70話 土塊
『やぁー、良かった良かった。大変だったよこっちも』
合流から少しの時間が過ぎ、やっとコテツはディステルガイストのコクピットへと戻ってきた。
「ふむ、あざみはSHの操縦ができたのだな」
「あくまで動かせるだけですけど、ね」
ミカエラはと言えば、クラリッサと共にシュティールフランメの中だ。
何かといがみ合う二人だがなんだかんだ言って苦楽を共にした分だけ仲がいいのかもしれない。
『よく二人だけで降りられましたね。アル、あざみはそんなに操縦が上手いのですか?』
『いんや全然。動かせるだけ素人よりマシってくらい』
「ちょ、酷くないですかソレ!」
『なに? それとも超上手いよとか言って団長副団長の体育会系組と模擬戦させてもらいたいの?』
「あ、それはパスです」
『うん。まあ、だけど魔術の援護があったから降りてこれたようなもんだしね』
「そうか」
「えへん、頑張りました」
「まあ、なんにせよ合流できて助かった。流石にあれは骨が折れる」
と、そこでミカエラが通信に割り込む。
『本当に大変でしたわ。魔物の群れに追われたり、罠地帯をあえて踏み抜いて避けるとかやり始めたり、小鬼の群れに襲われたり、死霊の群れに襲われたり他にも色々ありましたのよ?』
『そら大変だ。よく生きてたね』
しかし、SHに乗ってしまえば後は先ほどの苦戦など嘘の様である。
コテツ達はいとも簡単に迷宮を踏破していった。
彼らが迷宮最深部に到達するまで、そう、時間は掛からなかったのだ。
『しっかし、でけぇなぁ。これが最深部っぽいね』
彼らが歩くのは、異常なまでに広く大きい部屋。
既に部屋と呼んでいいのかすら分からない、部屋の奥が闇に溶けて見えないほどのスケールだ。
『部屋と言うべきか、廊下と言うべきか、迷いますね、これは』
クラリッサの言うとおり、ここは部屋と言うべきか通路と言うべきかはっきりしない。確かに左右の壁は何とか見て取れ、奥にあるはずの壁は見当たらない。つまりこの部屋は長方形であり、そしてただ定期的に大理石製のような柱が連続してそびえ立っているだけ、と来れば通路なはずだ。
しかし、そのむちゃくちゃな広さが感覚を麻痺させる。
この部屋は、SHで飛び回ることすら可能だろう。
「きっとここの先にはお宝が、って話ですよ、ご主人様」
「そうかもしれん。だが気を抜いてくれるなよ」
「はいはーい」
並び立つ柱を横切るたびに、その柱が光を帯びて、照明となる。
この奥の暗闇は、隠蔽魔術で生み出される特殊な闇で、SHのスコープ類を用いても見通すことはできない。
柱の輝きだけが唯一の光源だ。
そんな中を歩き続け、しばらく。
いい加減この光景にも飽きが来た所で、それは起こった。
まず最初に変化したのは、左右の柱の輝き。
『うおお、一体どうしたんだこれ!』
今まで横切ると同時に輝きだしていた柱が、突如として奥へと向かって次々に点灯し始める。
それによって見えたのは、通路の果て。
そして。
「……なんだこれは」
そして佇む、土くれの巨人――。
巨大なる人型。岩のような、土のような体躯。
あまりに、巨大すぎる。
『ゴーレム……?』
呆けたようなミカエラの声が間抜けに響いた。
SHで見上げればならない巨大さとはいかほどか。
SHの悠に四倍はある巨体に、ミカエラはそれしか言葉が出なかったかのようで。
暗い闇の中の双眸が黄色く光、コテツ達を捉えた。
『よし、ダンナ』
「なんだ」
正に一触即発。
そんな中きっぱりと、アルベールは言い切った。
『逃げよう』
ずん、と地響きが辺りを包む。ゴーレムが、一歩を踏み出したのだ。
瞬間。
全機が踵を返して走り出した――。
『いやほんとマジでアレはないって!』
『何でこんなものまで置いてあるのですか! 一体なにを守っているというのです!!』
『私、これだけの設備を作るお金があれば城が二、三個立つと思いますの……』
あまりにスケールの違いすぎる相手に、無策で突撃するのはあまりに無謀過ぎた。
「あざみ、ブローバックインパクトの用意を」
コテツは、一応の準備はして置きながらも、前を走る彼らを追従して逃げる。
「わかりました。少し待ってください」
まずは相手がどれほどのものか把握した上でどうするか考えなければならない。
『まあ、ゴーレムとかでかい系の弱点と言えば動きが鈍いことだからな。このまま行けば逃げられる――』
衝撃から立ち直って、アルベールは言った。
間違いなくあの巨大さから言ってその膂力は半端なものではないだろう。
アルベールのシャルフスマラクトなど一撃殴られただけで原型を留めないと思われる。
ゴーレムは巨大になるほど動きが鈍いという通説が、そんな力の差の中の唯一の希望だった。
の、だが。
少しずつ短くなる地響きの感覚。
それはあまりに激しい鼓動を刻み始めた。
『……って速っ!! 怖ッ!! 普通に走ってんだけどアレ!! 前傾姿勢で結構本格的に走ってんだけどっ!!』
ゴーレムが、走っている。それはもう、走っている。
『歩幅的に速いとかいう話じゃないですわ!! あなた、もっと速く走れませんの!?』
『無茶を言いますねっ! SHに無駄に綺麗なフォームで走るゴーレムから逃げる想定なんてそうありませんよ!!』
俊敏に走るゴーレム。スケール差から、その速度は格段に速く。
すぐにそれは背後に現れ、アルベールのシャルフスマラクトへと手を伸ばした。
『ちょ、タンマタンマ! やべっ――!!』
「あざみっ」
もう悠長にはしていられない、コテツはあざみに鋭く声を掛け、あざみはそれに応える。
「準備おっけーです!」
サブAIの音声が響き、手元にブローバックインパクトが展開した。
『ブローバックインパクト、スタンバイ』
そして、急旋回。
突如背後へと振り向いて飛翔するディステルガイスト。
強烈なGが襲う中、コテツは伸ばされた腕へと、そのハンマーを振り下ろした。
『――Impact』
轟音、衝撃。
放たれた杭が、辺りに破壊を撒き散らす。
腕の中腹を容赦なく消し飛ばし、そこから先が宙に舞い、地面へと墜落し土煙を上げる。
『おお、流石ダンナ! このまま倒し……、って、おいおいおい、マジ?』
だが、感嘆の声を上げかけたアルベールは一瞬にして表情を変える。
無理もない、とコテツはそれを見た。
無言の土くれが、何かに引っ張られるように動いている。
強引に圧し折った腕が。撒き散らした土が、まるで生き物のように動き、本体の腕の断面に集まっていく。
その速度はかなり高く、まるで映像の巻き戻しのようにすぐに戻ってしまった。
「あれは再生するのか……」
「随分高級なゴーレムですね……! アレだけで幾ら注ぎ込んだのやら!! アレは本体の核を壊すまで、無限に再生を続けますよ!!」
「素材の減衰はしないのか?」
無限に回復するそれをどうするか。
考えながら、コテツはゴーレムから距離を取ることにした。。
「たとえ派手に吹き飛ばしていくらか土が減ったとしても、周囲の魔力素を取り込んで生成しますからかなり厳しいですよ!」
「ならば核とやらは?」
問えば、返って来たのは苦虫を噛み潰したような顔だった。
「それがですね……、サーチは続けているのですが……! アレの体内を核は縦横無尽に高速で動き回っています、本当に幾ら掛かったんでしょうねぇ……!!」
魔術の知識は少ないコテツだが、これだけの言葉があればとんでもないものを相手にしているのだということは分かった。
「ではあれを無視して俺だけ奥に進み、目標を回収して逃げ切るというのは」
だからこそのこの提案。
いくら速いとは言っても全速力のディステルガイストには劣る。相手のほうが速かったとしても避け切って最奥まで辿り着く自信はある。
だが、それに対し答えたのは操縦していない分周囲を見る余裕があるミカエラだった。
『今確認しましたが、入り口が閉じてますわ! 無視して脱出は厳しいかと思います!!』
その言葉に応えて、あざみが入り口側の映像をズームする。
言われたとおり、入り口は完全に消え去り、元から一面の壁だったかのようになっている。
(そういう仕掛けか……)
嵌められた。どうあっても戦えと、この巨人は言っている。
壁の破壊は難しい。ゴーレムの速度を考えれば誰かが囮にならなければいけないが、コテツ以外には荷が重いだろう。
相対して生き残ることはできても、コテツがブローバックインパクトで壁を壊した時点でその囮は逃走に切り替えなければならない。
背を向けた時点で、速度で勝る相手との戦闘は一気に厳しくなる。
それに、壁が簡単に破壊できるかどうかも疑問だ。この迷宮、ここまで常識外れを行なってきたならば、そんな手落ちがあるかどうか。
ならば答えは一つしかない。
「クラリッサ」
『はい』
「アル」
『おう』
「あれを破壊するぞ」
二人の気持ちは、あざみが代弁した。
「できるんですか――、いえ、そうですね。やるとしましょうか」
「意見があるなら聞くぞ」
「あってもなくても、やるんでしょう?」
問い返されて、コテツは一瞬の間を置いて応える。
「……ふむ。そうだな」
そして、モニタの向こうで、呆れたようにアルベールが肩を竦め、クラリッサが溜息を吐く。
『ま、しゃーねぇやな』
『付き合いましょう。ここまで来たら最後まで』
そんな最中、振るわれるゴーレムの拳を、飛翔してコテツが回避する。
そのスケールの差を見てか、驚いたような声をミカエラが上げた。
『あなた達、本気ですの……!?』
対するアルベールはにやりと笑う。
『ダンナは冗談を言わねーし』
『嘘も吐きませんよ』
そこまで言われては、どうにかするしかない。コテツは表情を変えないまま心中で苦笑した。
『馬鹿でしょう、あなた達』
ゴーレムを破壊すると言った。その言葉を冗談でも嘘でもないと証明する。
「あざみ、ハンドガンを」
「了解ですっ」
『ハンドガン、展開』
そのために、まずは突破口を見つけ出す。
『いやー、はっは、なんか無駄に俊敏にシャドーボクシングなんてしちゃってまあ。もう笑うしかねーなこりゃ! シュッシュッ、じゃねえんだよぉ!! ダッキングとか馬鹿じゃねぇの!!』
巨体であれば動きが鈍い、そんな通説を真っ向から否定するその土の巨人へと、ディステルガイストがハンドガンで、シャルフスマラクトがライフルで射撃を行なう。それを追いかけるようにクラリッサの魔術である火球がゴーレムへと直撃する。
『やはり効きませんか』
だが、クラリッサのその言葉の通りだった。
その射撃は表面を削るだけ。シャルフスマラクトの大口径の狙撃だけは多少抉れたがそれだけだ。
クラリッサの火球にいたっては焦げ目すら付いていない。
「あちゃー……。かなり高級な対魔コーティングですね」
「突破は?」
「十分な時間があれば」
「一撃で核とやらごと消し飛ばすことは?」
「厳しいですね。アレを一撃でって室内で撃っていい威力じゃないですよ」
確かにその通りだ。
どうするか。コテツは考えながらゴーレムを睨み付ける。
そうしている間にも蹴りや拳が連打され、回避を余儀なくされたが、回避しつつもコテツはそれを観察した。
(今のところ俺しか狙っていない。距離の問題か、一番の脅威とみなされたか)
今回の敵は核を破壊しなければ倒せない。ただし核は常に高速で移動し続け、場所の特定は困難。
強度は高く、一撃で丸ごと消滅せしめるのは現実的ではない。
現状の情報を纏めて、コテツは突破口を探す。
と、そこで一つ気付いたことがあった。ゴーレムの表面、先ほどの射撃で穿った部分だ。
「表面が再生していないが」
「一定以上の損傷で再生するようになってるんでしょう。全体の何パーセントを失ったら再生とか。常に魔術を展開しておくより、ある程度削れて一気に回復した方が省エネですよ。歩くだけでも足の裏は削れますし」
「なるほど。魔力切れは狙えるか?」
「どうせ外部から魔力取り込んでいるんでしょうから、三日三晩かける勢いがあれば、ですかね」
オーバースペックもいいところだ。きっと本当に莫大な金と技術が注ぎ込まれたのだろう。
「それでも挑むしかないか……?」
運が良く核が露出し、運よく攻撃を当てられれば僥倖。そういう運任せの持久戦に持ち込むか。
(それしかないか……。ふむ)
そう考えて、ふと、コテツは思い当たる。
「あざみ、どれ位で再生するか分かるか?」
「んー、どんなもんでしょ。結構削らないといけないと思いますよ。腕一本とかそれくらい」
「ちなみに、核の移動の法則性は掴めないか?」
「攻撃のあった部位から一目散に逃げ出すようになっているようです。ついでに、一応取り残されないように胴体をメインに移動しているようです。そして最後にですが、体内での移動速度はほとんど瞬間移動に近い速度です。体に着弾してからの移動も容易いでしょう」
「では、核だけが空気中に取り残された場合は?」
「動けませんよ。移動可能なのは自らの魔力を元に作り出した土の中だけです。そうなったら、そのまま重力任せで落下、その地点を中心に土を引き寄せ再生を図るだけです」
そして、コテツは然程核そのものは固くないだろうと判断を下した。
土の鎧で覆った核に、十分な強度があるのならばここまで徹底した対策は施さない。
その考えを、問う前にあざみは肯定する。
「まあ、そうなったら所詮は魔術の代物ですし、物理耐性はゼロですから、ほぼ一撃で沈みますよ」
そこまで来れば、考えは纏まった。
「アル、可能な限り距離を取って狙撃の準備をしろ。クラリッサ、万一に備えてアルの護衛を」
『了解しました』
『あいよわかった。で、ダンナは?』
「俺か」
アルベールの問いに、コテツはゴーレムの攻撃の合間に相手の射程から抜け出すと、今一度ゴーレムへと向き直り、言った。
「俺はお膳立てをする」
既にどうすればいいか答えは出た。
後は、それを行なうだけだ。
「あざみ」
「はい」
「アレを出してくれ」
「アレって……、もしかしてアレですか?」
ディステルガイスト内では、パイロットとの潤滑な意思疎通のために、ある程度やんわりと思っていることがエーポスに伝わる。
長い月日を共にしていないためそれは然程鮮明ではないらしいが、それでもあざみは読み取ったらしい。
「まじですか?」
「ああ」
「……分かりました。じゃ、いきますよ」
ディステルガイストの手の中にとあるものが現れ、コテツはそれを構えて敵を見る。
「さて、小細工を弄するとしよう――」
ディステルガイストのその手には、ツルハシが握られていた。
後二本で今回の話は終了です。




