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異世界エース  作者: 兄二
07,地下迷宮
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71話 Rock Scrapper



「結局、彼はどうするつもりなんですの?」


 少し遠くから、シュティールフランメの中でコテツとゴーレムの戦いを見つめるクラリッサとミカエラ。

 その背後にはアルベールのシャルフスマラクトが油断なくライフルを構えている。


「さあ、どうするんでしょうね」


 ミカエラの問いに、クラリッサはあっさりと答えた。

 いや、答えにもなっていないその言葉に、ミカエラが面食らった顔をする。


「もしかして、わかっていませんの……?」

「ええまあ。説明するだけ時間の無駄なのでしょう。私は背後に攻撃を通さないようにするだけです」

『ま、ダンナがお膳立てつったんだから。核を出してくれるんだろ。なんかして』

「そのなんかして、が問題なのでしょう? 先ほどから効いていない攻撃を繰り返しているようにしか見えませんわ。まあ、あなたたちがそこまで言うなら無策ではない、ということですか」


 確かに先ほどからディステルガイストはゴーレムに向かってちまちまとツルハシを振るい続けるだけだ。

 しかも、再生すら発動しないほどに、小さなダメージしか入っていない。


「でも、確かに凄まじい操縦技術ですが、長く続ければ集中が途切れてしまうのではなくて?」


 その様を見てミカエラは、随分とこの戦いの行方が不安なようである。

 だが、クラリッサはそんなミカエラを鼻で笑った。


「あの男なら、三日三晩くらいは戦い続けるでしょうね。なんなら野営の準備でもしましょうか?」


 皮肉気に、憎たらしくクラリッサは口元を歪める。

 そんな最中にも俊敏なゴーレムの振り回す腕から逃げ回り、全身にツルハシをぶつけていく。

 鬱陶しそうに羽虫を払うような腕を潜り、小石を蹴り上げるような足を避け、怒涛の土砂崩れのようなラッシュを擦り抜ける。

 そして、ツルハシをぶつけては引き抜き。全身に小さな傷を負わせ続ける。


「……正気とは思えませんわね。紙一重で一撃でミンチですわよ」


 クラリッサの斜め後ろで、戦慄したようにミカエラは言う。

 確かに、周囲から見ればそうだろう、とクラリッサは考えた。

 正気の沙汰ではない。できそうであったとしてもやりたいとは思わない。

 そんな環境に身を置いてギリギリの戦いを続ければいつか緊張の糸が切れて限界が訪れる。

 ディステルガイストの性能を鑑みれば一撃で大破とは行かないかもしれないが、食らった時の損傷は考えたくもない。コクピット内部の状況もだ。

 だが、クラリッサはコテツの戦闘を無謀だと思わない。

 何故ならば。


「一つ教えてあげましょう。私は、他の誰よりもコテツと模擬戦を重ねてきました」


 クラリッサはコテツと訓練を行なっている。誰よりも、多くだ。


「弟子であるエリナより、部下であるアルベールよりも、指導役を担っていた団長よりも、私はコテツと対峙してきたのですよ?」


 だから知っている。コテツというSH乗りを。

 この世界で言えば誰よりも、コテツという男のことを現実的に認識している。

 あざみよりもだ、とクラリッサは言い切れる。対峙するのと後ろに乗るのでは見方が違う。それ故にSH乗りとしてのコテツであれば、クラリッサは誰よりも分かっている。

 だから、心配などしようもない。

 クラリッサの知るコテツは、一撃のプレッシャーごときに負けて無様を晒すような男ではないのだから。


「あの程度に当たってやられるなら、今頃私の剣で細切れにしてますよ」


 自信満々に言い切るクラリッサに、呆れたようにミカエラは溜息を吐いた。


「お馬鹿ですのね、あなた達。……でも、そんなあなた達について来た私もお馬鹿ということですか。わかりました、みっともなく喚いたりしませんわ。信じて待ちます」


 ミカエラは、その言葉通りコテツの戦いを固唾を呑んで見守った。

 無言で巨大な敵に立ち向かう姿を見続ける。

 時折、ひやひやするような行動を起こすたびに、息を呑みつつも、推移をただ見守る。

 そして、しばしの時間を置いて。

 コテツからの通信が響き渡る。


『細工は終わった。そろそろそちらに回す』


 待ち望んでいたその言葉。

 未だにどういうつもりだったのか、どういう細工を施したのかはクラリッサには分からない。

 だが、コテツはあと少しで役目を終えると言った。ならば後はアルベールの狙撃で片が付く。

 もしかすると、自分の出番はないかもしれない。

 そう思ったクラリッサの考えは――。

 どうやら杞憂のようだった。


『む……』


 コテツの短い言葉ですらないその音が聞こえた瞬間。


「は……?」


 背後でミカエラが声を漏らし。


『えー……?』


 アルベールが顎を落とす。

 ゴーレムが。

 跳躍、いや。

 ――飛翔していた。

 三歩助走を付けたと思ったら、突如として幅跳びを始めたのである。

 その姿はあまりに馬鹿馬鹿しく、跳躍というよりも飛翔と言うのが相応しい。

 物理法則を完全に無視したような土の塊が、こちらに向かって、飛んで来る。


『馬鹿じゃねーの? 馬鹿じゃねーのこれ』


 誤算があったとすれば、きっとゴーレムに封入された知能の程度なのだろう。

 誰もが、近くにいる者を攻撃するだけの単純なものだと思っていた。

 だが違う。

 ディステルガイストを即座に破壊するのは不可能と判断したのか。油断させての奇襲という概念があったのか。それともランダムで一定の行動を取るのか。アルベールが本命と気付くことができたのか。他になにか条件があったのか。

 その辺りは想像することしかできないが、ゴーレムは、現実として迫ってきていた。


「ちょ、ちょ、ちょい待ちですわぁーッ! 反則でしょう!!」


 喚かない、信じて待つ、そう言ったミカエラがさっくりと前言を撤回する。

 そんな騒がしいコクピットの中で。

 ぼんやりとそれを見ていたクラリッサを現実に引き戻したのは、いつもと変わらぬ鉄のような声だった。


『クラリッサ、頼んだ』


 一瞬で、クラリッサの心臓が大きく高鳴る。

 そして、シュティールフランメが、大地を踏みしめ、空中で拳を振り上げたゴーレムに向き直った。

 シャルフスマラクトを守るように、自分の役目を果たすように。


「多重障壁、展開」


 生まれるのは、透明の壁。

 三枚重なったそれと。

 ゴーレムの拳が、衝突した。


「くぅうっ!」

「無茶ですわっ! 避けて!!」


 そう、無謀。

 一瞬にして、障壁は赤に染まり、砕け散った。

 一瞬。いや、一瞬とて持たなかった。

 だから次は。

 剣を握り締める。

 自慢の大剣。

 長らく共にあった愛剣。


「聞こえていませんの!?」


 無論、聞こえている。心のどこかが無謀、無茶だと喚きたてる。

 だが。

 先ほど言ったように、クラリッサは誰よりもコテツと訓練を続けてきた。

 逆に言えば、だ。

 ――コテツは、誰よりもクラリッサと訓練を続けてきたのだ。

 彼が来てから一年も経っていない。だが、一晩中続けたのも一度や二度ではない。暇さえあれば突っかかっていったし、態度が軟化した今は既に暇を見繕って、訓練の合間に、休日にと続けてきた。

 だから、クラリッサがSH乗りとしてのコテツをよく知るように。

 コテツは、SH乗りとしてのクラリッサをよく分かっている。

 得意なことも、苦手なことも、細かな癖も、きっと誰よりも、クラリッサ本人よりも。

 誰よりも彼がクラリッサを把握している。

 その彼が言ったのだ。

 『頼んだ』と。『避けろ』でも『逃げろ』でもなく。

 ただ、簡潔に『頼んだ』と。疑うことすらなく。


「……」


 何故、できない道理があろうか。

 巨大な拳と剣を合わせる。

 生半ではない衝撃が突き抜ける。

 まるで津波のように、怒涛の勢いで衝撃が迸った。


「……がっ!」


 無論、防ぐなんて真似はしない。

 昔のクラリッサだったら馬鹿正直に防御したかもしれないが今は違う。それなりに変わっている。成長している。

 だから、受け流す。

 障壁も斜めに張っては置いたのだ。効果があったかは分からないが。

 ならば次は、剣をゴーレムの拳に斜めに合わせて。


「ぁあああああッ!!」


 柄を左手で、刃の中腹に手を合わせ、全力を持って受け流す。

 拳と剣が火花を散らす。

 あっさりと押し負けそうになる。潰れそうになる。


(これでも駄目……!)


 ――ならば、最後の切り札を切る。

 機体に魔力を注ぐ。全てだ。残る全てを叩き込む。

 人工筋肉を流れる純粋な魔力素を、クラリッサの魔力によって染め上げる。

 クラリッサの色に染まった魔力素の浸透した人工筋肉が、全て彼女の支配化になる。

 瞬間、人工筋肉が胎動した。

 膨れ上がり、いくつかは千切れ、普段は魔力素によって橙色に輝く人工筋肉が赤く染まり、機体から光が漏れ出す。

 限界突破。

 機体が、動力炉が、人工筋肉が高らかに咆哮を上げる。限界を超えた機体が、目を煌々と赤く輝かせ、嘶き咆える。


「逸らすッ……、くらいならぁあああッ――!」


 それは、一瞬のことだった。一瞬だけ、クラリッサのシュティールフランメが圧倒的質量差に打ち勝った。

 一瞬で、十分だった。

 するりと、拳が脇を抜ける。

 そして、遅れて轟音が響く。

 逸らした。それと同時に、シュティールフランメが膝を付いた。

 いくらか人工筋肉が千切れてしまったせいだろう。

 それに、オーバーヒートも起こしてしまった。

 機体は動かそうとしても動こうとはしてくれなかった。

 だが、見下ろすゴーレムに向かってクラリッサは笑った。

 してやったりと、一矢報いたと笑う。

 もう、勝敗は決まっていた。


『どうやら、着地の衝撃で思った以上に事が進みやすくなったようだ』


 そう、ディステルガイストが、ゴーレムの前に回っている。

 コテツはクラリッサに言葉をかけない。

 『上出来だ』とすら言われないことが逆に嬉しかった。


(そう、当然ですからね。これくらい)

『行くぞ』


 再び攻撃に移ろうとするゴーレムに向かって、その声が響く。

 その手にあったのは、再び呼び出されたブローバックインパクト。

 そして、ディステルガイストのサブAIとやらが高らかに声を上げたのが、聞こえた。


『――Impact』


 ゴーレムが、砕けていく。たった一撃で。

 次々と、次々と砕けていく。全身が、くまなく、一つ残らず。

 巨大な土の塊が、砕け散る。

 そこでやっと、クラリッサはコテツの言う細工に気が付いた。

 ひび割れだ。全身を適度にツルハシで殴りつけることでひび割れを作っていたのだ。

 そして、最後に大きな打撃を与えることで、ひび割れ同士が繋がって行き、最後に耐えられなくなって砕け散った。

 コテツは一撃で都合よく全身が破壊できるとは思っていなかったようだ。多分だが、残った部位に追加で攻撃を与えるつもりだったのだろう。

 しかし、今回のゴーレムの着地の衝撃でひび割れは更に浸透し、この結果に繋がった。

 全身がくまなく砕け散り、中へと投げ出される核。淡い緑に光る小さなコア。

 そして、どんな時でも静かな、鋼のような冷たい声が響く。


『アル』


 考えてみれば、土の固まりごときが鉄の巨人に敵うわけもない。

 そんなことを思いつつ、クラリッサは結末を見届ける。


『あいよ』


 短い言葉で通じ合う二人に軽い嫉妬を覚えながら、クラリッサはゴーレムがただの土くれに戻るのを見た。













「ふむ、これは……」


 そうして、コテツ達が辿り着いたダンジョンの最奥。

 そこにあったのは、鋼鉄の腕だった。


「SH用の腕……、ですかねぇ?」


 しかも、何らかの機能が付いていると分かる特殊腕だ。

 二の腕から先が、巨大な箱状のパーツになっていて、その側面に手が付いている。

 ただの腕と呼ぶにはあまりに怪しいところだ。


「で、それがお宝ですの?」


 ミカエラの問いに、あざみが答える。


「多分そうじゃないですか? これ以上奥は無いようですし」

「……そ、そうですか」


 がくり、とミカエラは肩を落とす。

 そして、かと思えば彼女は天井を見て吠えたのだった。


「金の輝きの一つも無いなんて、割りにあいませんわーっ!!」


 なるほど、どうやらこの件はアマルベルガの取り越し苦労だったようだ。流出する貨幣などどこにもない。


「まあ、しかしあったとしても君の取り分はないぞ」

「分かってますわ。それでも、達成感というものが……!」


 そう言って涙目になるミカエラを置いて、コテツは呟いたのだった。


「……とりあえず、持って帰るか」


 果たして、あれだけの設備をもってして守りたかったもの。それは如何ほどのものだろうか。

 見ただけでは、想像することもできなかった。

というわけで、特に捻りもなくゴーレム粉砕しました。


そして、タイトル的にも土なんだか岩なんだかはっきりしろという突っ込みは随時受付します。

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