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異世界エース  作者: 兄二
07,地下迷宮
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68話 誇りと可能性

 階下から、派手な地響きが届く。


「おいおい、ダンナは大丈夫なのかっ?」


 レーダーに映るミカエラの機体の物であろう熱源が動きだしたことで、コテツ達がその場に留まっていられない状況になったことを知り、その熱源の移動が停止したのがつい先ほど。

 そして今。地響きと共にレーダーからその表示が消えたのだ。

 ここから読み取れるのは移動後停止し、爆発したことだけだ。

 あまりよろしくない状況だというのはアルベールには簡単にわかってしまった。

 そうして慌ててコクピットから降りて、あざみに先の問いを放ったのだ。

 だが、彼女はあまりに落ち着いていた。


「大丈夫ですよ。ご主人様は生きてます。それより、罠の解析は諦めて私達は正攻法で下に降りましょう」

「わかんの?」

「なんとなく居場所がわかる位には」

「ふーん? 便利だなぁ」

「それ以上はわからないんですけどね。それでもやっとディステルガイストに乗らなくてもわかるようになったんですよ」


 そう言いながら、彼女はディステルガイストを手品のように消して見せた。


「月日を置けば同調率も上がって、連絡位は余裕になるんですけどね。今はない物ねだりです」


 そうして彼女は、置き去りにされたシュティールフランメへと歩き出す。


「まあ、合流するまで私はこれに乗りましょう」

「動かせんの?」


 もっぱらコテツの後ろに乗るのが仕事である彼女に操縦ができるのかどうかは、当然の質問だった。

 そして、その答えも当然だと言わんばかりのものである。


「私を何だと思ってるんですか。一応SHの制御システムですよ? SHのことについては熟知してます」


 そう言って一人、彼女はシュティールフランメのコクピットへと登っていく。

 一度だけ振り向いて、微妙な台詞を残しながら。


「……まあ、向いてないのは確かですけどね」




















「……そう言えば、気付いてますか?」

「何をだ」


 歩きながら、潜めた声でクラリッサに問われ、ミカエラには聞かれたくない話だろうと、コテツはクラリッサの方を見ないまま返事を返した。


「ミカエラのことです」

「何だ?」


 現状ミカエラは歩くだけで精一杯という風で、コテツ達の会話には目もくれない。

 逆に都合がいいと言えばいいのだが。


「あれがただの冒険者というには、些か違和感がありませんか?」

「……確かに少々育ちが良さそうに見受けられる」


 確かに、荒くれの冒険者達の中にいるにしては、言葉遣いや所作に違和感がある。


「そして、あの剣術、足捌きのアレンジなどに見覚えがあります。詳しいところまでは思い出せませんが、貴族が平民に剣術を教えることはまずないでしょうから」

「つまり確定か?」

「はい」


 すると、貴族の息女が冒険者で、コテツ達を尾行していたことになる。


「詳しい理由はわかりません。……まあ、アレが敵だったりするのはなさそうですが」

「そうだな」


 たしかに、テロリストが跋扈する現状、油断できるような状況ではない。

 どこから敵の刺客が現れるかわからないのだ、が。


「……うー、疲れましたわー……」


 彼女に関しては、微妙な所だろう。前かがみになってふらふら動く彼女が国を相手に立ち回ろうというテロリストであれば、世も末だ。


(むしろ彼女が刺客なくらいの組織なら楽なのだが)


 コテツの想像が現実なら、それはそれは、簡単に事が済むだろう。

 しかし、そんなものは益体もない考えだと思考を止め、コテツは無言で歩き続ける。

 するとやがて、何もない大きな部屋へと辿り着く。


「部屋ですね」


 そう呟いたクラリッサに油断は一つも感じられない。上の階のトラップの件を考えれば当然の反応だ。

 調査隊の寄越した情報もSHで調べたもの故に、対人用まで全て網羅しろというのも無理な話である。

 となれば、この部屋にもトラップがあるかも知れないと考えておくべきだ。


「……魔力の気配は、一切しませんね。となると、物理的トラップの可能性があります」

「スイッチを踏まないように、か」


 十分に警戒しながら、彼らは室内へと入っていく。

 そして、しばしの間を持ってから、コテツは告げる。


「小休止を取る。今の内に休んでおけ」


 ミカエラに休憩が必要なのは誰の目から見ても明らかであった。

 疲労による集中力の低下が思わぬ事態を招く前に小休止が必要だ。

 通路で休憩を取ると、挟まれたとき手の打ちようもないから、この部屋で休憩を取るのが望ましい。


「や、やっとですか……。もうくたくたですわ」


 呆然と立ち尽くすミカエラを余所に、コテツとクラリッサは会話を繰り広げる。


「私は通路の見張りに立ちます。あなたはアレを見ててください」


 そう言って、クラリッサはミカエラをちらりと見た。


「……私がいると、彼女は気にするでしょうから」


 せっかくの休憩だと言うのに、確かにミカエラはクラリッサに見られているとろくに休めないだろう。


「逆に一人だとそれはそれで気にするでしょうので、あなたはここに」

「了解した。だが、君は大丈夫か?」


 その問いに、杞憂だと言わんばかりに頼もしく、クラリッサは笑顔で答えた。


「問題ありませんよ、コテツ。鍛え方が違いますから」

「……そうか。頼む」

「はい、行って来ます」


 歩き出したクラリッサが通路の壁で見えなくなったのを確認して、ミカエラは座り込む。


「疲れましたわぁ……」

「そうか」

「……そういうあなたは涼しい顔ですのね」


 コテツは、壁にもたれかかって腕を組み、目を閉じる。


「本当に人間ですの?」

「一応そのはずだが」

「ずるいですわ」

「そうか」


 言われたところでどうしようもない。コテツはそれだけ返して黙り込む。


「今日は厄日ですわ……。こんな厄介な迷宮だと知っていれば潜ろうだなんて思わなかったのに」


 そう言って溜息を吐くミカエラ。

 そんな彼女に、コテツはぽつりと溢す。


「君は、何故冒険者になったんだ?」


 こんなことを聞いたのは、純粋な興味からだ。

 明らかに高貴の出であろう彼女が何故冒険者という生き方を選んだのか気になったのだ。


「そういう事情は、聞かないのが流儀じゃなくて?」

「悪いが、その辺りには疎くてな。まあ、ただの興味本位だから話したくなければそれでいいのだが」

「まあ、隠すような後ろめたい理由もありませんけど」


 そう言って、今度は呆れたような溜息を吐いて、彼女は言葉を続けた。


「家が没落しただけですわ。冒険者になったのは、再興の資金が欲しいだけですの」

「やはり、元貴族か」

「そうですわ。そこそこの家格でしたが、お父様が領地経営に失敗した結果、この通り、です」


 彼女は肩を竦めて目を瞑る。

 だが、コテツの疑問はそれで全てが氷解したわけではなかった。


「事情は分かったが、何故、冒険者なんだ?」

「何故、ですの?」

「ああ。こう言っては何だが、出自も悪くなく、器量も悪くないだろう、見た目もいいはずだ」


 器量に関しては、こうして一人で冒険者を続ける実力と、これまで道を同じくした中で、曲がりなりにも着いてきたという断片的な情報しかないが、それだけでも十分だろう。


「あまり良い表現ではないかもしれないが、君には女性としての生き方もあっただろう」


 わざわざ冒険者となって馬鹿正直に金を稼ぐよりも女の武器を使ったアプローチの方が手っ取り早いとコテツは思うのだ。

 特に、この世界においては成り上がりに分類される人間ほど、箔を欲しがる。血統が欲しいのだ。

 だから、引く手数多になり得るかはコテツにはわからないが、相手に困らない程度には、彼女は優良物件のはずである。

 だが、そんな考えをミカエラは笑い飛ばした。


「まあ、そうなのでしょうね。自惚れるわけではありませんが、それなりの商人に取り入って(わたくし)の住んでいた領を買い戻させるくらいはできると思いますわ」

「俺は、それをしない理由が聞きたい」


 そうまでして聞きたいというのはやはり、コテツにとって今後役に立つ話が聞けるかもしれないからだ。

 コテツは、そうして自嘲気味に笑った彼女の瞳を見つめる。


「人生って、そんな簡単じゃありませんの。異国の冒険者さん。誰しもが合理的に、お利口に生きていけるわけではありませんわ」


 彼女はまるで溜息でも吐くように、どことなく優雅にそれを言うのだ。


「選択肢があっても、選べるとは限りませんのよ? 誇りと言うものが邪魔をするのです。ただの町娘として生きる道も、女を売って誰かに取り入って返り咲くことも許しませんの」


 上の命令には絶対服従。泥水を啜っても生き残る。そういう軍という世界で生きてきたコテツにとって、その言葉は気高さと美しさと同時に、愚かさも感じさせる。


「誇りでお腹が膨れることはありませんわ。でも、不思議なことに誇りが無いと私、ミカエラ・マイヤーリング死んでしまうのです」


 愚かしい生き方と笑う者もいるだろう。

 だが逆に、ならばコテツは器用に生きてこれたのかと言われれば絶対に首を縦には振れない。

 だから、何も言わないことにした。


「だから、少しあなたが羨ましいですわね」


 そして、彼は自分に水を向けられ、問い返すことになる。


「俺が?」

「自分で選んだ道ではありますけど。あなたほどの強さがあればと思いますのよ。私があなただったら、今頃は私は冒険者ではないでしょう」

「……そうか」


 コテツは、そんな言葉に対し、目を瞑って答える。


「だが、強いだけだ。それしかないぞ」

「十分じゃありませんの?」

「きっと美味い料理を作れるほうがずっと尊いだろう」

「……なら、何故あなたはそれでも剣を取りますの?」

「他に能がないからだ」


 そんなコテツに、ミカエラは表情を変えた。


「そうですの。……ふふ」


 優しく笑んで彼女はコテツを見る。


「私とあなた。似通っているのかもしれませんわね」

「君ほど誇り高いつもりはないぞ」

「私とて、どうしていいか分からないからこうして持っていた誇りにしがみついているだけですわ」

「そうか」

「こういう場合は意気投合か、同族嫌悪ですわね。どうですか?」


 コテツは、一瞬考えこう答えた。


「嫌悪感は抱いていない」

「なら、生きて帰れたら、ディナーにでも誘っていただきましょうか」

「何故だ?」

「あら、誘っていただけませんの? こうして苦楽を共にしたのですわ。帰れば酒の一つでも酌み交わすのが冒険者流じゃなくて?」

「悪いが疎くてな。だが、夕食に誘うくらいならば構わない」

「では、お願いしますわね」


 そして、壁にもたれかかった体勢のまま、コテツはふととある男の言葉を思い出した。


「だが、尋十郎……、いや、戦友曰く、そういった台詞は縁起が悪いそうだぞ」

「そうなんですの?」

「何かの途中に今後の展望などを語りだした人間は軒並み死ぬらしい。まあ、彼の実家は武術家だったからそういう方面での迷信かも知れないが」

「根拠の程はどうですの?」

「戦時中にそういうことを語りだす人間は、希望を語らねば平静を保てないほど追い詰められている場合がある。錯乱しやすい傾向にあった」

「そうなんですの? その御友人は物知りですのね」

「ふむ、そうだな」


 肩を並べて共に戦ったことのあるあの男は未だにピンク色の痛々しいエース機に乗り続けているのだろうか、とコテツはどうでもいいことを考えて、彼もまた座り込むことにしたのだった。





この話で、ルビの振り忘れがあったのでここ二話ほどを修正しました。

修正点はミカエラの一人称。私の読みは『わたくし』です。ただし、全部に振るとIE以外のブラウザでは特に文中で邪魔な感じになってしまうので、各話始めてミカエラが私と口にした時のみルビを振ることにします。

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