴らしいね」

「お客さん、冒険者?」

「いや、絶賛人探し中の、言うなれば旅人かな」


 ふらりと立ち寄った食堂で、彼は食堂の看板娘と会話を楽しんでいた。

 ここは冒険者向けの酒場で、元冒険者だったという父を持つ彼女は父に英語を仕込まれていた。

 それが幸いして、彼はこうして食事中に会話を楽しむことができるのだ。


「ふぅん? 大変なのね。探してるのはどんな人なの?」


 その問いに、大げさにリアクションを返して、彼は言う。


「虎鉄、って言うんだけど知ってるかな? こーんな仏頂面で、はちゃめちゃに強くて、頭おかしいくらい強くて、とにかく強いんだ」


 身振り手振りつきで話すものの、きっと半分も伝わっていないだろう。

 少女も悩むが、やはり知らない様子だった。


「……うーん、知らないわね。でも、コテツ……? コテツ、って、うーん……、どこかで聞いたような。どういう関係なの?」

「彼は僕の、運命の相手さ」

「……えっと。そういう人なのね……」


 運命の相手、と言った所で彼女は微妙そうな顔をした。

 だが、流石客商売、なのだろうか。彼女はすぐに表情を戻して聞く。


「フルネームは?」

「望月虎鉄。こっちで言うなら、コテツ・モチヅキかもね」

「……コテツ・モチヅキ。うーん」


 しかし、考え込むも答えは変わらず。

 ごめん、わからない、と彼女は言い、違うものへと話題を変えた。


「でも、あなたも英語しか喋れないって随分難儀してるのね」

「うーん、そうだねぇ。参った参った」


 困った様子を見せずに、彼は朗らかに返す。


「そういう君は随分英語が上手いじゃないか」

「お父さんに仕込まれたのよ。別に完全に覚えなくたってSHは動かせるのに、凝り性だから……」

「ふーん? まあ確かに。読めれば大体分かるし、後はコクピット内で耳で聞く単語はある程度限られてるしね」

「そ。だけど、どこぞの、エトラ……、エト、なんだっけ。なんだったかの何代目のファンだかなんだか知らないけど、所縁がどうの言ってさ」

「そーかい、それは大変だねぇ」

「まったく、そういうあなたは誰かに呪いでも? 言葉を話せなくなるような」

「あー、うん、それそれ。適当に各自で補完しといてよ」

「……なんか釈然としないけど」


 適当に頷くエミールを、少女は半眼で見つめる。

 彼はそれをあっさりと受け流した。


「うーん、それにしても、また空振りかぁ。虎鉄は一体どこにいるんだろうね」

「コテツねぇ……、コテツ、コテツ」


 しかし、少女も些かお人よしと言うべきか。関係ない話であろうに、再び考え込む素振りを見せる少女。

 そして、今回もそれは徒労に終わると見えた。が、しかし、彼女は不意に口を開いた。


「あ」

「ん、どうかしたかい? そんな間抜け面して」

「知ってるかも、その人」


 それを聞いて、エミールが椅子を蹴立てて立ち上がる。


「それは本当かい!?」


 少女はと言えば、記憶を辿りながらといったように考えながら話す。


「えっと……、詳しくは覚えてないけど、冒険者の人が……。って、あ、そこ、そこの人。そこの人が昨日もご飯食べてたんだけど、その時に名前を聞いたと、思う」


 そして、途中で思い出したように、食堂の隅で食事をしている男を指差した。


「ふうむ、なるほどなるほど! そこの人、ちょっといいかな!!」


 するとエミールはすぐさま立ち上がって、少女が指差した中年の男の下まで歩いていく。


「――」


 男の方は、エミールに理解できない言葉で喋る。


「おっと、英語で失礼。実は僕は英語しか喋れないし分からない。アーユーオーケイ?」


 食事の他に、昼間から酒も飲んでいる男へと、エミールは聞いた。


「コテツ・モチヅキについて知ってることがあれば教えて欲しいんだ」


 すると、男の方も誰かに言いたかったようで、男は表情を嬉しげに変える。

 そして、椅子から立ち上がるとにやりと笑って、声を上げた。


「知ってるも何も、俺は見てきたぜ。エトランジェ、コテツ・モチヅキをな!」


 荒くれのような風体の割りに、意外と流暢な英語。ベテランの冒険者なんかは、なんだかんだで結局覚えてしまった方が操縦に便利ということもあって、英語に堪能な人間が多いが、彼もそうなのだろうか。


「……エトランジェ?」

「知らねえのか、ボウズ! ソムニウムのエライ奴だよ!」


 男も詳しく知らないようだが、その辺りはエミールも興味がなかった。

 ただ、コテツがこの世界にいて、活躍しているらしいというだけで十二分すぎる。


「ほほう! 流石虎鉄だ!!」

「俺はな、アンソレイエの式典を見に行ったんだ。そりゃもうでけぇ祭りよ。串焼きが滅茶苦茶美味かった。そして、盛大な祭りは宴もたけなわ、遂にメインイベントってとこまで差し掛かった。するとよ、いきなりドンパチ始まってな。しまいにゃアルト同士で大喧嘩よ! そのアルトの片方に乗っていたのが、当のコテツ・モチヅキって寸法よ」

「おお!」

「式典に現れたアルトは強かった。強かったが、だが、コテツは一歩も引かねぇ! 攻撃をするり掻い潜り、受け止め、しまいにゃ勝っちまった! そのあと現れた賊になんぞ、何もさせねえ、容赦なく叩き潰して地面に沈める!」


 本人の脚色もあるだろうし、見ていない部分はきっと想像で語っているのだろうが、エミールには関係のない話だ。

 ただ、聞けば聞くほど、それはコテツのようだった。


「当然だね、虎鉄なら」

「と、こうしてコテツ・モチヅキはアンソレイエで活躍し、国に戻って行った訳よ」

「んー、それで、彼は今どこに?」

「ソムニウムだろうさ」

「ソムニウム……、ソムニウムか……」


 ふらふらとエミールは椅子へと戻る。

 そして、唐突に彼は満面の笑みを浮かべたのだった。


「僕はなんてラッキーなんだ! たった一ヶ月で手がかりを手に入れるとは……、これはもう天命と言うしかないね! やはり惹かれあっているのかもしれない」


 そして、再び料理に手を付け始める。


「こうしてはいられないなぁ。次の目的地はソムニウムだ」


 エミール、彼も軍人である以上、食べるのは早い。

 目的地が決まった今、長居する理由もない。

 すぐに食べ終わり――。


「ごちそうさま」


 ――彼は言った。


「さて、皿洗いをさせてくれないか」




















「……随分豪快な無銭飲食ね」


 少女のその言葉に、台所で皿洗いをしながらエミールは答えた。


「いやはっは。君は優しいなァ。前の街じゃ留置所で一晩過ごしたのに」

「あなた、しょっちゅうやってるの……?」


 呆れたような彼女の瞳にたじろぎもせず、朗らかに彼は頷く。


「あの晩は屋根があってラッキーだったね」


 今彼の心中にあるのは気ままな一人旅のことだ。

 親切な人たちに泊めてもらった事もあれば、屋根の上で寝たこともある。

 言葉が通じないなりに、朗らかでフレンドリーなエミールは異国の地であろうとも、能天気に生きていける。一種の才能とも言えた。


「随分刺激的な生き方してるのね……」


 既に、皿洗いも手馴れたものである。

 手際よく、泡を立てて汚れを落としていく。


「楽しいもんだよ、人生にはりがあっていい。そういう君はどうなんだい?」

「ま、見ての通りよ。ただの食堂の看板娘。刺激とは無縁ね」

「ほう、そいつはいけない。すぐに刺激的な人生に切り替えたほうがいい」

「そう簡単には行かないもんよね」

「それもそうだね。僕だって、刺激が足りないから彼を探しているんだ」

「えっとね……、それ、どういう意味なの? もしかしてあなたは男が好……」

「そうだねぇ……、やっぱり僕の相手はコテツじゃないと駄目なんだよね。物足りないんだなァ、他じゃ」

「……あ、やっぱりそういう」

「でもつれないんだよねぇ、彼は。お堅いっていうか、なんていうか僕に冷たいっていうか。あしらわれちゃってさ」

「エトランジェは普通なのね……。ねえ、あなた、そういう趣味の強要は良くないと思うわ」


 コテツとの戦いこそがエミールにとって最高の刺激だ。

 できるならば、死ぬまで彼と戦い続けていたい。

 そんなことを考えながら、彼は皿洗いを続ける。

 そんな中、彼はふと違和感を感じ取った。


「んー?」

「どうしたの?」


 少女が怪訝そうに聞く中、エミールは面倒くさそうに答える。


「いや、なんか血相変えて走ってくる音が聞こえてね」

「そうなの?」


 少女が首を傾げ、エミールは何でもないように告げる。


「来るよ」


 その瞬間、食堂の方へと、誰かが駆け込んできていた。


「――っ! ――――!!」


 食堂の方から響く声。

 一瞬にして、食堂内が騒然とする。


「どうしたんだい?」


 残念ながら、言葉の分からないエミールでは何かトラブルがあったということしか分からない。

 厨房でその様を見ていた彼は隣の少女に問う。


「山賊が降りてきたって……!」


 顔を青ざめさせて放たれた彼女の言葉に、エミールはもう一つ問いを放つ。


「どういうことだい?」

「大分前に、山賊が近くの山に住み着いたのよ。最近は警戒してあそこの山道はあまり使われてないから獲物が減って、降りて来たんだわ……!」


 それで、エミールは大体の事情を理解する。

 山賊たちは、拠点を移すついでにここを襲撃していくつもりなのだろう。狩場に見切りをつけて場所を変えるとしても、先立つものは必要なのだから。


「――! ――――っ!!」


 そんな動揺に包まれる食堂の中で、男の一人が呼びかけた。

 エミールには実際の言葉は分からないが、雰囲気から感じ取るに、協力を求めているのだろう。

 それを皮切りに、動揺のざわめきが活気に変わる。

 食堂にたむろしていた冒険者達は、どうやらこの街に好意的なようだ。

 辺鄙なところにある、小さな街だ。そこにわざわざ留まって稼業を続けるのは、それなりに思い入れがあるということか。

 だが、そんなような会話が行なわれている中でも、エミールはただ皿洗いを続けていた。

 その、皿洗いを続けるエミールに、少女が話しかける。


「ねえ、あなた、英語が話せるってことはSH乗りなんでしょ……?」


 この世界の人型機動兵器のインターフェースが英語だということはエミールも分かっていた。

 機動兵器に乗るには英語を覚えておくことが有効である。逆説、この世界で英語を流暢に話せるということは人型機動兵器に深い関わりがあるということだ。


「んー、まあ、正確には違うけど、大体そんなもんだよ」


 呑気に言ったエミールに、少女は頭を下げた。


「ならお願いっ! 街のみんなを助けるのを手伝って!!」

「んー……」


 そんな彼女を、エミールは一瞥もせずにただ手を動かし続ける。


「避難の手伝いだけでいいの……! ちょっとだけでもいいから!」


 切羽詰まって猫の手も借りたいと言ったところか。

 悲痛な様子のその彼女に。


「んー……、お断りだね」


 だがエミールは言い切った。


「なっ……」

「世の為人の為ってのが僕はどうも苦手でね。というか、君たちがどうなろうと割りとどうでもいいんだよね。僕としては」


 そう言って、彼は最後の皿を置いた。


「さって、皿も洗い終わったし。行くよ。じゃあ元気で」


 そして、彼は少女の元から去っていった。

 その背へと、少女がなにか叫んでいたが、気にすることもなく、彼は気ままに歩き続ける。















「んー、やっぱりコクピットは落ち着くなぁ」


 彼はその機体に乗って歩き続ける。

 どこまでも広がる荒野。それは、自由だ。どこに行ってもいいし、命を無駄に危険に晒してもいい。

 それはエミールの求めるものの一つであり、足らないのは後一つ。

 焼け付くような、その刺激だ。自由の変わりに、この世界での対人型機動兵器戦は刺激が薄い。

 寝ている間に野生動物に襲われたりするのは、刺激的な日常で、彼の求めるものではある。

 だから、後は最後の一ピース。その場にいるだけで心臓が止まってしまうような、非日常。

 コテツのとの戦い。それを求めて、彼は荒野を歩き続ける。

 そこに、立ちはだかる敵機の姿があった。

 ただ、それだけのことだ。


『――――ッ!』


 敵機からの通信。何を言っているのかわからない。


「英語で話してくれないかなぁ」


 相手は、多分敵の集団のリーダーと呼べる存在だろう。

 一機だけ動きが違ったのを、エミールは見ている。


『お前は……、あの街のヤツか……!』


 すると、その通信先の男は片言の英語でそんなことを口にした。

 それを、エミールは笑顔で否定する。


「いや、全然」

『なら、なんでこんなことをした――っ』


 その言葉が指し示すのは、彼の周囲のことだ。

 彼の周囲のジャンクたち。


『なんでそんな奴が俺達を――ッ!!』


 あるいは、死屍累々。

 機械の巨人達の墓場。

 既に、半数のSHが地に沈んでいた。


「だってさ」


 その言葉に、男は絶句することとなった。


「通行の邪魔じゃないか、君達」


 当然のように、エミールは口にする。


「道を塞ぐのはいけないってスクールで習わなかったのかい?」

『――っ。そんな事を言って街から意識を逸らそうッたって……』

「いや、だからね。ほんとに、あの街のことは割りとどうでもいいんだよね。だって、もう二度と来ないと思うし」


 いつものように、彼は笑った。


「それとも、正当な理由が欲しかったかい? こんな理由でお仲間を倒されてしまったら、憤懣やるかたなし、かい?」

『お前のせいで俺の団が壊滅……! よしんば略奪に成功したって、SH七機の損害は立て直せない!』

「でも残念。理由は特にない」


 友人に向けるように、ただ、朗らかに。


「理不尽だと思うかい? その通りだ」

『――ッ!! ――――!』


 相手が、何事かを喚く。

 通じなくても大体分かった。やれ、という命令に、所詮相手は隻腕という侮りか、あるいは鼓舞の言葉。

 きっとそんなニュアンスだろう、とエミールは彼らの様子を見てあたりを付けた。

 飛び掛ってくる敵機。エミールのソードフィッシュが、腰の剣を抜く。

 妖しく光る、日本刀。それが、揺らめいた。


「まるで嵐のように、怒れる火山のように、過ぎ行く台風のように、響く雷鳴のように。エースとはかくあるべし」


 時代遅れと侮るなかれ。それは、エースと共に最前線の最先端を駆けて来た。

 幾万ものコーティングを施されたその刀身は光であろうが熱であろうが、効きはしない。

 それに断てぬもの無しと謳われた職人の業と、操縦者の技。

 今はエミールの手で、それが冴え渡る。


「エミール・ディーはかくあるべきだ」


 刀身が、舞った。

 舞い散る桜の花びらのように、祈りの散華のように。

 決して、刃の煌きは速くは無いように見えた。刀身は、ゆるりと振られたかのようだった。

 だが。それは飛び掛った敵機全てを一切の容赦なく切り裂いていた。


『……ッ』

「実はね、僕は今、かなり気分が乗っている」


 次々に失速し、落ちていく機体、いや、機体だったパーツ達。


「やっと見つけた手がかりだ。こんなところまで来て、やっと一つ見つかったんだ。もういてもたっても居られない」


 何とか生き残った機体へと、踏み込み、横薙ぎに剣を振るう。

 結果は簡単、真っ二つ。


「そう! コテツが居るんだ!! この世界にコテツがっ! 居るんだよ、居るんだなァ、これが。僕にエースのあり方を教えた男が」


 次に、後ろから迫ってきた敵機へ、回し蹴り。

 横に体勢が逸れたと思った瞬間には、両断を終える。


「実にっ! 愉快愉快愉かァいッ!!」


 横から迫ってきた敵機には、連続で蹴りを浴びせた。

 そして、怯めば両断が待っている。


「早く会いたいなァ。声が聞きたい、顔が見たい、戦いたい」


 最後に残ったのは、リーダー機。


『――ッ!』


 きっと、最後の言葉はくそったれ、かなにかだろう。

 真っ直ぐに、ナイフを構えて向かってくる。

 それを、真っ向からエミールは刀を以って斬り返した。

 刀とナイフが火花を散らす。

 山賊の頭目が、驚愕の顔でそれを見た。

 縦に二つに刀身が裂けたナイフ。どれだけ精密に刃を合わせたのか。

 考える暇すら与えることなく、エミールはその四肢を切り飛ばした。


「ふぅ……」


 そして、切り裂いた相手には目もくれず、生死にも興味は無く、ただ刀をしまってエミールは歩き出す。

 たった一人の男を捜して。


「ところで……、ずっと西に向かって歩いていたけど」


 隻腕の巨人が、荒野を行く。


「――ソムニウムは、どっちかな?」


 通った後はまるで嵐の後のように。


「いやはっは、こいつは困った」


 朗らかに笑いながら、彼は歩みを進めるのだった。


「ま、いつかその内きっと着くさ!」


 国か、地方か、街か。彼は現状、ソムニウムがなんの名称なのかすらわかっていなかったりする。










――――――












 一方その頃、別のエースは。


「んー、おはよっ、おじいちゃん、おばあちゃん!」


 水色の髪をツインテールにしていた少女、エース、ターニャ・チェルニャフスカヤは今はその髪を普通に垂らし、とある木造建築の家の階段を下りて現れた。


「ああ、おはよう、ターニャちゃん。今日も元気だねぇ」

「ご飯できてるよ」


 そして、先にテーブルに着いていた老夫婦が笑顔で応える。

 来てから一月。彼女はとある村の老夫婦の家に居候していた。

 彼女は積極的にコミュニケーションも続け、今では言葉も日常会話に困らない位になっている。


「いただきまーす」


 席に付いて、ターニャが朝食を食べ始める。パンと簡単なスープだが、ターニャはそんな温かい食卓を気に入っていた。

 無論、コテツを探すのをやめた訳ではない。

 ただ、どうするにもこの世界に慣れることが必要だと、ある意味エミールよりも現実的に考えた上での行動だ。

 子宝に恵まれなかった老夫婦は、言葉も通じず、困っていたターニャに手を差し伸べてくれた。

 そして、一月の間であるが、本当の子供のように、彼らはターニャに接した。

 逆に、家族を亡くしているターニャも彼らに甘えた。

 夫の方は、元騎士で英語がある程度使え、ターニャに共通語を教えてくれたし、妻のほうは言葉は通じなくとも、察して動いてくれる母性があった。


「ターニャちゃん。食べながらでいいから、聞いてくれんかのう。大事な話がある」

「ん、なぁにー?」


 ターニャが小首を傾げて問う。

 そんな彼女へと、老人は真面目な顔で口を開き、その様を老婆が心配そうに見ていた。


「コテツ・モチヅキと言うたか。ターニャちゃんの探している男は」

「うん、そだよ」

「実は、昔の伝手、と言うべきか……。騎士団の若いのと話す機会があっての。その時に、コテツ・モチヅキの名を聞いたんじゃ」

「え!? コテツの!?」


 椅子を蹴立てて立ち上がるような真似だけはしなかったが、そうなってもおかしくないほどにターニャは驚いていた。


「そっか。そっかぁ……。いるんだ。えへへ。やったぁ……」


 そして、頬に手を当て、にまにまと笑いながら、目を細める。


「実は、ターニャちゃんに、言うべきか、迷っていたのじゃよ。でも、その顔を見る限り……、これで、いいんじゃな」

「え……、どうして?」

「その男の場所を知ったら、ターニャちゃんは出て行ってしまうじゃろ?」


 その言葉に、ターニャは何も言えなくなった。

 確かに、そう遠くないうちに出て行こうと思っていたのだ。いつかは、自ら探しに行こうと。

 それは、この世界で生きていけるほどの基礎ができたら、だ。

 だが、一月の間に会話もある程度こなせるようになったし、常識も学んだ。

 だから、そろそろ遠くないうちに、と考えてはいたのだ。


「どこぞの馬の骨に……、とわしは思った。というか、思っている。じゃが……、ターニャちゃんにとって、大切なんじゃろ」

「……うん」


 そう言って、彼女は微笑んだ。

 その若さ、いや、幼さに似つかわしくない、まるで聖母のような笑み。

 それを見て、諦めたように老人は苦笑した。


「コテツ・モチヅキは王都、しかも城内にいるそうじゃ。エトランジェをやっていて、接近は困難かもしれんが……」


 接近が困難であろうと、ターニャの心中に迷いなど浮かぶことはなく。


「ん、頑張るよ、私」


 そうして、ターニャは安心させるように老夫婦へと笑いかける。


「それに、大丈夫だよ。また帰ってくるから。どっちか片方だけなんて、決まりはないよね?」

「……そうね。いつでも帰ってきていいのよ。ターニャちゃん」

「うん、おばあちゃん」


 こうなったら、二人を安心させるためにも早くコテツを見つけなければならない。


「だからちょっと行ってくるね」

「怪我には気を付けるのよ?」


 心配する老夫婦へと、もう一度、彼女は笑いかけた。


「だいじょーぶ。これでも、私強いんです、えっへん」


 ずっとべったりくっついてたコテツとしばらく離れてわかったことがある。

 だから、それを彼に伝えてみたい。

 後はもう、いても立ってもいられない。














 そうして、ポーキュパインを駆ること二時間ほど。

 彼女のいた村は、想像よりずっと王都に近かった。

 彼女は、思ったよりずっとコテツの近くにいたのである。


「んん。やっぱり違うねぇ、おじいちゃん達の村とは」


 王都の門を潜って、街並みを見回すターニャはおのぼりさんそのものと言ったところか。

 彼女の乗機、ポーキュパインは王都の入り口付近にある国営の格納庫に預けてある。

 流石に、余所者が市街で乗り回すには理由と申請が必要らしい。

 当然と言えば当然ではあった。

 もとより、必要などないので、ポーキュパインは預け、彼女は歩き続ける。

 そんな彼女の隣には、猫のような大きさの、赤い虎の姿があった。

 彼女が転移して来た先で出会った、野生動物。彼女のもう一人の家族である。


「お城に行ってきたら屋台でなんか食べようね、トラ」

「がう」


 トラと呼ばれた野生動物が一声吠えて答える。

 そうして、笑顔で歩き続けるターニャは、十数分にして城の前へと辿り着いた。

 大きな門が、ターニャを見下ろしている。

 この門の向こうに、コテツがいるのだ。


「おっと、お嬢ちゃん、なんか用かい?」


 だが、当然門には門番がいて、すぐに城には入れなかった。

 ターニャは、門番を見上げて問うことにする。


「ここに、コテツがいるの?」

「ん? なんだ、エトランジェ様のファンか」


 その反応を見れば、もう確定と言ってもいいだろう。

 ターニャの心臓が高鳴り、全てを振り切って走り出したくなる。

 でも、それを堪えて冷静に、彼女は門番との会話を続ける。


「私、コテツに会いに来たんだけど、通してくれないかなぁ」

「うーむ、悪いな、嬢ちゃん。関係者以外は通せないんだよ」


 ターニャは言うが、門番は渋った。


「えー……? 私、関係者だよ。だって、コテツの知り合いだもん」


 どうにか通してもらおうとターニャが言うと、門番が反応した。


「知り合い? 本当か? それ」

「そーだよ。仲良しなんだから。コテツに聞けば分かるもん」

「ふーむ、そうか……。いや、しかし……」


 そうして、考え込み始める門番。

 もしかすると、取り次いでくれるかもしれない。

 だが、それを見てか、事態を見守っていたもう一人の門番が、口を挟んだ。


「待て、よく考えても見ろよ」

「ん、なんだ?」

「あの人だぞ?」

「あの人って、エトランジェ様がどうしたんだよ」


 怪訝そうな門番に、もう一人の門番はこう告げた。


「あの人とこの子が並んでる姿を想像してみろ」


 その答えは、即答。


「ないな」

「だろ?」


 そして、今度は迷いなく、門番はターニャに向き直った。


「と言うわけで、知り合いという線は消えた。あの人が君みたいな幼い子と仲がいいわけがない。っていうかそれは怖い」

「えー……?」

「さ、帰った帰った。子供は外で遊んでなさい」


 しっし、と門番はターニャに向かって手を払う動作をする。

 ターニャは不満そうにしていたが、結局一旦引くことにした。


「うー……」


 踵を返して、彼女は歩く。

 気をつけろよー、と門番が後ろから声を掛けてくるが、そんなことを気にしていられる気分ではなかった。

 肩を落とし、彼女はとぼとぼと、来た道を辿り。


「……どうしよっか」


 そして、大通りに戻ってぽつりと呟く。


「がう」


 トラが一吠え返し、ターニャは考え込む。


「むちゃくちゃやったら、嫌われちゃうかなぁ……?」


 彼女の言うむちゃくちゃとはつまり、ポーキュパインによる強行突破である。

 邪魔するものは薙ぎ払い、強引な突入による大騒ぎ。そうすれば、手っ取り早くコテツに会える。

 問題は、それをきっと、コテツが望まないことだ。

 怒られる位なら甘んじて受け入れるが、嫌われるのは問題だ。

 ならば、それは最終手段に取っておこう。


「……んー」


 唇に指を当てて、彼女は考える。


「お城から出てくるのを、待つ?」


 そしてある意味、一番無難な方法が、彼女の口から出て来た。

 城に引きこもっているわけではないだろう。

 ならば留まっていればいつか出会えるチャンスは来る。


「でも、やだ」


 だが、気に入らない。そんないつ出会えるかも分からない、消極的な待ち方は。


「……早く会いたいよ、コテツ」

「がう」


 慰めるように、トラがターニャの足にぽんと、前足を置く。

 そんなトラへと、ターニャは微笑んだ。


「うん、だいじょぶ。大丈夫だよ。私、諦めないもん」


 できる限りのことをして、正攻法でコテツに近づく。

 それでも、どうしてもどうにもならなかったら。

 その時は、


「多分……、許してくれるよね?」


 ――強行突破で。














――――――















 九条寺 尋十郎。短い髪を逆立てて、鉄のような色の着物を着て歩く男は、よく目を引いた。

 だが、それも一月を過ぎ、皆が見慣れてきた頃には、尋十郎もこの世界に慣れていた。


「……ま、その気になれば。っつか必要に駆られればどうにかなるもんだよなぁ」

「ジンジューロー? どうかした?」

「いやなに、俺はここまで語学に堪能だったかね、と」

「まあ、なんで共通語を話せなかったのかは知らないけど。上達は早いほうだったわね」


 受付の女性と会話しながら、尋十郎は手元の紙を見た。


「あなたが冒険者になって、丁度一月ね」

「そうだな。さて、今日の依頼はどうするかな……」


 生きていくにも金が要る。

 この世界に来て尋十郎はまずは金を得る手段を確立することにした。

 それは、冒険者だ。SHに乗る冒険者であればある程度は英語が通じる人間もいる。無論、まったく通じない、感覚でSHを操縦するようなのも数多くいるが。

 上手くこの世界に慣らしていくために、冒険者はうってつけだった。

 そして、今日もいつものように依頼を受けようと、彼は一枚の紙に目を通すのだが。


「おおっ? 人魚の涙の採取? ……人魚だと!?」


 さて、この一月だが、いまだ彼は亜人に会っていない。

 尋十郎は知る由もないが、彼のいる街は差別が酷く、亜人達は表通りを出歩こうとしない。

 彼らはスラム街をメインに生活しているが、尋十郎はそちらに近寄ろうとは思わない。

 だから、偶然にも彼は亜人とは縁がなかった。


「おい、これ受けるぜ」

「分かったわ。でも、目の色変えたわね。なにか人魚に思うところでも?」

「おいおい、そりゃ人魚だぜ、見に行かざるを得ないだろこりゃ」


 そして、そんな彼はそういう異世界の出会いに飢えていたのである。


「せっかくファンタジーくんだりまでやってきたんだ。むしろやっと来たかって感じだろ」


 意気揚々と、彼はギルドの建物から出て行く。


「リアル人魚来たぜこれは。ついに人外系美少女との出会いか。異世界だねぇ……、やっとだぜ」


 不気味笑いながら、尋十郎は依頼に指定された場所へと向かうのだった。


















「あー、はい。人魚ね、人魚。うん、人魚」


 とある森の湖に、それはいた。

 鱗に覆われた体躯に、手には水かき。頭部は魚。

 頭部は、魚。


「――魚人じゃねぇかッ!! 魚人じゃねぇか……」


 正に魚人である。


「半魚人っつうけどどう考えても70パーセント魚だろ手前ら!!」

「クリスティーヌと申します。旅のお方」

「メスかっ! あと声が可愛い!!」


 尋十郎は突如声を上げたクリスティーヌに大きく仰け反った。

 そして、冷静に考える。


「今ちょっと目瞑ってるからお兄様って言ってくれないか」

「え……、っと、お兄様?」

「行ける……、行ける……! やっぱ行けないっ!!」


 目を見開いて、クリスティーヌを見つめ、彼は不可と判断した。

 やはりどこからどう見ても魚人である。半分が魚人でなく、半、魚人、四分の一くらいが良かったと尋十郎は涙した。


「俺の妄想力が未熟なばっかりに……。君では萌えられない、すまない」

「えっと……、よくわかりませんけどお気になさらず」

「くそっ、人間ができてやがる……。明らかに魚なのに……」


 思わずくず折れた尋十郎に、クリスティーヌは話しかけた。


「ど、どうされました? それに、こんなところまで一体何の用でしょう?」

「実は人魚の涙をもらいに来たんだがな」

「はぁ、人魚の涙ですか」

「とりあえず、君が泣いても殴るのをやめない用意はあるが」


 そこで、そういえば、と尋十郎は考える。

 人魚と聞いただけで盛り上がってしまって忘れていたが、人魚の涙を手に入れるには泣かせる必要がある、あるいは、どこかに貯めてあるならばそれを貰わなければいけない。

 こうして、クリスティーヌが友好的であろうと、他の魚人は友好的ではない、あるいは人魚の涙を得ることに関しては非協力的かもしれない。

 だが、そんな尋十郎の考えとは裏腹に。


「じゃあ、ちょっと待ってて下さいね」

「んん?」


 クリスティーヌが走り去る。

 そして、怪訝に思いながらも待っていると、やがて、クリスティーヌが小走りで帰って来た。


「どうぞ」


 そう言って手渡されたのは、一つの瓶。中にはどろりとした液体が入っている。


「これが人魚の涙? どうしたんだ、こりゃ」


 意外と人にあげても大丈夫なものなのかと疑問に思う尋十郎に、笑顔と思しき顔で、クリスティーヌは答える。


「ちょっとその辺りを走ってきました」


 いい汗かいた、といった風体に、尋十郎は悟る。


「汗か! 心の汗ってやかましいわ! 人魚の涙なんて名前付けてんじゃねぇよ! 魚人の油でいいだろ!!」

「えっと、なんだか色々大変そうですね」

「人が出来すぎてて申し訳なくなってきた! うおおお! 死にてぇ!!」


 彼女の分泌物であろうものが入った瓶を握り締めながら、尋十郎は嘆く。


「これで、お帰りですか?旅のお方」

「うん、そーだね……。帰るぜ……」

「では、帰りはお気を付けを。近くにエルフの里がありますから。間違えて里の中に入ってしまったりすると、大変ですよ」


 それは心配の言葉だったが、尋十郎の耳には特定のワードが大きく聞こえた。


「エルフ……、だと?」

「はい。話は通じますけど、排他的な種族らしいですから。勝手に中に入ったりしたら矢を射掛けられちゃうかもですよ」


 だが、そんな言葉は、彼の耳に届いていなかった。

 エルフである。

 美形揃いで耳が長い色白の森の民。

 人魚と言う言葉に裏切られた彼は、すぐさま走り出した。


「エルフっ、今度こそ、今度こそはファンタジー系美少女を……!」


 魚人を振り切って彼は走る。

 実は里の方向も聞いていなかったが、意外とどうにでもなった。

 欲望を纏った人間の底力である。

 森の中に、木の塀が見える。


「見えた、あそこに耳長エルフちゃんが……っ!」


 そして、塀の周囲を回って門を探す。

 尋十郎とて、中に入れるとは思ってないし、忍び込んで敵対したいとも思わない。

 だが、遠巻きから門番を見るくらいは問題ないだろう。


「先っぽだけ! 先っぽだけだから!」


 もちろん、門番が男という可能性は加味してある。

 だが、門番の美丈夫振りを見れば、門の向こうにいるであろう女たちはそれはさぞ美しいのだろうと、夢を持つことができる。

 魚人に打ち砕かれた夢を癒すには、それだけでも十分と判断した。

 の、だが。


「がふっ……」


 門を見つけた瞬間、彼は力尽きて地面に膝を着いたのだった。


「……めっちゃムキムキなおっさん」


 それは、そう、美丈夫ではない。偉丈夫である。

 彼は天に吠えた。


「耳の長いめっちゃムキムキなおっさんじゃねぇかッ!!」

「だ、誰だ!!」


 その叫びに反応し、筋骨隆々、体躯二メートルは悠に越える巨体が二つほど、尋十郎の元に駆け寄ってくる。


「もうあれだ、エルフはダークエルフの他にマッチョエルフも追加で誤解の無いようちゃんと表記しておくべきだ」


 がくり、と肩を落とす尋十郎。

 そして、駆け寄るエルフは、その尋十郎を怪我人か何かだと勘違いした。


「むっ、これはいかん!」


 確かに、膝を着き、肩を落とし俯く尋十郎は危険な状態に見えるかもしれない。


「早急に手当てが必要かもしれん! 中に運び込むぞっ」


 種族としては排他的ではあるが、性格としては善人であるのが、大半のエルフである。

 積極的に人を里の中には入れようとはしないが、怪我人とあれば話は別。

 だが。

 尋十郎としてはそれ所ではない。


「や、やめろ! やめろぉ!!」


 さて、先ほど尋十郎は門番の美丈夫を見ることで塀の向こうの美少女に思いを馳せることができると考えた。

 しかし。現状、彼の前には美丈夫というか偉丈夫である。

 そこから塀の中に思いを馳せるとしたら。


「どう考えても……、アマゾネス……!! いやだっ、見たくない!」

「大人しくするんだ。大丈夫、怖くない、怖くないよ。エルフは友達さ」


 真実は塀の中、見なければ、事実は確定しない。

 だが、観測してしまえば最後。

 色白の美少女から、密林のマッチョ戦士に幻想が打ち砕かれてしまう。


「うぉおおお、俺はこんな現実に屈しないぞぉおお!!」

















「……現実には勝てなかったよ」


 とても、親切な人たちだった。密林の戦士とアマゾネス達は。

 ただし夢は壊れた。

 怪我がないと知り、彼らは怒るどころか喜んでくれた。

 そして種族柄理由無しに長居はさせられないことを謝ってすらくれた。種族としての方針は友好的でなくとも、彼らは根が親切なのだ。

 むしろだからこそ、親切に付け込まれない様に種としての友好を断ち切っているのである。

 人魚も、エルフも、尋十郎に優しかった。この世界でも、なかなかお目にかかれないほど優しかったと言えるだろう。

 優しくなかったのは、現実だけである。


「……おぉう」


 依頼を終えて幾ばくかの金を握った尋十郎は悲しみにくれながら歩いていた。


「妄想を続けることだけが俺のファンタジーなのか……」


 どこかにいるんじゃないかと思われる人外系の美少女を想いつつ彼は自分の宿を目指す。

 肩を落として歩く彼の姿は些か煤けていた。

 だが、そんな時だった。

 それは、奴隷商だろうか。少女に付けられた首輪を引き、歩く人物がいた。

 少女の方には、手枷が嵌められており、暗い顔でその男の後ろを歩く。

 多少薄汚れてはいたが、可愛らしい少女だった。茶のふわふわとした長い髪に濃いブラウンの瞳。

 どことなく日本人らしい顔立ちも尋十郎的にはポイントが高い。

 だが、それよりも、なによりも。


「お嬢さん」


 何よりも問題だったのは。


「僕と結婚してくれませんか」


 その頭から生える、ぴんと立った犬耳だろう。

 彼はとても傷心だった。ある意味夢と言える、実在しないはずの美少女達に会えるはずだったのを、出鼻挫かれること二回。

 そんな状況でこんなものを見せられては、その少女の手を取ってそんな事を言ってしまうのも仕方のないこと……、だったのかもしれない。


「……え?」


 少女の驚いた顔と、奴隷商の怪訝そうな顔。


「お兄さん、この子買うのかい?」


 そして、今回の依頼とこれまでの依頼。

 その報酬で尋十郎の懐事情も悪くなかったというのは、問題なのか、幸運なのか。






 余談ではあるが、尋十郎が住む地方は環境が厳しく、密林などに住むのは一風変わった生物が多いというのは、ここだけの話。


今のところ一番近いのはターニャですね。ちなみにエミールが一番迷走してます。彼はソムニウムとは逆方向に。

次の彼らの話の時は、ターニャがメインになると思われます。




そして、話の中に入れたかったけど取りこぼした設定を二つほど。

後々チャンスがあれば本編中に挟む予定ですが、気になる方もいるかもしれないので。


・人々の英語力について

初代が組んだインターフェイスが英語だから、それをコピーしたSHによって英語が微妙に普及してるという話は本編にもありましたが、実際どれ位のものなのか。

騎士には必修科目として英語があります。SHを使いこなすなら、やはりシステム面でもということで。ただし、SHの操作のためなので読めること、聞けること優先です。

貴族には、エトランジェを起源とする高貴な学問ということでそれなりに人気。

冒険者や盗賊とかは説明書が読めなかろうが、なんて書いてあろうがフィーリングで動かせるならオーケーという辺り。ただし、ベテランだとかランクが上がっていくにつれ、やはりインターフェースを使いこなしたほうが便利だということに気付き、ある程度使える人口が増える傾向にある。

ちなみに、SHと冒険者を現代人の感覚にすると、パソコンの画面は全外国語で読めないけど、マウス動かしてクリックできればネットサーフィンくらいは困らない。でもやっぱり文字読めた方がヘルプも読めるし設定変更とか検索とか色々便利、といった感じ。


・エルフについて

亜人っぽいですが、差別対象ではありません。

もとより、亜人は祖先が獣と交わった野蛮人ということで差別されており、獣っぽくないエルフはそれに該当しません。

そして、本編でのエルフは例外でアレですが、基本的に知的で思慮深く、魔術に造詣が深い。ついでに寿命のも長いということで、差別対象のイメージとは大きく外れています。

人々にとって亜人が妖怪扱いだとすれば、エルフは仙人のような扱いと言ったところでしょうか。

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