6.5話 寂しがりチャーターボックス
これはおまけのようなものであり、七割方人物紹介のようなものです。
見なくてもまったく問題ありません。
最初と最後だけ見るのもありです。
召喚されてから一週間余り。
未だに私物の増えない殺風景なコテツの部屋に、長年置いてあった置物のように、当然のように、あざみは居た。
「何故君がここにいる」
訓練が終わって帰ってきたと思ったらこれだ。
元から部屋においてある椅子に、あざみは優雅に座って待っていた。
「いいじゃないですか。ご主人様。私はあなたの所有物なんです。部屋においておいてくださいよ」
「断る」
「えー……」
「用はそれだけか?」
にべもなく言うコテツに、不満そうだったあざみが表情を変える。
「あ、それでですね、ディステルガイストは、あなたの搭乗機になったじゃないですか」
「否応なくな」
「ええ、ですから、あなたとあなたの周りの人間関係について把握しておこうかと」
なるほど、とコテツは一応の納得を覚えた。
これからあざみとコテツは長い付き合いになるかもしれないのだ。
となれば、互いに理解しあっておくことは無駄ではない
コテツ・モチヅキ
「では、まずあなたについて、聞かせて貰えますか?」
「俺、か。言うまでも無いが、俺の名前は望月虎鉄。元地球軍パイロット。こちらでは、コテツ・モチヅキ。エトランジェをやっている」
「どのような経緯でこちらに?」
「火星を前に最後の任務を行った所、敵機の爆発に巻き込まれ、気が付いたらここへ、だ」
「なるほど……、歴代と似たパターンですね」
「どういうことだ?」
「どうもこの世界に呼ぶときには、そちらの世界から乖離しかけてる者の方が呼び易いようなのです。瀕死の重傷だとか、事故にあった瞬間だとか」
「なるほど。俺はまさに空間圧縮の爆発に巻き込まれていたからな。それで言えば、世界からかなり宙ぶらりんだっただろう」
「ははあ、そこをさっと掠め取られたわけですか」
「まあ、そんな所だろう。コテツ・モチヅキ。エトランジェ、搭乗機はディステルガイスト。と、最低限でいくならこんなものか」
「そして、私の未来の旦那様で、ピーキー機体中毒って所ですかね」
「……色々聞きたいことはあるが、とりあえずピーキー機体中毒について聞いておこうか」
「ご主人様はピーキーな扱いにくい機体を乗りこなすことに無上の喜びを感じる方でしょう?」
「……」
「だって……、こないだの戦闘中はあんなに……」
「確かに、昔からピーキー機体ばかりを押し付けられてきた経歴があるから否定しきれないかもしれんが、しかしその言いようは非常に人聞きが悪い」
あざみ
「私はあざみ。ディステルガイストのエーポスで、あなたの嫁です」
「……」
「長らくパートナー不在でしたが、ご主人様との運命的出会いによって、今に至ります。ちなみに、名前が日本系なのは初代エトランジェの趣味だそうです。他のエーポスはどうだか知りませんが。ついでに、地球系の知識も持ってますよ。初代がインプットしたものなので、時代がら偏っているかもしれませんが」
「そうか。しかし、聞きたかったんだが、そんなに良いパイロットは見つからないものか?」
「はい。これでも私は私とディステルガイストに誇りを持っていますから。パイロットの腕で侮られるのは我慢なりません」
「というか、どのように、前までのパイロットは駄目だったんだ?」
「機体に振り回されるのは勿論、コクピットで吐いたり、気絶したり、失禁したりならいいほうですよ」
「そうか」
「……操縦士を、殺してしまったこともあります」
「ああ、そうか」
「試しに乗られる分になら手加減が出来ますけど、国の危機となるとそうもいきませんから。私が制御して、本気で機体を動かすと、負荷で人が死んでしまうのです……」
「だから、有事の時以外はパイロットを乗せないようにしてきた、か」
「文字通り、命を燃やして国を守る英雄なのですよ。私に乗った人は。だから、あなたも――」
「そうか」
「そ、そうかって……」
「俺は死ななかった。そして死なない」
「あ……、はい」
シャルロッテ・バウスネルン
「うーん……、役立たず扱いだったご主人様に分け隔てなく接し、一人前の戦士にしようと努力し続けた……、これはライバルになるかもしれませんね」
「なんだいきなり。シャルロッテ・バウスネルン。王女騎士団団長。俺にとっては上司に値する。が、今回の件で正式な戦力としてエトランジェと認められたおかげで、直接の指揮下からは外れるな」
「エトランジェは基本的にどの権力、階級からも離れた存在ですからね」
「まあ、騎士団に所属していたのは、戦闘レベルに達してない俺への一時的な措置だったというわけだ。と言っても、しばらくは騎士団と行動を共にすることになるだろうし、シャルロッテに指示を仰いで動くことになるだろう」
「まあ、ご主人様もこの世界は初心者ですからね。自分の判断で動くにはまだ早いですし」
「とりあえず、俺から見れば、彼女は高潔な武人と言った所か。腕も良い。この国ではトップクラスだろう」
「あと、胸が大きいんですよねぇ……」
「なにを言っているんだ君は……」
「まあ、王女騎士団は王女と王都の守りの要ですから。団長ともなれば当然の強さです。むしろ、此度の戦で持ちこたえられたのは王女騎士団の働きがほとんどですよ。攻めたのはご主人様ですけど」
「なるほどな」
「そもそも、常に整備を完全にしておくような部隊は王女騎士団くらいなものです。他の部隊は油断しきってますから。戦争始まったって聞いてから整備すれば首都防衛に間に合うはずって」
「まあ普通はそうなんだろう」
「エトランジェが稼動すれば一人でもどうにかなる風潮だったので。今回の件で整備体制を見直したそうですが」
リーゼロッテ・クリッツェン
「ケモ耳少女……。萌えですねぇ」
「……リーゼロッテ・クリッツェン。エトランジェ専属メイド、ということになっている。俺の召喚と同時に自ら志願したらしい」
「亜人の要望が通るとは珍しいですね」
「王女が許可したらしい」
「なるほど」
「王女は使えるものは使う、と言った空気で能力さえあれば亜人でも関係なく扱う。周りからの反応は、主立って差別をすると王女への反逆になるため、できる限りいないものと扱っているようだ」
「根は深いですね」
「本人は、それでも気丈に振舞っている。戦う人間ではないが、気高く慎み深い」
「あら……、好感度高め?」
「王女曰く、エトランジェの付き人は常人じゃ務まらない、だそうだ。まあ、危険な場所にも出向くことになるだろうしな」
アマルベルガ・ソムニウム
「王女だな。アマルベルガ・ソムニウム」
「優秀な方らしいですよ。王が崩御してからは、彼女が国を切り盛りしてます」
「一週間と少しで見極めれた訳でも無いが、まあ、確かに、指導者として優秀なのは感じる」
「まあ、王様もピンキリですからね。国の一つ一つを見ていけば凄い人も駄目な人もいますよ。この国も先々代は駄目な人でした」
「この時期に呼ばれた俺は幸運ということか」
「そうかもしれません。ぱっと見分かりませんけど、慈悲深い人ですし」
「まあ、俺を処分しなかった辺りな」
「その慈悲深さは正解だったと思いますよ。私とご主人様のタッグは最強ですから」
クラリッサ・コーレンベルク
「……誰です? それ」
「騎士団副団長だ。まあ、俺とも関わりは多くないからな」
「ははあ、副団長」
「年は俺より年下だろう。というか、一回りは下……、十六、七と言ったところか」
「所で、ご主人様の年齢は?」
「三十二だが」
「詐欺ですっ! 三十路とか嘘でしょう!?」
「……君の目にはどう映っているんだ」
「若くて十代。そうじゃなければ二十代前半」
「まあ、日本人は若く見えるという話だ」
「私だって日本人ですよー。見た目のベースが、ですけど」
「機体の製造日から考えれば随分な若作りだな」
「ええと、それはともかくですね。そのクラリッサさん? どんな人ですか?」
「優秀だが、青いな。上手いのだが、巧くはない。老獪さを覚えていく前段階、と言ったところか」
「未来有望ですね」
「融通が利く柄じゃないらしく、役立たずのエトランジェである俺に反感を抱いてるらしい」
「あ、敵ですか。殺しましょうか?」
「やめろ。ともかく、まあ、ことあるごとに嫌味を言ってくるが、可愛いものだ」
「可愛いものですか」
「嫌味代わりにコクピットにライフル撃ってくる奴よりはマシだ」
「そんな環境あるんですか」
「俺達のエースというのは、頭のネジが一本取れた相手を指すことが多い」
ディステルガイスト
「私自身であり、私の相棒であり、あなたの相棒で、あなたの嫁です」
「そんな鋼鉄の嫁は御免だぞ」
「スペックは……、どちらかと言うと高機動接近戦よりですかね。装甲は厚めで、重いですが、しかし速いです」
「そうだな」
「ただし。重いのに速いという特性を手に入れるために、操縦難易度が非常に上がりました。速いのに重いから、その機動に振り回されます。まあ……、ご主人様には関係ない話ですか」
「ふむ」
「砲撃もしますが、これは私の方で制御する攻勢魔術系統なので、やっぱり接近戦よりと考えておいて構いません」
「砲撃は勝手に君の方で行ってくれる、ということでいいのか?」
「基本的には、ですね。もしかすると機体の足を止めて欲しいとか協力を要請する場面もあるかもしれません」
「なるほど、では武装に関しては?」
「メインで扱い易いのは先の戦闘でも使った日本刀とハンドガンですね。あと、私の得意分野は光魔術。つまりレーザーです。他にも腰部バインダー内に多彩な武装が積まれているのですが……、多彩すぎて、使えるのか分からないものまでありまして。私もちょっと思い出してからでないと」
「選択肢が多いのはいいことだが……」
「初代はかなりずれた人だったんですよ」
「まあ別に問題ないか。ところで、途中から戦闘中に君の心の声が聞こえるようになったが、アレは?」
「アルトの機能の一つです。エーポスと操縦士の円滑な意思伝達のため、という奴ですよ。普通に乗せると一方的に操縦士の声がエーポスに聞こえるんですけど、マスターと認めた相手なら、相互に思考を伝えることが出来ます」
「と、まずはこんな所ですかね。あなたを取り巻く環境については、また今度お話しましょう」
いいながら、あざみがテーブルの上のろうそくを消す。
「そうだな」
コテツが頷くと、あざみは笑った。
「では、おやすみなさい」
「……なに?」
にっこりと笑ったあざみは……。
コテツのベッドに柔らかな音を立てて転がった。
コテツは、頭痛をこらえて、それを見ることとなる。
「あざみ」
「ふふふ、なんですか?」
ベッドの上に寝転がって、にこにことあざみは笑う。
「そこは俺のベッドだと思っていたが」
「ええはい、そうですよ?」
「俺が寝れないと思うのだが……」
「何を言ってるんですか、ご主人様」
何を当然のことを、とあざみは笑っていた。
「一緒に寝るんですよ?」
「……すまない。ここ数秒で急に耳が遠くなったらしい」
「一緒に寝ましょうっ、ご主人様っ」
「床で寝る」
迷わずコテツはそう吐き捨てた。
何時でも整った場所で寝られるわけではないのがコテツの職業だった。
そのため、床で寝ることに苦痛はない。ベッドがあるに越したことはないが。
壁にもたれかかり、彼は床に座り込むと、目を瞑った。
そして、しばらくそうしていると。
肩に温かな感触。
「なんだ」
「ご主人様と一緒に寝たいんですよっ、私は」
いつの間にか隣に来て、肩に頭を預けていたあざみに、コテツは半眼を向けた。
「どうして君は――」
その言葉は途中で遮られる。
「――ずっと、待ってたんですよ? ずっと憧れていたんです」
突然、あざみが寂しげな声を出したからだ。
「私の相棒、私のご主人様、私の伴侶。ずっと、一人で待ってました。だから……」
アルトができたのは千年以上も前のこと。それだけの時間を、彼女は待ち続けていたことに鳴る。
それを聞いて、コテツは立ち上がった。
「ベッドで寝る」
「あ、や、や、鬱陶しかったですか……?」
「君も入ればいい」
「え?」
「好きにしろ」
呆けていたあざみの顔が、喜色に染まる。
「あ……。さすが私のご主人様ですっ!!」
「……あまりはしゃいだら部屋から放り出すからな」
「はいっ、大丈夫ですよーっ。大丈夫、ほどほどにしますからっ」
「……」
コテツは溜息を吐き、夜は更けていく。
――01,異世界エース 終